共に在るための決意(2)
「強いな、女の子って。」
克也はノートに走らせていたペンを置き、唐突にそう口にした。
少し離れた場所で自ら買ってきたハンバーガーをほおばっていた利由が、瞳だけこちらに向ける。
克也の住むこの部屋に、利由が来てから一時間以上は経つ。現在の時刻は午後八時。
先ほど、にわか雨に遭ったからと克也の部屋に半ば強引に押しかけた利由は、克也の表情が明るいことにすぐに気がついた。
そして、岬に全てを話したこと、を克也から聞き出すことに成功すると、おもむろに食事を始めてしまった。このようなことは珍しいことではなかったので、克也は放っておいて宿題を進めていたのだ。
「女の子ってのはさ、確かにいざっていうときに肝が据わってるからなあ」
ハンバーガーの包みをくしゃっと丸めて紙袋に突っ込みながら利由はそう口にする。
「でも、今回の岬ちゃんのそれは、『お前への愛ゆえ』ってことだろ?お前も責任重大だな。」
少し考え込むような仕草をする克也に、利由は肩をすくめた。
「今後の展開如何では、岬ちゃんを孤独にさせちまう可能性もあるだろ?お前たちの場合、それは学校内だけじゃない。人生を賭ける選択になるかもしれない。そんな岬ちゃんを守ってやることがお前にできるか?」
相手の答えは分かってはいたが、あえてそれを口にする。自分がそうすることで、目の前の青年が、自分の気持ちをはっきりと自覚できるように。
利由の問いに克也は少しだけ遠くに視線を移した。
「もちろん岬の人生も守りたいと思ってる。でも今の俺に、自分以外の人生を預かれるほどの器があるだろうか・・・・・・。」
そこで克也は一旦言葉を切り、利由の方に体を向ける。
「――俺は強くなりたい。誰の手からも岬を守れるほどの、力と精神的な強さがほしい――。」
自分の手のひらを目の前にかざし、見つめる。そして、そのままその手をゆっくりと握り締める。心の隅に残る不安を握りつぶしたいとでもいうように。
利由はローテーブルの上のコーラをすする。
「そう考えてる時点で問題ないだろ。自分に過大な自信を持っているやつほど隙ができやすいからな。自分と真摯に向かい合ってるってだけで、今は十分だと思う。ぎりぎりの状況にならない限り本当の強さなんてものは計れやしないんだし。」
『そうだな』と小さな声で克也は答え、窓の外を見やった。
外の雨はやんだようで、軒先から滴る雨の置き土産が外の手すりに当たる金属的な音が不規則に時折聞こえる。
克也は闇の先を見つめ続けていたが、ややあってゆっくりと口を開いた。
「尚吾」
呼ぶ声がやけに改まっていることを察したのか、利由はいつものおちゃらけた調子ではなく、克也に向き直る。
「尚吾、俺は久遠家に行く。」
その『真の意味』に気づいた利由の顔が強張る。
「俺は、表舞台に立つ――。」
克也の言葉に、利由はしばし閉口した。
沈黙が流れる。
「それが、どういうことを意味するのか分かってるのか?今まで遠隔で治めてきたものを直接治めるということは、全て――、お前が今まで煩わしいと言い続けてきた一族間のしがらみや、さらには奈津河からの攻撃も、直接お前に降りかかるということなんだぞ?」
非難するようなニュアンスを漂わせ、利由は少々声を荒げる。
「分かってるつもりだ。表に立つということは、それだけ責任と身の危険が本当の意味で迫ってくる。でも、中條御嵩に正体を知られてしまった今、自分だけで動けば一族全体にも迷惑がかかる。」
一族のことを口にした克也に、利由は眉をひそめる。
「・・・・・・お前は――、一族のために、久遠に行くのか?」
利由の射るような視線を克也はまっすぐに見返した。
「もちろん、一族のためでもある。でも――、一番の目的は、違う。」
そこで克也は一旦言葉を切った。利由は無言のまま次の言葉を待つ。
「岬を守るためには、今までのような中途半端な立場ではできない。水皇さんの庇護の下で、頼ってばかりの甘い立場じゃ、奈津河はもちろん、竜一族からも守れるはずがない。」
「『竜一族からも』?」
利由は聞き返した。
「これから、きっと上層部――殊に長老たちは、岬を利用するように言ってくるだろう。それだけは、絶対にしない。させない。」
「・・・・・・」
「俺は、岬と共にいるために、きちんと長として立ちたい」
克也は、きっぱりと言った。瞳に強い意志の光を点して。
引き結んでいた利由の唇の片端が不敵につり上がり、笑みを作る。
「それを聞いて安心した。――いいんじゃないの、それ。俺は応援するよ。」
清々しい顔でうなずく利由。
「実はさ、俺はお前が今までみたいに『一族への遠慮』で久遠に行くのだと言ったら、全力阻止する気でいた。他のやつらは分からないけど、俺はお前に、自分の心を曲げてまで『一族のための無理』なんてしてもらってもちっとも嬉しくなんかないからな。」
克也の表情がようやく緩んだ。
「尚吾、お前にも迷惑かけるだろうけど――、これからも一緒について来てくれるか?」
まるで求愛のようなその言葉。
危険を承知した上で共に闘ってほしいと克也は言っているのだ。自分のことで他人を巻き込むことを殊の外に嫌がり、自分で全てを背負おうとするきらいのある克也が、ここまで言うからには相当の覚悟なのだろう。
何かひとつの殻を破ったような克也は、いっそう頼もしく見える。
利由は笑って答える。
「もちろん。どこまでも共に――『長』」
普段、自分が相手を目の前にしてはめったに使わないその呼び名を利由はあえて使う。
自分が『長』と認めるのは、克也しかいないと示すように。
「ありがとう」
克也は満足そうに笑った。
<第3章 終>