新顔(6)
あの日-----、目の前で自分に何も言わず一緒にどこかへ行ってしまった克也と蘭子。
その場では呆然としてしまって何もいえなかった岬だが、後で家に帰ってからというもの、ふつふつと克也と蘭子に対する怒りがわいてきて仕方がなかった。特に克也に対しては、なぜ恋人である自分よりも蘭子を優先したのか不安と怒りで何とも言えない気持ちだった。
次の日、岬は"一言も口を利いてなんかやらない"と決めて実行していたが、放課後どうしても一言言わなければ気がすまない気持ちになり、克也にその怒りをぶつけた。これが普段ならケンカになるかというほどの剣幕だったが、対する克也は岬の怒りに対してただひたすら謝るだけだった。だから岬も次第に自分だけが怒っているのに情けなくなり、そしてただ謝るだけの克也に余計にイライラもしてきて、途中でそれ以上言うのをやめてしまった。
それから数日間、顔をあわせても一言も口を利かずに金曜日まで来てしまい、相変わらず土曜日の事については待ち合わせ場所も時間も何も決まっていなかった。
「岬ぃ、...大丈夫?」
----金曜日の昼休み。学食で晶子は岬に向かって恐る恐るたずねた。岬は無言で港の作ったお弁当を広げる。この1月から岬は新しいバイト先で働き始めたが、まだ給料日までには日にちがある。そのためにまだ節約生活なのだ。
無言の岬に晶子はさらに話を続ける。
「このまま別れたい、ってわけじゃないんでしょ?そろそろ何かアクションを起こした方がいいんじゃない?じゃないと、蒼嗣くん、...本当にアイツに取られちゃうかもよ?」
克也への怒りはまだ消えていなかったが、
"取られる"
という言葉に、岬もさらに不安になる。
あれから、学校内で表立って蘭子が克也を連れ出すことはなくなったが、自分が見ていないところで二人がどうしているかは岬には分からないし、はっきり言って不安だった。
「う......ん......。」
「ねぇ岬、今日中に仲直りして明日の事決めちゃいなよ。確かに頭にきてると思うしこっちから折れるなんて許せないとは思うけど...。でも長い間こんなままだったら本当に気持ちが離れちゃうかもしれないよ。蘭子みたいにあんなに猛烈アタックされたら嫌でも気にはなるじゃない。そこから恋に発展って事もありえなくもないよ----まぁ、蒼嗣くんがそんなやつだなんて思いたくないけどさー、彼、人が良いから頼まれたら断れないタイプだし...」
「う...ん」
晶子の言葉に岬は曖昧な応答を返した。
「何、気のない返事してるの?!岬って肝心なところで引っ込み思案なんだから...。あたしが蒼嗣くん呼んできてあげようか?」
「いい...!」
思わず声を荒げてしまった岬は宣言した。
「あたし...ちゃんと今日仲直りする。」
***** *****
キーンコーンカーンコーン
5時間目の終了の鐘がなる。晶子にはああ言ったものの、いざとなると何と言って切り出したら良いのかと戸惑い、結局5時間目の初めには何もいえなかった岬だった。
しかし、このままでは本当に土曜日のことについて話さずに一日が終わってしまう。それだけは避けたかった。
「か、つや...」
岬は隣で教科書を机にしまう克也に意を決して遠慮がちに話しかけた。
克也は手を止め、岬の方に首だけを向ける。
「あの...。...まだ何だか訳が分からなくて完全には許してないんだけどっ...」
やはり話し始めるとどうしても相手を非難する形になってしまう。克也は黙ったままなので岬も話を続けることにした。
「でも、あたし...。---このままじゃヤだから...とりあえず、口はきこうと思って...、」
"だからなんだ"と言われてもおかしくないような岬の言葉を、克也は静かに聞いていたが、やがて
「ありがとう、岬」
そう言って微笑んだ。
その笑顔だけでも岬をノックアウトさせるには十分なのに、しかもいきなり"ありがとう"などと言われて岬は混乱した。
「へ?"ありがとう"...?なんで...?」
「---岬がこのまま口をきいてくれないのかと不安になっていたから...、"話してくれてありがとう"っていう意味。----この前のことは...、本当に言い訳のしようがないと思ってる...。---聖、に一言言わなければ気がすまなかったから、そればかり考えていて...。」
「一言...?」
「そう。---俺たちの邪魔をするなって。」
それは初耳だ。もっとも先日ケンカしたときには、そんなこと言われても岬も聞く耳を持たなかったのかもしれないが...。そういえば、あれから蘭子は、少しおとなしくなったように感じる。
「その話をしにいったの?だったらどっかにいかなくてもその場で直接言えばよかったのに...」
「......あの時には...あの場で事を荒立てたくないっていう気持ちだけがあったから...」
「そっか......」
岬はため息をついた。
もちろん納得できない部分もあるにはある。けれど、今の克也の言葉と表情を信じてみようと思った。こんなことぐらいでダメになりたくなかった。何より、自分に向けられる微笑が嘘だとは思いたくなかったのだ。
------------だから、岬は無理やり自分を納得させた。
「...あたしも...この間は...ごめんね。もっとちゃんと事情を聞けばよかったね...」
「-----そんなこと...、岬は謝らなくていい...。全て----俺がいけなかったんだから......。」
そう言って克也は体ごと岬の方に向き直ると頭を下げた。
「この間は...本当にごめん......。」
うつむいている克也の表情は読めない。それなのにとても苦しそうに見えるのは岬の思い過ごしなのか...。岬は仲直りできたことにホッとすると共に、心のどこかに言い知れぬ不安が押し寄せてくるのを感じていた。