激戦の末の真実(1)

 北展予備校の正面玄関は授業を終えた制服姿の高校生たちでにぎわっていた。
 この予備校はオフィスビル群の中にある。
 利由は12月までこの予備校に通っていた。志望校に合格した今となっては別に通わなくても良かったが、ここの名物の一人である某講師の授業がことのほか面白かったので改めて暇つぶしに聴講しているのである。下級生たちに気付かれればふざけた話かもしれないが。利由自身は結構忙しかったりもするのだが、やはり友人とのつきあいも大切である。
 ビル群の頭上には、高速道路が幾重にもなって、見上げた闇色の空に規則正しい灯りを伴って大きな曲線を描き高くそびえている。その下の、排気ガスで薄汚れた高いフェンスで歩行者と明らかに仕切られ、車だけの空間となった広い道路には、白や赤のライトが夜の道路を飛ばしてゆく。
 利由は明かりのついた構内から、一歩外に出た。
 「お、さむ」
 いきなり身に吹き付けた風の冷たさにぶるりと身を震わす。
 「うを?ほんとだ。まじでさみぃ」
 隣にいたクラスメートも同感の意を示す。


 いつもの風景だった。なんの違和感もない。
 しかし次の瞬間------空間に歪みが生じるその一瞬を、利由が察知した時には既にその渦に巻き込まれていた。
 周りの景色が鮮やかな色を失う。モノクロの世界。
 そしてモノクロの学生たちは、歩みを止めた利由のことなど気にも留めずに歩いていく。
 そう。実際彼らの目には利由の姿は見えていないのだ。
 異次元に突如作られた空間に送られた利由の姿など、普通の者には誰一人として見ることは不可能だったのだ。


 「結界......?」
 利由は舌打ちする。
 学校帰りの状況の変化からある程度覚悟していたことではあったが、今はふと友人との会話に気を緩めていたからだ。


 「あら。意外に簡単にかかってくれたものね。」
 利由に向かって、少々侮蔑の色を持つ言葉が背後から投げかけられる。
 振り返った先にいたのは、予想していた人物ではあった。

 中條麻莉絵。
 そしてその後ろの栃野岬。

 「中條?オマエなのか?しばらく対峙しない間に随分と腕を上げたようじゃないか。まさかこんなに人の目がある予備校を出たとたんに仕掛けられるとまでは思わなかったな。---いや、結界という姑息な術をお前が使うと予想できなかった俺のミスか......」
 そう言いつつも利由の口元には笑みが浮かんでいた。普段から必要以上に自分を買いかぶることはないが、中條麻莉絵には力で勝る確信が利由にはあった。ただ、今日のメンバーに岬という要素が含まれていることなど、今後の展開が予想できないことを考えると決して安心してはいられない。しかし、それを悟られることは闘う前から相手に背面を見せることと同じ。あえて利由はその心配を押し殺していた。

 
 一方、岬はそんな風に当たり前に闘いに応じようとする利由を目の前にしてもまだなお、夢の中にいるような気がしていた。
 『利由先輩......』
 聞きたいことがたくさんある。何となく怖いけれど聞きたいことが。
 けれど、3メートルほどの距離にいる利由の姿を、麻莉絵の背後に立ちながら呆然と見つめているしか、まだ岬にはできなかった。
 利由はわざとそんな岬と目を合わせず、麻莉絵だけに問いかける。
 「どうしたんだ?......いつもつるんでるヤツが一人足りないようだが」
 「そんなことあんたに教える必要はないわ。」
 麻莉絵はさらりと返した。
 合流するはずだった将高から麻莉絵の携帯に電話がかかったのは数分前。
 何が起こったのか、詳しいことは分からない。ただ、将高が詳しい状況の説明もせずにすぐに電話を切ってしまったことから、そんなに余裕のない状況がうかがえた。
 しかし今を逃しては利由を捉える隙を逃してしまう。だから、『必ずすぐにいくから』という将高の言葉と、わずかながらの御嵩の援護を信じるしかない。『わずかながら』というのは、御嵩の力は必要以上に解放しては敵にも味方にも多大な影響を与えてしまうからである。味方の一部にはまだ御嵩が直接動くことを許されていない。敵にとっては御嵩が動くことで、自ずと闘いの質を拡大させることにもなりかねない。それは奈津河一族にとっても得策ではないのである。


 「まあいい。今日の用向きを聞こうじゃないか。------まさかここでゆっくり世間話をしようっていうわけじゃないんだろ?」
 そういい終えるとすぐに、ああ、と利由はつぶやき、ふふんと軽く鼻を鳴らした。
 「それともアレか?味方が一人いないぐらいで怖気づいてるとか?」
 挑戦的なその言葉に、麻莉絵の表情がカッと怒りに歪む。
 「そんなわけないでしょ!」
 一瞬にして麻莉絵の手のひらに現れた光の渦が、利由に向けて直進した。
 
 ふ、っと利由の上半身だけが少し横に傾いた。
 光の渦は利由の身体をかすめ、見えない結界の壁にすうっと吸い込まれた。
 その様子をこともなげに眺めやり、利由は上半身を戻す。
 「なるほどね......。この結界は力を吸収するってわけか。------中條麻莉絵。君にしちゃ上出来だ。上出来すぎるほどだけどね。------いつも一緒につるんでるもう一人がどこかにいるのかな?」
 軽く探りを入れる。
 「ごちゃごちゃうるさい男ね。------岬!あんたは下がってて!」
 麻莉絵は少々頭に来ているらしく、ぐいっと岬を自分の背後に強く押しやった。あまりの勢いに、ぼうっとしていた岬はよろけて尻餅をついた。そんな岬の様子にすまなそうな瞳を向けながらも、麻莉絵は体勢を変えようとはしなかった。
 「今日はある程度本気でいかせてもらうわ。あたしの信念のためにも」
 麻莉絵はつぶやき、地面を蹴った。


      *****     *****

 
 
 その頃、将高は大きな河の川べりで利由の部下たち数人と対峙していた。
 しかし、その場にいたのは利由の部下だけではなかった。
 明らかに利由の部下としては少々能力の強すぎる者がそろっている。利由の能力が高いことは認めている。そしてその部下として認められている者たちも相当の力を持っていることも。
 しかしその能力は決して将高の手に負えない範囲ではなかったはずだ。
 なのに今いる者たちの多くは、将高の既知の情報を上回っていた。
 もっと上の者------そう。岩永よりももっと上の------例えば久遠水皇ぐらい------が従えるべき者のような------。


 『あの人には予想がつかなかったのか......?』
 将高はかろうじて相手の攻撃を逃れながら、草むらを走った。

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