拉致(2)
「・・・・・・これは------?」
基樹は努めて冷静に聞き返した。心の動揺を悟られないように。
そんな基樹の反応に、御嵩は"やれやれ"とでもいうように肩をすぼめる。
「おやおや。聞きたいのはこっちの方ですよ?逆にこちらに聞かれてしまった。困ったことですね・・・・・・・・・・・・。」
静かに、御嵩と基樹の視線がぶつかり合う。
やがて御嵩は続けた。
「奥歯にものの挟まった言い方は今はしたくないので聞きますが・・・・・・。---この者は、あなた方の手の者ではないのですか?」
「----そんなことを聞いてどうする?我々の手のものだと言ったらお前たちに何かメリットがあるのか?」
基樹はこみ上げてくる怒りを努めて抑えながら御嵩を見つめる。
"奥歯にものの挟まった言い方はしたくない"といいながら、そう聞くことで暗に何かを探ろうとしている態度がありありと感じ取れるからだ。
「それは肯定の意味と取ってよろしいのでしょうか?」
基樹の様子を悠々と見据えながら御嵩は問うた。
「どうとでも。」
「そうですか・・・・・・なるほどね・・・・・・。」
「貴様・・・・・・何が言いたい?」
そう問う基樹から、御嵩は少し視線をそらしたが、またすぐに顔をあげた。
「不用意に"姫"に近づくな、と言うことですよ。」
「何だと・・・・・・!?」
基樹には"姫"と呼ばれる人物がなぜ御嵩にそう呼ばれるのかは分からなかったが、誰のことを指すのかは見当が付いた。
「この蒼嗣---克也くんが、姫にまとわり付いている、というのは我々も既に知っているのですよ。姫を宝刀の持ち主と知ってのことでしょうが、そう簡単には宝刀は渡せませんからね」
"まとわりつく"という言い方が基樹にとっては自分たちの長を馬鹿にされたようで鼻につく。
「まとわりついているのは、その"姫"とやらの方ではないのかね?」
負けずに言い返した基樹の言葉に、御嵩の視線が一瞬険しくなった。それに対して御嵩が何か口にしかけたとき、ドアの外側からノックする音が聞こえた。
「御嵩様、お客様がいらしているにもかかわらず申し訳ありません。------将高様がお見えになられましたがいかがいたしましょう?」
ドアの向こうから控えめな女の声が聞こえる。使用人だろうか。
「------分かった。すぐ行くからいつものところで待つように伝えて」
基樹の方に向き直った御嵩は、にこりと無邪気に微笑んだ。
「------岩永さん、どうもごお時間を取らせてしまって申し訳ありません。」
「何だと!?」
急展開に基樹は声を荒げた。
「お帰りください。手荒なことをしてすみませんでしたね。」
言葉とは裏腹に全く悪びれた様子もなく、淡々と御嵩は複雑な表情の基樹を出口にいざなった。そして不敵に微笑む。
「今、あなたを使っていかようなこともできます。でも、今はまだこちらも準備段階。うかつに敵方のトップに近い人物に手を出すのは危険ですから今はお帰りいただきます。」
「おや、ずいぶんと臆病な。今、わたしを帰したことを後悔することにならないといいがな」
基樹も負けずに鼻で笑う。
だが、御嵩はにこにこと嬉しそうだ。
「敵方の心配までしてくださるなんて優しいんですね。僕は昔から下準備はきちんとしたい性格なんですよ。シナリオもキャストも、全て最高のものを用意して。もちろん------いずれ貴方も間違いなく僕の素敵なショーにご招待いたしますのでご心配なく。」
つかみどころのないこの男の前で、さすがの基樹も閉口するしかなかった。
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「御嵩様らしくありませんね。わざわざ今、敵の幹部を拉致してくるなんていう乱暴なやり方は。今事が大事になったらどうするつもりですか?」
将高は紺色のマフラーをするりと外しながら言った。
「・・・・・・だいたい・・・・・・事情を探るだけなら他に誰でもいるじゃないですか。わざわざ角が立ちそうな人物を連れてこなくても・・・・・・。」
いつになく慌てた調子の将高の様子に御嵩は肩をすくめた。
その余裕のある態度に、将高は怪訝そうな顔をする。
「それとも、何か秘策でもあったんですか?」
「ふふっ♪」
口元に手を当てて、あどけない少年がお気に入りのおもちゃを手に入れたときのように嬉しそうにする御嵩。------慣れたこととはいえ、頭を抱えたくなりながらも将高は御嵩を見つめた。
眼鏡のふちを人差し指でもてあそびながら御嵩は口を開く。
「岩永さん------彼はかわいい人だね。」
「は?」
いきなりそうきたか、と、さらに脱力する将高に気にせずに御嵩は続けた。
「そう・・・・・・・・・・・・普段は我々には全く取り付くシマのなさそうな人だけど------。あることについてはすぐに反応するよね・・・・・・。ああいうの、忠誠心が厚いっていうのかなぁ・・・・・・。だから、連れてくるのは彼じゃなきゃいけなかった。長に最も近くて、そして情の厚い人物、それが彼だった。」
「・・・・・・と、いうと?」
「これは・・・・・・全く僕の勘でね、確証はもっと調べないとないんだけど・・・・・・。------長の正体が分かった気がするよ。」
「え!??」
いつも冷静な将高もこの言葉にばかりは大きく反応せずにはいられなかった。
身を乗り出してそれは誰なのかと詰め寄る将高に、御嵩は満面の笑みを浮かべて言った。
「教えない♪」
「ちょっ・・・・・・、この期に及んで何言ってるんですか?」
「だってこれはまだ、僕の個人的な楽しみなんだから。おまえなんかに教えてやらないよ?」
将高は大きくため息をついた。
こういう人なのだ、昔から。この人は。長くそばにいるというのに全くつかみ所がない。
「じゃぁ、時が来たら必ず教えてくださいよ?」
こういうときには何を言っても無駄と知っている将高は、気を取り直して一言だけ念を押した。"必ず"のところを強調して。
御嵩がうなずくのを待って将高はその部屋を後にした。
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"笑わせてくれるじゃないか"
御嵩は心で失笑した。
たとえ神であろうと、彼女を手に入れることは許さない。
まして敵方の長ならなおさら。
相手が、栃野岬を敵方の娘と知りながらまだ手放さないのは、大方、彼女を取り込もうということだろう。
「---相手が悪かったね・・・・・・」
御嵩の瞳に残忍な炎が灯る。