優しく積もる淡い恋

バレンタイン企画ショートストーリーです。
タイトルは『恋したくなるお題』より拝借しました。

時間的には、3章『涙(4)』から少々先の話になります。
人によっては、少々ネタバレのような気持ちになるかもしれません。
謎が明らかになるとかそういうことではないのですが・・・。

※「ネタバレはちょっとでも嫌!」、「現在公開されているところより先の話は絶対に読みたくない」という方は、3章『涙(4)』を読み終わるまではお気をつけください。





  「はいっ!」
 目の前に出されたひとつの包み。
 何のことか分からず、一瞬かたまる。
 とりあえず、反射的に手を出して受け取ってしまったが、その先、どうしたらよいのか分からず、そのまま、渡された『それ』を見つめた。

 英字が印字されたおしゃれな茶色の包装紙がかけられた十五センチ四方くらいの小さい箱状のもの。二つの対角線の角にピンク色のリボンがかけてあり、その一方はリボン結びになっている。
 完全に『プレゼント』の様相である。

 目の前の贈り主はひたすらニコニコとして、何か言ってほしいと目で訴えている。

 頭の中で、自分の知識を総動員する。
 自分の誕生日------はまだまだ先だし、クリスマスも過ぎた。岬の誕生日----いやいや、自分の誕生日にプレゼントはもらっても渡す人はいまい。何より岬の誕生日はまだ先だ。
 記念日という記念日を思い出してみても今日に当てはまるものはなく、克也は途方にくれた。

  「中身、何だと思う?」
 期待に満ちた岬の笑顔を目の前にしながら、克也は顔がひきつるのを感じた。

  「・・・・・・俺・・・・・・なんか、忘れてる?」
 おそる、おそる、といった様子でたずねる。

 そんな克也を見て、岬はたまらない、といったように噴き出した。
  「ゴメンゴメン、ちょっと意地悪だったね?」
 笑いをこらえながら岬が克也を見上げる。

  「これ、中身、チョコレートなの。」

 聞いて、克也は余計に頭に疑問符がいっぱい出てきてしまった。
 『チョコレートを渡す日』といってひとつのイベントが頭の中に浮かんだが、それは今日ではない。ずいぶん前のことだ。

 なおも不思議そうな顔をする克也に、岬は少し恥ずかしそうにぷいと横を向いた。

  「だって今年のバレンタインはそれどころじゃなかったんだもん・・・」

 それを聞いて、克也もああ、と納得した。

 確かに、今年のバレンタインは、世間の幸せそうな騒ぎとは裏腹に、二人の関係は最悪な状態だった。

  「変だって、思ってるんでしょ?だけど、あげたかったんだもん。------今、あたしは克也に何かあげたいの。------それだけ、嬉しいの。克也がそばにいてくれることが・・・・・・。」

 そう言って、岬はそっぽを向いたまま、克也の腕に飛びついた。
 岬の横顔が、わずかに赤くなっている。
 その、ちょっと拗ねたような顔がかわいくて、克也は自然に微笑む。

 その体勢のまま体を岬の方に向け、もう片方の腕を岬の背にまわす。

 抱きしめられる格好になってしまった岬が、びっくりしたように克也の顔を見上げた。

  「変だなんて、思ってない。------ちょっとびっくりしたけど。」
 そう言って少し笑う。
  「うそだー、その顔は絶対変だって思ってる顔だよー・・・。」
 再びふくれる岬。

 克也は身をかがめて岬の肩に顔をうずめた。
  「違うって・・・・・・。」
  「ちょっ・・・・・・克也・・・・・・なんか、髪、くすぐったい・・・・・・」
 克也の柔らかな髪が岬の頬や首筋にあたっているらしく、岬が慌てたように言った。

 かまわずに克也はそのまま話し続ける。
  「俺だって------こんな日がくるなんて、信じられなかった・・・・・・。今、岬がここにいてくれて、嬉しい。」
 正直な気持ちだ。
 自分たちの気持ち以外の問題が何一つ解決していない今、この先どんなことが待っているのか分からない。けれど、何があってもこのぬくもりを失いたくない。


  「克也、バレンタインって、時の皇帝に結婚を禁じられた兵士たちとその恋人を密かに結婚させていて神父さんが処刑された日なんだって。皇帝が兵士たちに結婚を禁じた理由って知ってる?」
 何気なく、岬が聞いた。

 「いや・・・・・・」
 そんな話は聞いたことがない。
 頭の中でいろいろ考えていると、岬が続けた。

  「結婚して、家庭を持つと、戦地でも妻や子どもを男たちが恋しがって士気が下がるからだって。・・・・・・頭が固い皇帝だよねえ。」

  「へえ・・・・・・よく知ってるな、そんなこと」
 体勢はほとんど変えず、克也は感心してそう言った。

  「あ、これ、昨日のテレビでやってたことそのまま言っただけなんだけどね?」
 という岬の声を聞きながら克也は思う。

 その皇帝は馬鹿だ。
 士気が下がる?
 確かにそういう者も中にはいるかもしれないが、大半は違うのではないか。
 玉座の上であぐらをかいている皇帝のためになんて戦えない。
 けれど、愛する者を敵から守るためなら------戦える。

 そう、自分もこのぬくもりを守るためなら------。


 突然、柔らかな風がゆらりと二人の髪を揺らす。


 岬が、あ、と小さく声を上げた。

  「・・・・・・ゆき・・・・・・?」
 不思議そうに岬がつぶやく。
 まさか、と克也は言いかけて顔を上げ、岬が天にかざした手のひらを見た。

 そこには、ひとひらの小さくほんのり色づいた花びらが舞い降りていた。

 それを確認したそのとき、今度はやや強めの風が吹き、優しく枝を揺らす。
 その途端に、たくさんの花びらが、はらはらとひるがえりながら二人のまわりに降り注いだ。

  「今年のバレンタインも雪だったよね・・・・・・。少しでも気分が出るように、天の神様が協力してくれたのかな?」
 そういって無邪気に笑う岬に、目を細めた。

 もし、この世に神様がいるのだとしたら。
 この笑顔がいつまでも消えないようにと、克也は祈った。


 ふわり、ふわり------

 恋人たちを守るように、優しく、ゆっくり、淡く色づく花びらが、降り積もる。

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