新顔(1)

 「まったく・・・・・・御嵩様ってばイキナリ岬に会いに行くなんて、私の立場がないじゃないですかぁ!」
 麻莉絵は少しすねたような声でそう言い、御嵩を見上げた。
 「ゴメンゴメン、ふと思い立ってちゃって。麻莉絵をないがしろにするつもりじゃなかったんだけどね・・・・・・」
 御嵩は麻莉絵の肩をぽんぽんと叩いて許しを請う。

 「今度は岬に関することで何か行動するときには私に言ってくださいよっ。」
 麻莉絵の強い口調に、御嵩は"ハイハイ"となだめるように頷いた。
 口先だけと感じてしまったのか麻莉絵はまだ完全に納得はしてなかったようだが、結局麻莉絵は御嵩に勝てず、仕方なしに次の話題に移った。
 「・・・・・・で?どうでしたか?岬に会った感想は。」
 「うん・・・・・・、彼女は素直そうな子だね」
 「ね?私の言ったとおりでしょ?」
 まるで自分のことのように得意そうな口調の麻莉絵。しかし、

 「------興味深かったよ。栃野さんの彼にも会えて。」

 御嵩の言葉によって一瞬動きが固まった。
 「えっ、彼に会ったんですか!?・・・・・・ずるーいっ、私ですらまだ会った事ないのに!今度こそ岬に紹介してもらわなくちゃ!」
 そう意気込む麻莉絵を、御嵩はデスクに肘をついていとおしそうにしげしげと見つめる。
 「御嵩様?何か私おかしなこと言いました?
 「いや・・・・・・。麻莉絵はやはりいい子だと思ってね・・・・・・。」
 「え?」
 「その感じだともう栃野さんと相当親しくなったみたいだよね。」
 「ええ、まぁ・・・・・・なんていうか・・・・・・岬ってかわいいというか母性本能くすぐられるというか・・・・・・。とにかくかわいがりたくなっちゃうタイプなんです♪」
 麻莉絵は片手を頬に当ててにこりとする。


 そんな麻莉絵に、御嵩は再び満足げに微笑んだ。
 「僕はこれで栃野さんに会うという念願もかなったし、しばらくはおとなしくしているとするよ。その分------。麻莉絵、僕は麻莉絵をとても頼りにしてるからね。」

       ******     ******


 「圭美・・・・・・。」
 岬はベッドの上に横たわる親友の名を静かに呼んだ。
 自分が彼女に与えてしまった苦しみを思うと、もう"親友"と呼ぶことすらおこがましいとも思えるのに。------けれど岬はあえてこの場を訪れる。自分への戒めとして。


 岬は度々こうして、圭美の病室を訪ねていた。
 静かに閉じられた瞳------それはあの日の悪夢などまるで幻だったかのようだ。あの時の『断末魔』ともいえる彼女の叫びは未だ岬の耳に残っている。


 「明日からまた、学校だよ・・・・・・」
 岬は語りかける。
 もちろん、圭美の口元は動かず、何も反応が返ってくるわけもない。けれど穏やかなその表情は絶えず岬に微笑みかけてくれている------そんな気さえする。
 あの日、一瞬だけ岬に優しく語り掛けてくれた圭美。でも、本当に許してもらえたのかは岬には分からない。でも今の圭美は、そんなドロドロしたものとは無縁のところにいるかのように静かだ。そして皮肉にも、自分の罪とこれからの自分におびえる岬の心を癒してくれるのだった。


 しばらく岬は、黙して横たわる圭美の傍らにある椅子に座って彼女に色んなことをしゃべりかけた。また始まる学校のこと、冬休み中に家であったこと、そして蒼嗣のこと・・・・・・。------蒼嗣のことについては自分との関わりを感じさせないような話しかできなかった。それでも、彼のことを話す時には特に心がズキズキと痛んだ。

 夕暮れ時------陽はゆっくりとその身を大地の中に沈めようとしていた。


 「また来るからね」
 岬は時の止まったかのようなこの病室に向かって小さく手を振った。


       ******     ******


 岬は次の日、珍しくいつもより30分も早く学校に着いた。

 ------3学期の始まり。
 岬が今日早く学校に来たのは今日が始業式だったわけだからでは、もちろんなかった。
 今日は克也と共に日直の日だからだ。
 始業式の日は学校にいる時間も短いし日誌を書くのも楽だが、その代わりに宿題を集めたり、何種類ものプリントを職員室から教室に運んだりしなければならない。しかし岬にとっては、克也が一緒ということだけで、そんなわずらわしさはどうでもいいことであった。


 「失礼しまーす」
 まだ蒼嗣は学校に来ていなかったが、岬は先にできることはやってしまおうと職員室のドアを開けた。確認すると岬たちの担任Ms.石倉は席を外しているようで見当たらなかった。仕方なしに机の上に置かれた日誌だけでも持っていこうとした時、ふと、隣のクラスの担任と見慣れない制服の女の子が話をしているのに目がいってしまった。
 紺のブレザー、胸には赤いリボン。似たような制服はたくさんあるが、細かいところを見るとこのあたりの高校のものではないようだ。まるでシャンプーの宣伝に出てくるかのようなすらりとした髪を胸の辺りまで伸ばしている。
 「新潟からじゃ、相当こちらとは気候とか様子が違うんじゃないか?」
 隣のクラスの担任がその子に話しかける。
 「はい、新潟に比べてこちらは暖かいですね・・・・・・。寒さの質が違うような気がします」
 はっきりとした口調は、彼女の性格まで伝えるようだった。
しばらくぼーっとそのやりとりを見ていた岬だったが、隣の担任の声ではっとした。
 「お。栃野!」
 隣のクラスの担任が岬の視線に気付いて声をかけたのだ。
 岬がその教師の英語の選択の授業をとっている関係から、その教師とは仲が良かったからだ。
 「あの・・・・・・その人は?」
 岬はおずおずと聞いた。
 「この子ね、今日から俺のクラスに転校してきた子なんだ。"聖 蘭子(ひじり らんこ)"さんって言うんだけどさ。隣のクラスだけど仲良くしてやってくれよな」

 高校生の転校なんてただでさえめったにないことなのに、さらに1年間のうちに同じ学年に2人も転校生が来るという珍しい状況に、岬はただただ驚いていた。

↑ 読んだらポチとしていただけるだけで管理人が喜びます(笑)
★感想や誤字脱字の報告などありましたらお気軽にどうぞ★(無記名&一言ナシでもOKです)
お名前: 一言:
背景素材:空に咲く花
カウンタ