共に在るための決意(1)
克也と再び想いが通じた日――岬は、帰る時間がやたら遅かったせいで、帰宅後に姉や父親にこってり絞られることとなった。
何も知らない者にとっては、『無断で友達の家に二泊して、おまけにその次の日も帰りが遅い』としか見えないのだから、当然の流れ――ということは岬にも理解はできる。
しかし岬にしてみれば、貞操の危機を乗り越え、さらに見知らぬ人に拉致され、ようやく恋人と思いを通じたのが最後の日なのであって、それで怒られるのは理不尽なこと極まりない。
父や姉は知らないのだから仕方がない――、そうは思うものの、ついついため息をついてしまう。
「はあ」
何度目かというほどのため息をついたその時。
「みーさきっ!どうしたー?!」
後ろからばしっと思い切り背中をたたかれ、岬はげほげほと咳をしながら振り向いた。
そこには、井澤晶子が満面の笑みで立っていた。
「な、に?」
結構な強さでたたかれたため、じんじんとする痛さにちょっと涙目になっている岬を、晶子はなぜか真顔でじーっと見つめる。
「ねえ、岬い?なんか、いいことあった?」
「え、――ええっ!?」
いったいどこをどう見たら『いいことがあった』ように見えるのか不思議だ。
けれど、思い当たる節が大いにあるだけに、不自然な驚き方をしてしまった岬を晶子は見逃さなかった。
「なに?なになに図星!?教えなさいよお??!!」
そう言いながら、晶子は岬の肩をがしっと抱く。
「あ、・・・・・・いやあ?、なんといったらいいのか・・・・・・」
どう言ったらいいかわからず、岬はしどろもどろになった。
「もしかして・・・・・・、蒼嗣くん?」
「!???」
あまりの鋭さに岬は赤面し、思わず後ろにのけぞってしまう。
「――ほんとに?」
晶子は自分で言ったくせに、呆然とした様子で聞き返した。
こくりとうなずく岬を見て、晶子は途端にくしゃりと顔をゆがませた。
「よかった!よかったねー!!」
岬の正面に向き直り、何度も岬の両肩をたたいた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
それを見て、岬もなんだか目頭が熱くなるのを感じた。
まだ克也に片思いだったときから、ずっとそばで見ていてくれた友達。
力とか、一族とか関係なしに、自分そのものを応援してくれる。
自分はもう普通の高校生活は送れないのだと悲観して、こんなありがたい友達と一線を引いて離れようとしていたなんて、馬鹿だったんだと思う。
きつい言葉を放ったこともあったのに、それでも友達をやめないでいてくれた晶子の存在は本当にありがたい。
だから、これからも友達でいるために、きちんと謝らなければいけない。
「ごめんね、晶子・・・・・・。あたし、克也とうまくいってなくて・・・・・・晶子にきつい言い方いっぱいした気がする――」
うつむく岬。
「いいよ、もう忘れちゃったよ、そんなこと!」
そう言って笑う晶子に感謝しつつ、あれっ?と思う。
「あのさ、なんで今、相手が克也だって分かったの?・・・・・・他の相手って可能性もあったわけだと思うんだけど・・・・・・」
首をひねる岬に、晶子は呆れた顔をした。
「何言ってんの!岬の相手っていえば、蒼嗣くん以外にありえないでしょ!」
なぜだか分からず、きょとんとしている岬に向かって、晶子はにやりと笑った。
「だって、二人が別れる理由がないとずっと思ってたもん。どんなに仲が険悪になっても岬は蒼嗣くんしか見てなかったし、蒼嗣くんだって岬以外見てなかったよ?こんなに分かりやすいカップルもそうそうないよ。・・・・・・二人とも、真っ直ぐすぎるんだもん。」
晶子にそう言われて、『目からうろこ』というのはまさにこのことかと思う。
晶子にだって分かっていたこと、自分には見えてなかった。
克也が自分をずっと思っていてくれたこと。
――もう、見失いたくない、と思う。
自分の思いも、克也からの思いも。
どうすればいいかなんて、今は全く分からないけれど。
『あたしは、克也のそばにいる』
岬は改めて決意した。
■■■ ■■■
「あ、うわさをすれば!」
目ざとい晶子が校門の近くに歩いている克也を見つけ、岬もぱっとそちらを振り返った。
「蒼嗣くーん!」
遠くからでも分かるように、晶子が岬の隣で克也に向かって大きく手を振る。
その時周りにいた学生のほとんどの視線が、一斉に晶子と岬、そして少し離れたところの克也に集まってしまった。
「ちょっ、晶子っ!」
思わず岬は晶子を制止しようと、晶子のひじを引っ張った。
岬と克也のカップルは、去年秋に起こった衝撃的な事件のせいで、一時期いろんな意味で注目の的だったし、別れた時も相当な噂になった。
噂は全てが好意的なものではなかったし、何より好奇の目で見られることが岬にとってはつらかった。
春休みを過ぎて、少しは人の噂も薄れてきた頃だっただけに、また注目されることになる、と岬は慌てた。
そんな岬の目の前に、晶子は自分の人差し指を顔の横で天に向かって立てた。
「こういうのはね、一気に知らせたほうがいいよお。どうせ分かることだもん」
「それは、そうかもしれないけどさあ。」
岬は複雑な笑いを浮かべた。
「言いたいやつは何したって何かしら言うんだから。言わせときゃいいよ」
普段は甘ったれで、のほほんとしてる晶子だけど、なんだか今日はとても頼もしい。
恋愛系に強い晶子だからなのかもしれないが、岬はなんとなく今日の晶子にもう一人の親友の姿を重ねていた。
「今日の晶子って、なんか、圭美みたい・・・・・・」
「ふふっ、そお?圭美が今近くにいないからあたしが岬を守らなきゃって思っちゃってるからかな?――何より今日はすっごく私も嬉しいもん。そりゃあ、強気にだってなるよお!」
晶子は満足そうな顔で笑った。
そのうちに克也がゆっくりと近づいてきた。
やはり、急に注目されてしまったことに戸惑っているのか、不自然に視線をさまよわせている。
「・・・・・・おはよ」
岬は克也を見上げ、ちょっと遠慮がちに声をかけた。
「・・・・・・うん」
返ってくる答えは、やはりどこかぎこちない。
けれど顔を見るとどうしても、昨日、克也が自分にくれた言葉とキスを思い出してしまい、再び顔から火が出そうになる。
「・・・・・・二人とも、なーんか一歩進んだ感じだよね。」
傍で見ていた晶子がぼそっと言葉をもらす。
「えっ、ええっ!?」
岬はびくりと過剰に反応してしまった。
「なにその反応、分かりやすすぎ!」
晶子はにやにやしている。絶対に何か勘違いしている。
「いやっ、ほんとに違うんだってばっ!」
岬が反応すればするほど、晶子にはそれが真実のように感じられるらしい。『あーあ、あたしだって重くんとまだなのにー』などと一人納得してしまっている。
焦った岬はつい大声で反論してしまう。
「違うってば!あたしたちはまだキスしかしてないわよっ!」
岬の声に、晶子が振り向くのはもちろんのこと、周りで注目していた人たちもいっせいにざわめく。
「バカっ、何言ってんだ岬っ」
それまで女子トークを静観していた克也も、さすがに焦って真っ赤になり、岬を制止する。
「きゃーっ、ごめんっ!何言ってんの私ってば!」
我に返った岬も、穴があったら入りたいほど恥ずかしさでいっぱいになり、思わずその場にしゃがみこんだ。
『なに?あの二人って別れたんじゃなかったの?』
『くっついたり離れたり、激しすぎるよね』
否定的な反応ばかり聞こえてくる。
特に女子の反応は辛らつなものが多かった。わざと大きな声で聞こえるようにしているんじゃないかと思えるほどはっきりと。
たいてい岬が悪者である。
覚悟していたことはいえ、結構きつい。
けれど。
岬は意を決して立ち上がると、顔を上げ、前を見据えた。
こんなことぐらい、克也を失うことに比べたらなんでもない。
これから、克也と共にいるために、乗り越えなければいけないことがきっといくつもある。こんなことでへこたれてはいられない。
晶子も、しばらく岬の様子を驚いたように見つめていたが、やがて全て納得したというように岬の肩を軽くたたいた。
「岬、あたしはずっと味方だからね」
「ありがと。大丈夫だよ」
友達の言葉に、岬は笑顔で答えた。
そんな岬を、克也は目を細めて見つめた。