新顔(4)
「ふーう...。」
改札口を出て、岬は大きく息を吐いた。
ここ数日、聖蘭子は克也に何かにつけてベタベタするようになったのだ。隣のクラスだというのにやたらとやってくる。さすがにおかしいと感じたクラスメートが真相を岬に聞いてくるのだが、いかんせん岬自身にも何がどうなっているのか分からないのだ。克也に聞いてみても曖昧な答えが返ってくるだけで全然埒があかない。そのことに関して岬が口にすると途端に昔の克也のように無口になってしまう。もともとそれほどおしゃべりな方ではないのは岬も知っているが、この事に関してはどうもいつもと様子が違うと思わざるを得ない。
よもや自分がこんなことで悩むようになるとは。
心変わり、とまでは考えられないが、二人の間だけに通じる何かがあるような気がして胸騒ぎがするのだ。
「みー、さきっ♪」
いきなり抱きつかれて、慌てて首だけで振り返ると、そこにいたのは麻莉絵であった。
「あれっ?どうしたの?」
ぽかんとする岬。
「どーしたもこうしたもないわよー。岬に会いに来たの。でもさっきから呼んでるのに岬ってば全然気付いてくれないんだもの。」
「ごめん...」
本当にすまなそうに謝る岬。麻莉絵は"やぁだぁー、そんなに深刻にならなくてもいいけど"と岬の肩をぽんぽんと叩いた。
「どお?彼氏とうまくやってる?」
麻莉絵は思い出したようにあっけらかんとそう聞いた。
いきなり彼氏=克也のことを聞かれたので、蘭子の出現で少し落ち込み気味だっただけに岬は一瞬どきりとする。
岬の様子がおかしいのに気付いて麻莉絵は聞いた。
「あれ?珍しいわね。いつもは彼氏のこととなるとハート飛ばしてる人が。」
「ハート飛ばしてるって......」
岬は苦笑した。
「...もしかして...、ケンカでもした?」
麻莉絵は意味ありげな笑みを浮かべてたずねてくる。
途端にぶんぶんと岬は首を横に振った。
「まさかっ。ケンカなんてしてないよっ。ただちょっと気がかりなことがあるだけで-----。」
「気がかりなこと?」
「あ、いや、関係ない関係ない。」
不自然なくらいに否定する岬に麻莉絵は首をかしげた。
「岬?」
怪訝そうな麻莉絵の表情。
「あ、それより今日の麻莉絵の用事は?---御嵩さんの伝言かなんか?」
そう言って話題を変えようとした岬に麻莉絵は詰め寄った。
「それは後!----そんな顔、してるっていうのに放っておけるわけないでしょう?私は岬の味方なんだから」
少し怒ったような声の麻莉絵。間近に迫った麻莉絵の顔に、岬はたじろいだ。
麻莉絵の迫力に押された岬は観念し、だいたいの事のあらましを話した。
***** *****
「何それ!?その女、やなヤツっ。」
岬の話を聞いた麻莉絵は開口一番そう怒りを露にした。
「麻莉絵...」
「それに、何で彼氏もちゃんと説明しないのかしら。やましいことがなければちゃんと話せるはずじゃない。岬がかわいそうよ!私、彼氏に一言言ってあげるわよ。」
あまりの勢いに岬は慌てた。
「あ、いや別にそこまでしなくても...いいん、だ、けど...」
「話に聞くと岬の彼ってちょっと無口で一癖あるタイプみたいだし、そういう人にはガツーンと言っておいた方がいいのよ。彼----蒼嗣くん、だったっけ?」
「う、うん......」
岬が曖昧にうなずくと、麻莉絵は一旦ホッとしたようにガードレールに腰を下ろした。
そしてにんまりと笑って言う。
「会わせてよ♪その岬がラブラブな、現在浮気疑惑のかかってる彼氏とやらに♪」
「えっ...」
"浮気疑惑"とまでは岬は言っていないのだが、麻莉絵は既にそう決め付けてしまっている。
「だいたい、御嵩様まで会ってるっていう岬の彼氏に、こんなに岬と仲の良い私が会えないなんて悔しすぎるじゃない」
麻莉絵は"それは当然の権利"とでも言うように、きっぱりと言って口を尖らせた。
結局それが目的だったのか、と岬は苦笑しながら納得するのだった。
***** *****
"聖"......
岬の話に出てきたムカツク女の名前に、何か麻莉絵は引っ掛かりがあった。小さい頃に大人たちの会話を盗み聞きした時にたまに出てきたような...。けれどその名を聞いたのは遠い昔のことで、何のことだったかは思い出せない。
「ま、いいか。今度御嵩様に聞いてみようっと。」
この時、麻莉絵はこのことをそれほど重要な事だとは思わず、深く追求するのはやめた。
聖家追放事件のことは麻莉絵がまだ赤ん坊の頃の出来事であり、事件の内容は奈津河にとっては闇に葬りたいという思いが強かったから、事件の後何年も経てなお、一族内でも話題にすること自体を禁忌とする傾向があった。だからその事件は、麻莉絵たち若い者の間にはほとんど知らされていなかったのだ。