【幕間3】Dear My Friend(8)
「闘い――、って......」
『あたしは――御嵩様の忠実な部下よ。御嵩様が闘い続ける限り、あたしも闘い続けるわ』
強い決意の言葉。けれど、岬はそれを許したくなかった。
「どうしても、闘いは止められないの！？今回だって、あなたと克也たちは協力し合えたじゃない！本当はそれができるはず......」
岬は必死に声を張り上げた。
だが――
『無理ね。あの時はあんたを救うという目的が同じだった。けれどもうそれがなくなった以上、あたしと竜一族の目的は一致しない。一致しないどころか、正反対よ。――正反対の目的を持った者同士は争うしかないの』
「そんな......」
『岬を――このまま、彼......蒼嗣克也のもとにいさせてあげたいけど――。奈津河一族としてはそれを許せない。岬、あんたを――必ずいつか御嵩様の元にお連れする』
その言葉に、岬は瞳を閉じる。
心が、凍りつきそうだった。
『次に会う時には、敵ね』
麻莉絵の声に、岬は答えられなかった。
感謝してもしきれない麻莉絵。それなのに、どうしても交わらない思い。
岬は携帯を耳に当てながら、天井を見上げる。それでも閉じられた瞳から溢れ出る涙は、岬の努力ではなんともなりそうになかった。
「どうしてまた泣くのよ」
麻莉絵は岬の嗚咽を聞き逃さなかった。
それは強い口調なのに、岬には優しさと温かさ、そして悲しみに満ちた言葉に聞こえる。
「――っ、嫌だよ。麻莉絵を敵に回すなんて――！！」
岬は声を振り絞る。
麻莉絵は、しばし沈黙した。その後――、
「あんた、あたしのために、御嵩様のために―― 蒼嗣克也を殺せるの？ ――それなら、あたしたちは敵にならなくてすむわ」
衝撃的な一言を麻莉絵は放った。
麻莉絵は岬の答えが分かっていて、それを聞くのだ。
「そんなこと―― できるわけ、ない......」
携帯を持つ指先が震える。
岬にはそれ以外の答えはありえなかった。 どんなことがあっても、克也を殺すこと、それだけは自分にはできない。
『なら、迷うことはないわよね。あたしも同じよ。御嵩様を守るためなら、たとえあんたに一生恨まれようと、あたしは蒼嗣克也を殺せるわ』
はっきりと告げる麻莉絵の言葉に対し、それ以上、岬は何も言うことができなかった。
それが自分と麻莉絵を隔てる決定的なものなのだと改めて思い知らされる。
自分だって麻莉絵がもし、克也を殺そうとしたならば、自分は迷わずそれを阻止する。克也を生かす―― そのために他の誰かを犠牲にしてしまう可能性を、今の自分には否定できない。
麻莉絵とすごした日々が脳裏に甦る。
麻莉絵と将高と御嵩と――、ただ『仲間』と思う者たちと共にすごした日々。確かにそこには『仲間』としての情があり、辛い時には『仲間』に励ましてもらった。笑いあい、楽しい時間も共有した。
けれどその中で自分は知らずに罪を犯し、愛する人からも自分の本当の気持ちからも逃げていた。それに気づいてしまった今の自分には、もうあの頃には戻れない。
『バイバイ』
携帯の向こうで麻莉絵が告げた。心なしか、麻莉絵の声も上ずっているように聞こえる。
「――っ......ばいばい、また、ね」
岬も精一杯、虚勢を張って答えた。
しばらくして、ぷつりと通信の途絶える音が耳に響く。
決定的に道を違える自分と麻莉絵を暗示するようだと、岬は思った。
止まることのない涙は、岬の頬を伝い、落ちてゆく。
克也は何も言わなかった。 麻莉絵と自分との間にどんな会話が交わされたのか、おおよその見当はついただろう。けれど、ただ黙って抱きしめ続けてくれて――、それがまた余計に切なくて、岬は声をあげて泣いた。
■■■ ■■■
「明日から岬は久遠さんのところかあ」
港は大きく息を吐いた。
ここはマンションの三階。岬たち家族の家だ。
退院とともに久遠に移ることとなった岬だが、久遠家へと移る日を明日に控え、数時間だけ親子水入らずの時間を過ごせるように水皇がはからってくれたのだ。もちろん、岬の身の安全を考え、外には尚吾と共に一族の護衛が目立たぬように張り込んでいる中でのことではあったが。
父は急な仕事が入って、もう少しで帰ってくることになっていたので今は姉と二人きりだ。
今日の昼までに岬の荷物はほぼ、久遠の家へと運び入れ終えた。といっても久遠の家に直接行ったわけではなくあくまでも岬はお願いしただけだが。
嫁入りというわけでもないし、何かあれば信頼できる誰かと一緒であれば距離的には取りに帰ることもできるので、なるべく少なめにしたつもりだったが、それでも自分が思ったよりも大掛かりな状態になってしまったような気がする。
『あんなに持ち込んじゃって大丈夫だったのかなあ......』
岬がぼんやりと思いをめぐらせていると、港は小さな紙袋を岬の前に差し出してきた。
いきなり目の前に出てきた赤い紙袋をまじまじと見つめると、岬にも分かるほど有名な携帯電話メーカーの社名が印字されている。
「何これ？――まさか、携帯電話、とか？」
岬は紙袋を受け取り、ドキドキしながら紙袋の中ををのぞくと、その中にはいくつかの箱とビニール袋に入った状態の説明書らしきものが入っている。
「そのま・さ・か」
港はまるで、何かを自慢するかのような得意げな顔で腕を組んだ。
「え......、いい......の？」
「渡したんだからいいに決まってるでしょ。岬の携帯だよ。あたしと、お父さんからのプレゼントだから、自由に使っていいよ。でも、無謀な使い方はしないでよ？――まあ、普通に使ってれば問題ないけどね」
「なんか、今までことごとくダメって言われていたから、信じられない気持ち。......使えるの、この電話」
岬の言葉に、港がおおげさにため息をつく。
「あのね、何言ってんの！こんな時にそんな手の込んだ冗談言ってどうするっての」
そう、にこっと笑われて――
なぜだか岬には泣けてきてしまった。
そんな岬に港は呆れたように微笑んで、ぎゅっと抱き寄せた。
「携帯ぐらいでそんなに感動してもらえるとは思わなかったなー」
「――そんなんじゃないよ......」
「そんなの、分かってるって。冗談冗談」
――全く......と岬も苦笑する。
「―― さみしいな、お姉ちゃんたちと離れるの」
一瞬笑いを引っ込めてぼそりと本音を呟くと、港に鼻をつままれる。
『ちょっと、何すんの！』と慌てて飛びのいて鼻をさする岬を見て港はけらけらと笑った。
「久遠の家で寂しくなったら、あたしにでもお父さんにでも、いつでも電話して。そのための携帯でもあるんだからね！」
力強い港の声に、岬は泣きながら大きく頷いた。
「全く！ 今すぐお嫁にでも行くような顔しちゃってさ。 あのね、先にお嫁に行くのは、岬よりあたしなんだから、間違えないでね！」
そう言って港は胸をそらす。
「分かってるって」
岬は肩をすくめた。
こんな時でも、いつもと変わらない姉に、心から安堵する。
どんなに離れていても、どんな時でも、家族は家族だ。何も変わらない。そんな当たり前のことが、今の自分にはとても嬉しい。
ほどなくして父が帰ってきて、港の手料理を囲み三人で夕食をとることにしたのだが、港は、『親子水入らずなのに』と遠慮する尚吾たちを丸め込み、食事を振舞った。
「何か、ほんと、お姉ちゃんらしいといえばらしいよね」
あっという間に尚吾たちと打ち解け、談笑をする港を眺めながら岬は呟いた。
横にいた父親も「そうだな」と頷く。
そして。
「なあ、岬――」
父親の呼びかけに、顔を上げると父親の真っ直ぐな瞳とぶつかった。
「俺も港も、お前の幸せのために、お前を蒼嗣くんと久遠さんに預けるんだ。だから絶対、不幸になって帰ってきちゃダメだぞ」
父親が微笑む。その言葉は岬の心に強く響いた。
「分かった。闘いを終わらせて、絶対に幸せな顔でここに帰ってくるよ」
岬は強い決意を持って、笑顔で答えた。
＜『【幕間3】Dear My Friend』終＞
