新顔(2)

「聖 蘭子です。どうぞよろしくお願いします。」
聖 蘭子はそう言って岬に向かってすっとお辞儀をして微笑んだ。同じ年とは思えないようなあまりの洗練された仕草に岬は圧倒されてしまう。
「あ、どうも。よろしくお願いします・・・・・・」
岬もぺこりとお辞儀をする。

その時、岬の背後から聞きなれた声が聞こえてきた。
「あら、栃野さん、おはよう?。」
現れたのはMs.石倉だ。
「待たせてごめんなさいね、あ、これプリント」
そう言ってMs.石倉は岬に持ってきたばかりのプリントの山を岬に手渡した。
「何だか栃野さん一人じゃ重そうねぇ。---蒼嗣くんは?」
小柄な岬を気遣ってかMs.石倉は尋ねた。
「あ、まだみたいです・・・・・・。」
「そうなの?全く。こういうときこそ男子の腕の見せ所だっていうのにねぇ。」
Ms.石倉の言葉に岬も笑ってしまった。
「大丈夫ですよ?、先生。あたしこれでも力あるんですから♪」
そう言って岬は渡されたプリントと日誌を持ち直し、Ms.石倉と、再び連絡事項を話し始めた隣のクラスの教師と聖 蘭子を背に職員室を後にした。


職員室を出ると、ちょうど克也とばったり会う形になった。
「岬、ゴメンっ、遅くなっちゃって・・・・・・」
両手を合わせて『ゴメン』のポーズをとる克也は走ってきたのか息が切れている。
「あ、平気平気。あたしが早すぎただけだから」
両手がふさがっているため岬は首を横にふるふるさせた。
その瞬間、ふっと岬の腕にかかっていた重みがなくなる。プリントの山を克也がひょいと持ち上げたからだ。
「あ、ありがと・・・・・・」
「当たり前。」
そう言って克也は笑った。

「そういえばね・・・・・・」
岬は保健室の前の廊下を蒼嗣と並んで歩きながら、先ほどのことを思い出して言った。
「隣のクラスに転校生来るって知ってた?」
「え?知らないけど・・・・・・」

「何かね、新潟から来た子らしいんだけど・・・・・・名前が、何か"純日本風!"って感じの名前で・・・・・・。---えーっと、聖・・・・・・蘭子さん、っていうんだって・・・・・・。----克也もそうだけどさぁ、高校生で転校生なんて普通いないよね?。それが立て続けに二人もだよ。すごいことだと思わない?・・・・・・ねぇ克也、ウチの学校、そういう受け入れでも積極的にやってたりするの・・・・・・?」
一人勢いに乗ってしゃべっていた岬は、ふと克也の反応がないのに気付いてそちらの方を見た。
克也は黙々と歩きながら、真剣な表情で何かを考えているようだった。


「-----克也・・・・・・?」
岬の怪訝そうな声に、克也もはっとしたように岬の方を向いた。
「あ、ゴメン、なんかその人、今時珍しい名前だと思って・・・・・・。」
慌てて弁解する克也。
だが、岬もそれほどこの克也の表情の変化を気にも留めていなかった。
「そうだよねー」
と返し、その話はそこで途切れた。


       ******     ******


---聖 蘭子----


その名前に、克也は聞き覚えがあった。
聖家はかつては奈津河一族のうちの一つの系統であった。その勢力は大きく、奈津河一族の中でも1、2を争う勢力だったと聞いている。


------当主であった聖 孝明がとある事件を起こすまでは。


 聖 孝明は、最愛の妻である朱鷺子に長い間子が出来なかったため、あきらめて養子をとることにした。そしてある時、一人の女児の赤子を引き取った。
 しかし、その女児が実は竜一族の子供だったということが明るみになり、聖家は奈津河一族から追放されてしまった。奈津河一族の名の下にやっていた事業も奈津河本家の妨害にあってことごとく失敗し、聖家一門はばらばらになり、今では孝明はひっそりとつつましやかに暮らしていると聞いていた。
その全ての引き金となった聖家に引き取られた女児の名前-----
それが『蘭子』であった。
孝明がなぜ、災いの火種となることが分かっていた女児を自分の子として迎えたのかは分からない。奈津河一族にとってこの件は忌々しいスキャンダルとして事件そのものをもみ消そうとしているせいで詳しいことは闇へと葬られている。また女児の本当の両親も女児を孝明に渡してすぐに姿をくらましており、なぜ孝明に女児を渡したのかも謎のままである。
二つの一族はお互いにこの事件はなかったこととして、あえて触れないようにしているのだ。

こんな珍しい名前はそうそうあるものではない。
彼女は何のためにここに来たのか。
なぜ、今なのか。
なぜ、この高校なのか。
こんな奇妙な一致は偶然では片付けられないことを、克也は経験で知っている。

言い知れぬ不安が克也の心の中に広がる。

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