横恋慕
二人が『そういう』関係なのだと知ったのはいつだったか――。
皮肉にも、そのことを知ったことで自分の気持ちにも気づいてしまった。
自分も、幼馴染という関係以上に颯樹のことが好きなのだと。
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自分と智也たちが大人たちの目を盗んで会う時に、最近利用するようになったシーズンオフの山小屋風の別荘。
今日は約束はしていなかったが、智也たちがほぼ毎日ここに来ているのは知っていた。
もちろん鍵は閉まっていたが、玄関すぐ脇の擦りガラスに二人の靴の色が見える。二人は確実に中にいることが分かっていたから、音を立てて二人を驚かせることのないように持っていた裏口の鍵をそっと差し込んでゆっくりと回した。いきなり現れて二人を驚かせようと忍び足で歩く。
リビングには誰もいなく、その奥の、いつもは入ることのない部屋の扉が少しだけ開いていた。
いつもならその扉を開けて挨拶することに抵抗などない。
だがその時、何故か踏み込んではいけないと思った。
それは第六感のようなものだったかもしれない。
その隙間から見えたのは、これ以上もなく近づいて向かい合って立つ、智也と颯樹の姿だった。
智也の指が、颯樹の頬にかかるのが見えた。
二人の視線が、絡み合う。
「私はね、智也。例え世界中の誰もがあなたを――...... と言っても、私の長は一人だけ。私の心も身体も、総てを捧げてもいいと思うのは智也だけだよ」
颯樹の言葉の一部は囁くようで、そこだけ聞こえなかった。
二人はそれぞれ相手のことだけに夢中で、影に立ち尽くす自分の姿に全く気づいていない。
颯樹の指が智也の頬にそっと触れると、智也が颯樹にかぶさるようにして二人の唇が重なる。
何度も何度も角度を変えては重なる二人の唇から、やがて官能的な水音が漏れ始める。
自分には何が行われているのかまではまだわからなかったが、その水音がやけに異様なものとして頭と耳に響いた。
唇を貪りながらも、やがて智也の指は颯樹の首筋を伝い、その下の膨らみにかかる。その形を確かめるように、智也の手は膨らみを何度も撫で、服の上からその頂をつまむと、颯樹が身をよじり首をのけぞらせて一声啼いた。
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その後のことは、もう細かくは覚えていない。頭ががんがんして、その場に呆然と立ち尽くした。
ただ、目の前で二人の衣服が相手の手や自らの手によって一枚一枚剥ぎ取られてゆき、生まれたままの姿の二人の身体が重なり合い、絡み合い、繋がってゆくのを、呆然と見ているしかなかった。
その場から逃げたかった。
けれど、その時の自分の足は、凍りついたように動かなかった――。
颯樹の、普段は洋服に隠れた部分の、日に焼けてない肌の白さと、聞いたことのない妖艶な喘ぎ声。
そして、智也の、相手の全てを食らい尽くすような荒い息遣い。自分にはない、日に焼けた逞しい肢体。
二人が相手を求めるたびに聞こえる、肌と肌が擦れてぶつかる音。
それらが頭の中を何度も行った来たりした。
男女の間にこういうことがある可能性があるということは、知ってはいた。
だが、この二人にそういうことが起きているなんて、全く思ってもみなかった。
それまで自分が見ていた二人の姿が、目の前に繰り広げられている二人の姿と重ならない。
『二人が、とても遠い......』
言いようのない疎外感に襲われる。
何より、颯樹の姿に一番ショックを受けている自分に気づく。
『あんな表情、俺は、知らない』
颯樹が身をよじったときにちらりと見える潤んだ瞳と、相手を誘うように軽く開かれた唇から智也を求める声が紡がれるのを耳にするたび、全身に鳥肌が立ち、思わず自分で自分の腕を掴んだ。
けれどそれは嫌悪感じゃなく――。
『颯樹......』
一瞬、思わず吸い寄せられそうになる眩暈を覚え、自分の腕を掴む指に力が入った。
『逃げなければ』
それは本能なのか理性なのか。
とにかくその場から離れなければと思った。
そうでないと、自分は何かを壊してしまう。
今まで自分が大切にしてきた何かを。
だから、懸命に動かぬ足を動かした。
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なんとか必死にその場から離れたあとも、二人の――、颯樹のその姿が脳裏に焼きついて、何日も離れなかった。
だから、しばらくは会いに行かなかったし、約束の電話もしなかった。
何をしていても、四六時中、颯樹の姿がちらつく。
今までも、颯樹のことを考えて温かな気持ちになることはあったが、こんな苦しい思いはしたことがなかった。
思い出すたびに、胸が締め付けられる。
智也にだけ見せる表情があったことが、悔しい。
『俺は妬いているのか?』
その思いに行き当たった時、自分の中で妙に合点がいった。
この感情を言葉にするにはこれ以上のものはないと。
そう、自分は妬いていたのだ。
颯樹があんな風に、全てをさらけ出して頼り切ったような目で智也を求めるのが、悔しかった。
『でも、俺の思いは表に出すわけには行かない。』
颯樹はもちろん大事だ。
だが、智也も大切なのだ。
颯樹を奪おうとすることは、智也の幸せをも奪おうとすることだ。
そんなことはしたくない。
それに、自分にも分かっている
颯樹が、簡単に智也への思いを変えるような子ではないことも。
小さい頃から、智也と颯樹が本人同士はもとより、周りからも将来結婚を約束された許婚であるということは認識していた、それだけでなく、颯樹がいつも見ているのが誰なのかは、もうこんなことがある前から本当は分かっていた。分かってはいても、認めたくなかった気がする。
自分は、いつまでも子供のときのように無邪気に、みんなが仲良しこよしでいられるなんて、幼稚な夢を見ていたかったのかもしれない。
でも、自分たちももう中学生になったのだ。
一族の現長である父はここのところ体調が優れないらしく、長の仕事を智也へと少しずつ移行させるように動いていると聞く。もう、何も知らない子供のままではいられない時期に来ているのだろう。
『もうすぐ、智也とも颯樹とも気安くは会えなくなるのかも知れない』
漠然とそう思った。
いずれ、一族の長として智也が正式に立ち、颯樹は当然その相手として、将来一族を担う重要な存在になる。
その時に自分の存在はただ、智也に犠牲が及ばないように身代わりとして盾になるしかない存在だ。
今だって、双子だということは世間に知られてはならず、本来こうして会うことは固く禁じられているのだから、智也が長になれば当然もっと状況は厳しくなるだろう。
智也と颯樹と対等に付き合えた、今までの方が夢のような時間だったのだと思う。
所詮、自分は影でしかない。
本来なら智也たちとは気安く口も利けないはずの立場だ。
颯樹への想いなど、はじめから、叶うはずのないものだ。
今更気づいたところで、何も変わらないし、変えられるはずもない。
だから、この想いに硬く蓋をするしかないのだと、その日、自分は決めたのだった。