実力者(2)
ワンダー・ウィル グループといえば、様々な分野に参入している都内では有名な大手企業グループである。中條エンタープライズは、今やインターネットやモバイル、そして流通に大きな影響を及ぼす、グループの中でも最も安定した企業である。
『グループの顔』ともいわれる代表取締役の中條 御嵩(なかじょう みたけ)。35歳という年の割に、童顔なその顔つきを彼自身はあまり良しとしてはいなかったようだが、不本意ながらもそれはそれで取引などにおいては逆にそれを逆手にとって武器にしている。
彼を知る者は皆、一目置いていた。彼は単なる一企業の取締役というだけの者ではなかったからだ。
彼には力があった。会うもの全てを、時には魅了し、あるいは屈服させることのできる力。
それは人ならざるものの力。
その力は一度は一族より失われたこともあったが、力ある時は遥か昔よりこの国の中枢を動かしてきた。
------そして現在も。政治の裏では彼を筆頭とする一族たちの存在が欠かせない。
その「人ならざるものの力」を持つひとつの一族を今現在において統べる者。すなわち奈津河と呼ばれる一族の長。それが彼だった。
「ついに見つけた・・・・・・」
彼は誰もいない部屋で独白した。
少しずれた眼鏡を繊細そうな白い人差し指がくいと引き上げる。それほど視力は悪くはなかったが、それは趣味のようなもので、好んでかけている。彼の眼鏡コレクションを見た者はその種類の多さに誰もが息をのむ。『眼鏡きちがい』というのは彼の従兄弟の言葉だったか。
その手には一枚の写真。-----彼が待ち焦がれていた少女だった。
そう-----気が遠くなるほど前から。
写真の少女の名前は、------栃野 岬。
その少女の姿を見つめる彼-----中條------の瞳には、高まる想いが爛々と湛えられていた。そこにあるのは強い執着か、激しい憎悪か、あるいはそのどちらもなのか・・・・・・。窺い知る者は今は誰もいない。
「・・・・・・」
つぶやきは声にはならず、唇だけが言葉をつむぐ。
そして中條はゆっくりと瞳を閉じる。
その表情は優しく、ここにはない何かに想いを馳せているかのようであった。ゆるりと記憶の糸を手繰るように、彼はしばらくその場から動くことなくたたずんでいた。
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「でね。その中條エンタープライズの社長ってのが御嵩様っていうわけで・・・・・・」
得意げに話を進めていた麻梨絵は、語りかけている対象が時計ばかり気にしているのに気付いたようで、話を止めた。
「ちょっと、聞いてる?」
麻梨絵のちょっと苛立った口調にはっとして岬は慌てて笑顔を作る。
「あ、ごめーん。もうすぐ、待ち合わせだから・・・・・・」
麻梨絵の目の前で両手を合わせ、ゴメンのポーズをとる。
「もー。これからがいいとこなのに。・・・・・・また『彼氏』なの?」
「う、まぁ・・・・・・。」
岬の笑顔がひきつる。そういえばこの間もそんな感じで麻梨絵の話を遮ったような・・・・・・。
そんな岬を見やって麻梨絵は、仕方がない、といった様子でがくりと肩を落とした。
「まぁいいけど。彼氏との楽しい会話に夢中のときでもくれぐれも呆けてばかりいちゃだめよ?危ない目にあったら声に出してでも心の中でもいいからあたしを呼ぶのよ。あたしは常に気にしとくから。この間の一件であんたがうちらの一族の者だって向こうの一族側に大声で叫んじゃったも同然なんだから。向こうの一族は日本中どこに潜んでいるか分からないんだからね!一族の者っていうだけで狙われることはとても多いの。いい?呼び捨てでいいからね。まりえよ。ま・り・え!」
麻梨絵はまるで選挙の宣伝みたいにしつこいぐらい念押しした。
店から遠ざかる岬を見送り、麻梨絵は飲みかけのコーンポタージュのコップに目を戻してため息をつく。
「御嵩様には"早くあの子に会わせてくれ"って頼まれてるんだけど・・・・・・。同じ女としちゃ、時間があれば彼氏とデートしたいっていうのも分かるから、無理やり連れてくわけにはいかないし・・・・・・。また今度にするしかないわね・・・・・・。」
首筋に手をやり、麻梨絵は襟で隠れていたプラチナのネックレスを引っ張り出す。
それは、しゃらり、と心地よい音を立てて胸元で揺れた。
-----これは"あの人"との信頼の証。
麻梨絵はネックレスの端を人差し指でいとおしそうになでた。