激戦の末の真実(2)

 「くっ......!」
 麻莉絵は今しがた自分の手を掠めた、相手の放った鋭い空気の刃が己の皮膚を切り裂いた痛みに少しだけうめいて眉根を寄せる。
 痛みというより、熱さを感じる。
 ------摩擦の熱さ。
 「どうした?もう終わりか?」
 5メートル程の距離から利由の声が降ってくる。その声にはまだ余裕があったが、先ほどからの麻莉絵の激しい攻撃に少々息ははずんでいる。
 「そっちこそ、息が乱れてるわよ。」
 次の攻撃のために体勢を整えながら麻莉絵はにやりと笑う。痛みのことは考えないようにする。これまでだってピンチの時でもこの精神力で乗り切ってきた。自分にはそれが出来る。それに今回は他ならぬ御嵩の直接の命、たっての願い。しかもこの闘いはきっと一族の争いにとって重要な局面なのだ。それが分かるから、麻莉絵にはこの闘いで負けるわけにはいかなかった。普段は将高なしで利由ほどの相手に勝てるとは思えない。でも、今は。
 「お役に立てるのは今はあたししかいないのよ...!!」
 悲痛なほどの叫びを吐き、麻莉絵はその身体全体に渾身の力を込めて利由へと攻撃を放った。

 次の瞬間、利由の身体がわずかに傾ぐ。
 その攻撃は一度受け止めてはいたが、あまりの勢いに後ろへと身体が押しやられたのだ。麻莉絵の攻撃を受け止めた両腕が赤く熱を帯びていた。
 「何......?」
 利由は今回初めて本気で驚きの表情を浮かべた。
 目の前の、燃える目をしたジーンズ姿の麻莉絵を見据える。
 これまで、どれも本気ではなかったが、何度かは彼女と刃を交えたこともあった。しかし、感じる手ごたえはそれほど危機感をもつようなものではなかった。しかも彼女はいつもサブ的な役割に徹していたし、実は自分にとって中條麻莉絵は驚異的な存在ではなかったのだ。
 しかし、今回のこの彼女の迫力。今まで感じていたようなものではない。本気でかからねばならないほどのものを持っている。
 利由は少しだけ口元をほころばせると、すぐに真顔になった。
 「なるほどね......。本気でかからねばならないということか......」
 そう独白ともとれる呟きを残しながら、利由はまだ先ほどの衝撃の残る自分の腕に力を集中させた。


      *****     *****

 岬は、目の前で繰り広げられる二人の闘いにただ圧倒されていた。
 今まで自分が見てきた争いとは全く違う迫力がそこにはあった。もちろん、攻撃の様子などはどの場面でも同じようなものだ。
 それなのに、足が凍り付いて立つことも出来ないくらいのすさまじさ。
 速さも攻撃の強さも違う。
 こんな光景を目の当たりにすると、自分がどれだけ生ぬるい世界にいたのかが分かる。


 『利由先輩......強い......。麻莉絵がこんなに苦戦しているなんて。------それとも......一族の幹部って、そんなに強いの......!?』
 自分がとてもちっぽけに見える。自分だけが。
 一体なぜ自分がここにいるのか。
 御嵩の考えが分からなくなる。
 仮に、今ここに自分がいなくても事は同じように進んでいるはずだ。それなのに、あえて自分がここにいる意味は......?


 ------どうして?
 ------分からない。
 いくら考えても答えの出ないむなしい自問自答。
 御嵩の考えていることは時折果てしない宇宙の彼方に光る星のようだ。

 ------岬がそんな疑問の渦に巻き込まれてどのくらいがたっただろうか。


 「ああぁぁぁっ」
 麻莉絵の細い身体が一瞬のまばゆい光にぱっと宙に舞ったかと思うと、そのまま岬の目の前にどさっと落ちてきた。
 「......あ......、あ......え!!」
 麻莉絵、と叫びたいのに、あまりの衝撃に岬の唇からは意味のある言葉が発せなかった。
 目の前の麻莉絵は、着ている淡い緑色のシャツもぼろぼろで、その裂け目からのぞく白い肌には不似合いなほどの真っ赤な肉が見えていた。やけどのようで、鋭い傷のようで。
 「うっ......」
 麻莉絵はこんな傷を負いながらも、その双眸をかっと見開き、懸命に立ち上がる。
 その様子を利由は冷ややかな目で見下ろしていた。
 岬はその瞳にぞくりとする。
 「恐れ入ったよ。中條麻莉絵。これほど君の力があるとは正直言って思えなかった。見くびっていて失礼したよ。」
 利由はそこで一度唾をごくりと飲んだ。
 「-------だが。------これももう終わりだ。これからの闘いにお前がいては不安の種になる。今、お前をここで消しておけることを幸運に思うよ。」
 そう利由が言い放ったその時だった。


 二人の間に、突然鳥のようにロングコートの裾を翻し、一人の男が現れたのだ。


 麻莉絵は安堵のようななんとも言えない表情を浮かべる。
 利由も息を呑んだ。


 そこにいたのは。
 他でもない、奈津河一族の長である中條御嵩だったのだから。

 
 御嵩は力を秘めたその瞳をサングラスで覆っていた。
 いつもよりも表情が読み取りにくい。


 「麻莉絵、ご苦労だったね。------そして------」
 御嵩は、麻莉絵のすぐ後ろで表情を強張らせて震える岬を見やった。
 「すまなかったね。」
 何がすまなかった、なのか岬には理解することが出来なかった。


 ------そして。
 利由へと御嵩はゆっくりと顔を向けた。
 利由は自分の身体の汗腺という汗腺からぶわりと汗が噴出すのを感じた。相手は一族の長である。しかもその力のほどは、今自分一人が闘って無事でいられるはずもないくらい強大なことは分かっている。
 「惜しいねぇ......。敵の幹部なのが悲しいよ。」
 御嵩は言葉に本当に残念そうにため息をつきながら言った。
 利由の表情が凍りつく。
 利由はとっさに克也のことを思い浮かべた。
 『ごめん、克也。------俺は......もうお前を守ってやれない......』


 「こんな優秀な部下を持って竜族の長殿は幸せだねぇ......。本当に残念だ。」
 御嵩はそう言うと、顔だけは利由に向けながら、岬たちに向かって大きく指で円を描いた。その瞬間、岬と麻莉絵の周りに何か透明なシールドが張られたようだった。
 「利由、何か言い残すことは?」
 御嵩は愉快そうに言う。
 利由は答えない。その代わりに攻撃に備えて自分の攻撃の構えの体勢をとった。どうせ散る命だ。それならば、ムダだと分かっていても一矢でも報いたいと思うのが当たり前だ。
 そう。
 他でもない、自分たちの長の為に------。
 そこまで考えて利由は待てよと思う。
 『------いや......、俺の場合はそんなもんじゃないな......。そんな考えは俺らしくない。俺が闘うのは一人の人間のため。大きな宿業を負わされた、悲しい男のためだ。そのためにならどんなことでもする。』
 そう思うと波立っていた心がしんと静まるのを感じる。
 そんな覚悟は、とっくにできていたはずだ。

 
 御嵩が鮮やかな手つきでサングラスを抜き取る。
 「利由くん?この結界がどんなものなのか分かってるかな?------今まで、君が避けていた麻莉絵からの攻撃の全て、そして微量に散った力の全てを吸収するようにできているんだよ。吸収された力は全てこの結界自体に留まって集められているんだよね。------それが一気に襲い掛かったらどうなるのかな?知りたくない?------すごいだろう?僕が作ったんだけどね......」
 まだ瞳を閉じたままで御嵩がおかしそうに笑う。
 そして------
 「その力に貫かれて消え去るがいい」
 冷たく低い御嵩の声がその場で大きく響いた。

 御嵩が瞳を見開いたその瞬間。
 鮮烈な光がその場を埋め尽くした。

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