あまりの驚きに何の言葉も発することができなかった。
何とか元いた場所へ戻ろうと足をふんばってみても、目に見えない大きな力に引っ張られてどうにもならない。どんどんキエラと名乗る女の方に吸い寄せられて行く。
『逆らえない――!』
訳もわからないまま、由愛は本能でそう思った。
まぶたを堅く閉じたその時――
ぱしっ!
大きな音と共に、急に由愛の体を引っ張っていた強大な力がふっ、と消えた。宙高く浮いていた由愛の体は重力に引かれてバランスを失い、ぐらっと傾く。
――落ちる!
由愛は、次に襲うはずの衝撃を覚悟した。
が。
いつまでたっても、痛みは襲ってこなかった。
痛みの代わりに与えられたのは、誰かのぬくもり。
温かくて、
力強くて
そして
懐かしい――
「どういうことっ!?」
女の甲高い怒りに満ちた叫びが一帯にこだました。発したのはキエラだ。後少しというところで自分の行為を邪魔された怒り。叫びと同じ位怒りに燃えた瞳をこちらに向けている。
でも由愛は、まだ正常に頭が機能していなかった。あまりの奇想天外さに、常識がついていかず、上の空でそれを受ける。
呆けている由愛の代わりに男の声が答えた。
「久しぶりだな。キエラ。」
低く、どこか苛立ちを含んだ声。
それを聞いてキエラがはっとする。
「ヘネ......ミルキア!?お前も転生していたのか!?」
「覚えていてもらえて光栄だな。――もっとも、俺の方はお前とは会いたくもなかったが」
「おのれっ...!」
キエラの体から、怒りのオーラが立ち上るのを由愛は見た。
それを男は冷ややかに見つめ返す。
「やめておけ。今の俺にお前がかなうはずはない。俺が死ぬ前にアルカディアスから返してもらった力があるのだからな」
由愛には意味が分からなかったが、キエラにはわかったようだった。悔しそうに唇を震わせる。
「退け、キエラ」
なおも男は冷たく言い放つ。
キエラは鬼のような形相で男を睨みつける。
「おのれっ......!今日のところは退くが、私は諦めはせぬ!――お前の力は完全ではないはず。必ずその娘を取り戻し、レスマドリアン様のもとにお連れしてみせる!」
掃き捨てるように言うとキエラは右手を宙に浮かせた、彼女の回りに一陣の風が舞いあがる。――次の瞬間、それまでそこにあったはずのギリシア神殿風の柱も、キエラの姿も消えうせていた。
由愛の周りに残されたのは、見慣れた公園の雑木林。
そして、誰かの温かいぬくもり――。
やっとのことで顔を上げると、そのぬくもりの主と目が合った。
その顔を見て由愛は驚きを隠せなかった。
だってそれは、先日家の前にいた『あの男』だったのだから。