激戦の末の真実(3)

 真っ白な世界。
 多くの力を吸収した結界から放たれた力は、容赦なくターゲット一点へと襲い掛かった。
 積もり積もったエネルギーは、奈津河一族の長である御嵩の助力を得、さらに莫大な力へと変化していた。いくら力にある程度自信のある利由でも敵わないほどに。
 『------克也------!!』
 利由は思わず心の中で叫んだ。
 これからの彼のことを憂えたのか、それとも心のどこかで自分を助けて欲しかったのか。
 ------様々な思いが交じり合った叫び。


 岬にも、視界には全く何も映せなかった。
 目を見開いているのか、閉じているのか分からない。感覚が麻痺するほどに鮮烈な"白"だけがそこにあった。音もない一瞬の世界。


 全ての営みが止まったような"とき"がそこにあった。


      *****     *****


 「ふ......」
 時間を動かしたのは御嵩の声だった。
 続いて、御嵩は声高らかに失笑する。
 その、全てを勝ち取ったような高笑いに、その場にいた誰もが正気に戻らざるを得なかった。
 岬は無意識に自分の目に手をやった。そこで初めて自分が目を閉じていたことが分かる。凍り付いていた筋肉を一生懸命動かしてまぶたを開く。


 「やはりお出ましになったようだねぇ!」
 御嵩は心底嬉しそうに、子供がはしゃいだような口調で叫ぶ。
 『------誰が?』
 岬は御嵩に問いかけた。------つもりだった。けれど、体中の時がこれまで止まっていたように、凍り付いて思うように唇が動かない。その問いは声にならなかった。

 「こうすれば、会えると思っていたよ。」
 御嵩はくっくっと喉を鳴らしながら続ける。
 そして、口にしたのだ。
 その者の正体を。


 「ねぇ?------竜族の長殿?」
 目の前の光景に、御嵩以外の者は皆呆然としていた。
 岬も、麻莉絵も、そして今やっと駆けつけた将高も。

 

 「卑怯なことを......!」
 "竜族の長"はうめくように口にし、御嵩を睨み続けていた。体中に、今しがた一人の男を救うために使ったばかりの力の片鱗である、蒼いオーラを漂わせながら。
 その背後には、あのままでは間違いなくこの世の者ではなくなっていたはずの青年。
 "青年"も、あまりにもの予想外の展開に、珍しく表情を失っている。
 「卑怯?」
 御嵩がまだ口元に笑みを残したまま、皮肉るように繰り返す。
 「長い間隠れてばかりいた臆病者が何をもって僕を卑怯と言えるのかな?」
 "竜族の長"の表情が一瞬曇る。

 岬は、ただ呆然とその光景を見ていた。
 いや、ただ瞳に映していただけだ。
 目に映り、耳から伝わることが現実と思えない。
 何も考えられない。
 "竜族の長"
 そう呼ばれている人物。
 そしてその呼びかけに答えている人物は。
 ------見紛うはずもない。
 見れば悔しいほどに心動かされてしまう。
 哀しいほどに惹かれてしまう。


 『か、......つや......』
 口にしたはずの名前はやはり声にならなかった。ただ喉の奥からヒーヒーという息が漏れただけだ。岬はとっさに自分の喉を右手で押さえた。

 今まで。
 自分は何を見てきたのだろう?
 目の前に映ることが全て真実だと、真実は一つでしかないとのん気に信じていたのか。


 ------利由先輩。
 ------明るくて面白くて、ちょっと不思議な感じもする先輩。晶子の彼の友達で。

 ------克也。
 ------不器用で、けれど限りなく優しい自分の愛しい人。


 先輩の笑顔は嘘。

 そして、恋人の甘い言葉も、温かだった腕も肩も、唇のぬくもりも。


 ------全て自分に近づくための。


 嘘。
 嘘。
 嘘。


 自分は騙されていたのだ。何も知らずに全てを信じて。
 あまりにも滑稽すぎて笑いそうになる。今は筋肉がひきつれたようで笑えないけれど。今の自分には愚かだった自分を笑うことすら出来ない。
 涙さえも出てきやしない。


 圭美。
 岬は今も病室に静かに横たわる親友の姿を思い浮かべた。
 『あなたも、同じような気持ちだったんだね。』
 信じていたものが全て崩れ去って。
 そして、その心が巽志朗などという卑怯な輩に利用された。
 『あたし、今、あなたのことが少し......本当の意味で分かった気がするよ。------あたしも、同じだったよ。騙されていたよ。違うと思っていたのにね。"自分だけ幸せになってしまってあなたに申し訳ない"、なんて思い上がっていた自分が馬鹿みたいだよ......。』

 『あたしこそ、ピエロだったんだね......。』


 笑いの代わりに、静かに身体の奥から何かが湧き起こってくるのを岬は感じた。
 それは、静かに、静かに、自分の身体を、心を、ざらりと這うように満たしていく。


 「岬......!」
 岬の異変にいち早く気付いた麻莉絵が、自由にならなくなった身体を引きずって岬に手を伸ばした。
 その叫びに、その場にいる者全ての視線が岬に集中する。


 「姫!だめだ......!」
 「栃野さん...!!」
 「岬ちゃん!!」
 「岬......!」


 ------同時に響くそれぞれの男たちの叫び声を、岬はどこか遠くで聞いた。

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