初デート
『恋愛小説好きに50のLoveStory』(←配布サイト閉鎖)
初デートの日。
いつもの休日よりも早く起きたせいで姉の港に初デートだということがバレ、半ばからかわれながら家を出た。
この日のために、なけなしの貯金をはたいて買った服。
この服を着た自分を見て、克也はどう思うだろう?
かわいいと、思ってくれるだろうか?
克也のことだから口に出しては言ってくれないとは分かっても、そう感じてくれればそれだけでいい。
岬が、待ち合わせ場所である駅に着いたのは、待ち合わせた時間より30分も早かった。さすがにまだ相手はついていないと思うが、ホームに降り立つと緊張で少しだけ身震いした。学校にいるのとも、バイトで見るのとも違う『彼』に会える。
改札へ向かう、灰色の薄汚れた階段を一段一段確かめるように足を運ぶ。どんな顔をしていればいいのかとか、どうでもいいことを考えながら岬は人の波に乗っていた。
だいたい10分後。
改札で、上り線ホームから降りてくる人ごみの中から現れた彼は、岬を目に留めると、ちょっとだけはにかんだような表情で、肩の辺りでひらりと手を振った。
****** ******
お昼は近くのファーストフード。
その後は、遊園地。
一応事前に二人で相談したものの、お互いに慣れていないためになかなかいい案が思いつかず、かなりお決まりコースだった。けれど、岬にとっては二人でいられればどこでもよく、そんなことはたいした問題ではなかった。
当然、遊園地のしめくくりは『観覧車』。
日がだいぶ沈んでそろそろ隠れるかという頃で、これから眺めはさらにロマンチックになってくるはずである。そのせいか、岬たちが行く頃には観覧車の前にはすでに長い列ができていた。
長い列に並んでいる間、克也は少々落ち着かない様子。
「どうしたの?」
岬がたずねると
「え?・・・・・・・・・・・・あ、ああ。」
克也はうろたえた様子で答えた。盛んに周りを気にしている。
「何か気になることでもあるの?」
首をかしげて見上げる岬に、克也は言いにくそうに小声で言った。
「なんか・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・カップルだらけだね」
その一言を聞いて岬は少しだけぽかんとしてしまった。
克也は、自分たちもそのカップルのうちの一組だということは頭にないらしい。その様子が可笑しくて岬は思わずふきだしてしまう。
「何?」
怪訝そうな克也を前に、岬は一人、うつむき加減で笑いをこらえていた。それでもこらえきれずに笑いがあふれ出して肩が揺れてしまう。
克也のこういうところも好きだ。
すごく頭が切れるくせに、ある部分ではとんでもなく鈍い。そのアンバランスさ。だからこそ『好きだ』と思う。ロボットのように完璧な人間なら好きになれなかったはずだ。きっかけは違ったかもしれない。けれど、本当に惹かれたのは、きっと「人間くさい彼」を知ってから。 ------とはいえ、世界中どこを探しても完璧な人間などいるはずもない。そこが人間たるゆえんなのだから。
そんなことを考えているうちに岬たちの前にゴンドラがまわってきた。慌てなくてもいいのに、慌てて乗り込んでしまう。一方克也の方はゆっくりと大またで乗り込んできた。
係りの人が扉を閉めるととたんにまわりの喧騒から引き離されて、特別な空気が流れ始める・・・・・・・・・・・・。これから15分間は二人きりの時間。------そう思うと、自然にドキドキしてくる。
「疲れたね。」
何も会話のないのも気まずいので、岬は自分から話題をふった。
「まあ、一日中歩き回ったし」
克也も笑って答える。
「あ、ねえねえ、さっきの泣いてた女の子、大丈夫だったかなぁ?」
さっき、迷子らしい2,3歳の女の子がいたのだ。係員の女の人に連れられていたけれど。
「ああ、・・・・・・・・・・・・まあ、係りの人に見つけてもらえてたんだから大丈夫じゃないかな?多分親だって捜してるはずだし。」
無難な克也の答えに、岬も「そうだね」と相槌を打った。
『こんなくだらない会話でいいんだろうか・・・・・・・・・・・・。いくら場を持たせるためとはいえ、せっかく二人きりの時間なのに、もったいないかも・・・・・・・・・・・・』
自分で言い出しておいて、疑問を持ってしまう岬だった・・・・・・・・・・・・。
少しだけ会話が途切れる。
ゴンドラはゆっくりと岬たちを空へといざなっていた。
眼下に見えるのは、明かりが灯り始めたウォーターフロント。
まだ真っ暗にはなっていないが、わずかな夕日に照らされて微妙な色合いを造りだしている。セピア色の空間が、暗闇よりも特殊な雰囲気が演出されていた。
ちょっとだけ、心に余裕ができる。
「・・・・・・・・・・・・ねえ、克也。・・・・・・・・・・・・あたし、すっっごい幸せ者だあー」
気恥ずかしくて、窓の外を向いたまま岬は素直な気持ちを口にした。
「・・・・・・・・・・・・今日・・・・・・・・・・・・今だけは、難しいこと考えたくないな。」
心の中をふとよぎる親友の姿。けれど今だけは、この空間を、二人きりでいられる空間を大事にしたい。
克也にも言葉の真意が伝わったのか、やはり黙ったまま窓の外を見つめている。
------そして。
「岬」
克也が急に体ごと岬の方を向いた。
「え?」
岬も返事とともにつられて、それまで横向きかげんだった上体を戻した。
急に正面に克也の端正な顔が現れたので岬はドキッとした。
それでなくても狭いゴンドラの中。お互いに正面を向けばお互いのひざがくっつきそうになる。
『きゃーきゃー。
どうしよう。
キスされちゃったりとか!??』
ただならぬ雰囲気に、岬の頭の中は急に爆発しそうなくらい複雑な思いがばーっと駆け巡った。 自分の心臓の音がばくばく耳にこだまする。
頬を赤くして固まってしまった岬に、克也はこの上ない、というほどの微笑を見せた。
余計に岬の血圧が急上昇する。
『薄暗くてよかったかも・・・・・・・・・・・・』
岬は自分の右頬に右手を当てた。ほてっている気がする。
そんな岬を知ってか知らずか、克也は
「今日は楽しかった。」
そう言って、岬の頭をくしゃっと撫でた。
けれど、その後、それ以上のことが起こることはなく。かといって他の話をするわかでもなく・・・・・・・・・・・・。ただお互いに黙ったまま時間が過ぎていった。
気まずいような、けれど温かいような、不思議な時間------
「そろそろ終わりだな」
静寂を破った克也の言葉に外を見ると、その言葉を裏付けるように、だんだんと人ごみが近づいてきていた。
『終わりなんだ・・・・・・・・・・・・』
そう思ったとたん、肩の力がふっと抜けた。
なんだかとっても緊張して疲れた気がする。
克也を見ると、涼しい顔をしてひたすら窓の外に目をやっている。一人だけ緊張して、盛り上がってしまった自分がちょっとだけ悲しい。
とうとうゴンドラは係員の姿を同じ高さに見られるほどになった。二人きりの時間もここまでだ。
残念なような、ホッとしたような。
『ま、初デートだし、こんなもんでいいのかな・・・・・・・・・・・・』
そう思い直し、岬は一度深呼吸をすると、扉の開いたゴンドラから勢いよくポンと飛び降りた。
そして前だけを見て数歩歩くと、一歩遅れて降りてきた克也を振り返り、そっとその腕に自分の手を添えた。
「さ、行こっ」
岬は元気良く、地上へと降りる赤い階段を、恋人の腕をひっぱりながら下りていった。
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この時、本当はキスしたかったのだと克也から聞いたのは、もっとずっと後のこと------。