罠(6)

 「麻莉絵と栃野さんは仲良しだから一緒に行動してもらうよ。栃野さんも実践に慣れてきたところだから大丈夫だよね?---もちろん、僕もメインは麻莉絵たちの擁護だ」
 御嵩はいつもの真ん中のテーブルをはさんで、岬、麻莉絵、将高と向き合っていた。その言葉に岬と麻莉絵が無言でうなずく。
 「そして将高くん。君にはまず主に雑魚の退治をお願いするよ。---もし万が一、一人だけとなると大変だと思うけど、お願いできるかな?」
 「分かりました。」
将高が何の感慨もなさそうに機械的に返事をした。
 「利由くんが雑魚---部下たちと一緒にいればよし......、そうじゃなければ分かれて闘うことになるけど......」
 御嵩はちらりと将高を横目で見やる。
 「見くびらないでいただきたいですね。雑魚など僕一人で十分。」
 将高はさも『当然』と言った様子でさらりと答えた。


 岬は、目の前で次々と進んでいく手はずの確認をただ黙って聞いているしかなかった。
 頭の中に利由の笑顔が浮かぶ。
 『明日......利由先輩を目の前にしても......あたしは動揺せずにいられるのかな......。』
 ぼんやりと思う。
 自分はその時、何も考えずにいられるだろうか......?
 計画に、もう後戻りが出来ないほど関わっておきながら、心に浮かぶ一抹の不安。------いや、それは良心と呼ぶものだったのかもしれない。それは岬の心の泉に小さな波紋を作っていた。
 「それじゃ、明日は栃野さんにもよろしく頼むよ。」
 御嵩に話しかけられて、岬ははっと我に返る。
 岬の気持ちを読み取ったかのように御嵩は少し困った表情をした。
 「君は辛いことかもしれないね......。------けれど、これも竜一族を滅ぼすためには仕方のないことなんだ......。君と君の親友の敵を打つためでもあるんだよ......。」
 御嵩はテーブルの向こうから少し岬の目の前に顔を近づける。
 御嵩の瞳は相変わらず深い海のようだ。一度捕らえられたら引き込まれずにはいられない深層の海。
 「分かってくれるよね------?」
 御嵩の、呪文のような心地よい響きを持つ声に、岬はぼんやりとうなずいた。


 「それじゃ、明日は学校が終わったら岬はあたしと家に行ってから待ち合わせね。荷物を置いた後に二人でここに来るから。------最終的な待ち合わせは8時。利由の予備校の授業が終わる一時間半前ね。」
 麻莉絵が念を押し、御嵩と将高は黙ってうなずいた。


      *****     *****

 「おかしい......」
 利由は苛立ったように小さくつぶやいた。
 次の日。
 学校帰りの人の波に身を任せながら、利由は首をひねった。
 ここしばらく続いていた誰かに見張られている感覚が、ここにきて途切れたのだ。この変化を単に吉と思えるほど自分は甘くないつもりだ。
 相手の動向を探るため、わざとこちらからは行動を起こさないできた。こちらが気付いていることなどおそらく相手にもわかっているだろうが、それでも相手の意図がはっきりしない限りは下手な動きはしない方が得策だ。だから下手に動いて失敗しないよう、腹心の部下2名だけにしかこのことを話していなかった。もちろん上層部にも話してはいない。何より、克也に余計な心配はかけられないから先日のあのWバーガーで会った日以来連絡も取っていないのだ。
 しかしここに来て利由は少し考えを変える。
 やはり岩永だけには伝えておいた方が良いのか......。
 岩永なら、不用意に克也に知らせたりはしないだろう。


 この不気味な静けさ。
 ------近いうちに------いや、今にでも何かが起きる。
 全身に緊張が走る。
 
 利由はポケットから携帯を取り出し、歩きながらも片手で操作をし、電話をかける。
 しばらくの呼び出し音の後、電話の向こうからいつもの落ち着いた声が聞こえた。


 ------その頃、岬は麻莉絵の家に来ていた。
  岬は今晩、麻莉絵の家に泊まることになっていたからだ。
 それはこの計画が夜に決行されるため、岬の家族を心配させないためであった。麻莉絵や将高の家族は古くから一族の一員として竜との争いに関係しているため、御嵩の為に動くのだといえば何も問題はないが、岬の家は全く一族とは無縁の生活をしているからだ。岬は家には友達のところに泊まると言ってある。麻莉絵のことは友人として父と姉に直接紹介済みである。
 ごく普通の洋風の一軒家。ささやかな大きさの庭には誰の趣味なのか色とりどりの花を植えた鉢植えが並んでいた。御嵩の華やかな暮らしぶりから麻莉絵も似たような暮らしをしているかと思っていた岬は少し驚いた。そういえば、こんなに親しくしているというのに、一度も御嵩と麻莉絵の関係を聞いたことがない、と気付く。
 玄関のドアを開けると木のいい香りが漂う。右手の靴箱の上には透明な背の高い花瓶に控えめな淡いピンク色の花が挿されている。間もなく、飼い犬であるミニチュアダックスフンドのベルがちゃちゃっと出てきて二人を迎えてくれた。
 「母は会社に行ってるから今はいないけど、ちゃんと話は通してあるから遠慮しないで上がって」
 一足先に入ってベルを抱き上げながら言う麻莉絵の言葉に、遠慮がちに岬が靴を脱いで一段上がる。
 通されたのはまずリビング。コートを脱いで端の方に荷物を置くと、白木の上品なテーブルとおそろいの椅子にかけるように促された。
 「まだ十分時間はあるからね...」
 そう言いながら麻莉絵はキッチンに行ってティーカップを二つ運んできた。
 

 麻莉絵の淹れてくれた紅茶を一口飲むと、心地よい安堵感が心に広がる。
 これからの不安や恐怖を、少しやわらげてくれる気がした。


      *****     *****

 
 時計は8時半を少し回った所だ。
 御嵩は緑色のロングコートを羽織り、街灯の灯りの下で腕を組んでじっと瞳を閉じていた。
 視覚以外の感覚は最大限に研ぎ澄ましている。刻をうかがう三人の同士たちに何かあればすぐに分かるようになっている。
 攻撃をしかける相手もこちらがわを十分意識しているはずだ。そのためにわざわざ自分の力の片鱗を顕しに毎日相手の周りをうろついていたのだから。
 しかし、これからはある意味、賭けである。もしも相手がこちらの予想したとおりに動いてくれなければ計画には修正を加えていかねばならない。
 相手がこちらの読みどおり動いてくれるかどうか......。
 「僕の買いかぶりすぎじゃないといいのだけれどね......」
 そう、つぶやいた時だった。
 

 ピンッ


 琴線に何かが触れたような感覚に、御嵩はぱっと目を開いた。
 やはり!
 御嵩は最高に心が躍るのを感じた。


 ------しばらく将高と後の二人は分かれて闘うことになる。
 それは、この計画が半分以上成功したことを意味していた。

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