"レスマドリアン"
この人との前世のことは、今は自分の中に全く浮かんでこない。
けれど、先日の"キエラ"とかいう気味の悪い女性がその名前を何度も口にしていたことを思い出す。この人もあの仲間なのか。そう思うと、この人に問題がなくても何となく嫌な気持ちにもなるのだった。でも、それはこの人のせいではないので、由愛は極力そんな気持ちを隠した。
しかし今、この人はさらりとものすごいことを言ってのけたような気もする。
"前世の夫"?
確かあのキエラとかいう女性も由愛のことを"奥様"と呼んだ。
これはそういうことなのか?
出さないようにしていたつもりだったのに由愛の顔に再び"不信感"という文字が出てしまっていたらしく、この外人------播磨エドル------も表情を曇らせた。
「ゴメン・・・・・・君は、記憶をなくしているっていうのに...急に現れてこんなこと言って・・・」
その寂しそうな瞳------。
その瞳に由愛には自分の記憶にこの人がいないことがとても申し訳なく感じてしまう。
「ごめんなさい・・・あの、あたし・・・まだ前世とかって良く分かってなくて・・・数日前にいきなりあのシンとかいう変態からそのことを聞かされたばっかりだし・・・記憶も曖昧で・・・で・・・あの・・・」
言っているうちになんと言ったらいいのか良く分からなくなって焦る由愛。エドルはそんな由愛を最初はきょとんとした顔で見つめていたが、すぐに満面の笑みをその端正な顔に湛えた。
「アリガトウ。いきなり現れた僕をそんなに気遣ってくれて。ホントは僕もこんなに早くキミの前に現れるつもりじゃなかったんだ。でも・・・キミを見てたら懐かしさにどうしても会いたくなって・・・・・・。」
「播磨さん・・・・・・」
「エドル、でいいよ。みんなにソウ呼ばれてるし。」
「あ、はい・・・」
何故か敬語になってしまうのは、彼のかもし出す紳士的な雰囲気のせいだろう。
その時
「エドル------!」
遠くから数人の女性の声がした。
そちらに目をやると男女5、6人がいっせいにエドルの方を見ている。
「ゴメンね。トモダチが呼んでるから・・・。近いうちに、また会ったら話------してくれるかな?」
エドルは由愛の顔をじっと見て言った。
「え、あ、は、はい・・・」
エドルの瞳に心拍数が一気に上昇した由愛は、間の抜けた返事をしてしまったが、エドルの方はその肯定の返事に満足したらしく、由愛に向かって一度敬礼のポーズを取った後、友人のもとへと駆け出していった。
人ごみに消えてゆくエドルを、由愛はボーっと眺めていた。
すると。
「あーあ・・・相変わらずキザなやっちゃなー」
背後で聞き覚えのある声がした。
エドルのステキさにぼうっとなっていた由愛の機嫌は一気に下降した。
その声。
忘れもしないお調子者の声。
「またあんたなの!?」
由愛はくるりと振り向いた。
本当は振り向きたくもなかったが。
「ノンノン♪"あんた"じゃなくて俺はシン。そう呼んでってこの間も言ったでしょ?」
果たして、由愛の思ったとおりそこには人差し指を目の前でちらちらと振りながら、その声の主------真がニコニコと不敵な笑みを浮かべて立っていた。
--------------------------------------------------------------------------------
「・・・・・・今度は何!?」
由愛はイライラして言った。
由愛はまたしても口のうまいシンにノせられ、手近なファーストフード店に入らされることになってしまったのだ。
「あーあ。さっきのオニーチャンに対する態度とはエラい違いだよね・・・」
ストローにかじりつきながらシンは恨めしそうな瞳を由愛に向ける。
「あんたとあの人とは気品と姿勢が違うの」
チーズバーガーにかじりつきながら由愛は答えた。
「気品と姿勢、ねぇ・・・」
シンはふーっと大げさにため息をついた。
『1回会っただけでそんなの分かるもんかー』などとぶつぶつ悪態をついている。
由愛は無視を決め込み、これ以降は食べることに専念することにした。
ポテトの箱に手を伸ばして視線をずらした由愛は、ふとシンの真剣な瞳と対面してしまった。
由愛は思わずドキッとする。
フェイント。こんなの卑怯だ。
ぱっと目をそらした由愛にシンは言った。
「レスマドリアン。------あいつは、危険だ。気をつけたほうがいい。」