実力者(4)

既に決まっていた重要な予定を唐突に先延ばしにしたいと言ってきた自分たちの長の言い分に、基樹は呆れたような声を出した。
「用事って・・・・・・あれほど前から言っておいたものを・・・・・・。長老たちにどう説明をつければいいというのですか!?」
3年に一度、『長老』と呼ばれる竜に連なる人々の中でも特殊な人たちと長とが会合を開くという日があり、ちょうど今年がその3年に一度、なのである。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
克也は何ともいえない表情で基樹を横目で見やった。
「それで?---どんなご用件なんでしょうか?その、通例の行事より大切なご用事というのは!」
噴火直前、といった感じの基樹に克也は苦笑するばかりだ。

そんな時、いきなり背後から間延びした声がした。
「いーじゃん、その日は折しも世間ではクリスマス。長だって健全な男子高校生なんだし、たまには仕事を忘れて遊んだって。」
声の主は利由尚吾であった。
入り口付近の壁に寄りかかって面白げにこちらを見ている。
「尚吾、長があなたのように遊び人になってもらっては困ります。」
「遊び人って・・・・・・遠○の金さんじゃあるまいし・・・・・・」
利由も苦笑する。
「だいたいいくら敵の目を欺くためとはいえ・・・・・・こんなところで一人暮らしなど私は元から反対だったんですよ・・・・・・」
基樹の言い分は論点がずれている。
「今はそんなことは別の話でしょ?昔のことを持ち出すのは年寄りの悪い癖だよ」
そう言う利由を基樹はぎろっと睨んだ。
「だれが年寄りですか?」
「さあねぇ。」
空とぼける利由。

そんなやり取りを見ていて思わず噴き出した克也に、二人の視線が集中する。
「いや・・・・・・悪い・・・・・・。二人のやり取りがおかしいから・・・・・・」
そんな克也を二人は一喝した。

「誰のせいだと思ってるんですか!?」
「誰のせいだと思ってるんだ!?」
同時に響いた二人の声に、彼らの長は小さくなって黙り込み、基樹と利由は思わず目を合わせた。

そして数秒後、こほん、と利由はわざとらしく咳払いをして言った。
「どっちにしろさ、いつだってちゃんと行事には参加してた長なんだからさ、たま?にはお願い聞いてやってもいいんじゃない?今までこうならなかったのが不思議なくらいだよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
今度は基樹が黙る番だ。
「それに、今年からカワイイ彼女もできたんだし・・・・・・」
「尚吾!」
たしなめるような克也の声が部屋に響いた。
基樹は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「・・・・・・厄介なことですな・・・・・・。しかし、目的がある以上仕方がないことだ。」
そういい捨てて帰ろうとする基樹を利由は呼び止めた。
「で、結局OKってこと?」
「-----何とかしますよ。でも、何度もはききませんからね!」
基樹は振り返らないまま、ため息をつきながら言った。

       ******     ******

その夜、基樹は都内にある大手銀行持ち株会社、久遠フィナンシャルグループの本社を訪ねていた。

「水皇(みずおう)様、お忙しいところにお時間を取らせてしまって申し訳ない。」
基樹は深々と頭をたれる。

---"水皇"と呼ばれるこの男----久遠水皇(くおん みずおう)は、御年51歳。株式会社久遠フィナンシャル・グループの取締役社長となっている男であり、竜の一族に連なる者である。現在、竜一族の長を成人するまでは表舞台には決して出さない代わりに、竜族の長の代理としてこの水皇が大方の長の仕事をこなしているのである。
この男は現・長である蒼嗣克也の、父親の弟---つまり克也にとっての叔父に当たる。とても穏やかでしかもかつ決断力に富み、克也の父親亡き後、『直系の男子が長の第一の継承権を持つ』という掟を曲げてまで水皇を長にと望む声もあったほど一族の中でも慕われている。しかし、彼は甥である克也をとてもかわいがっており、自分は一族の長にはならないと固くそれを拒んだという経緯もある。

 この"水皇"は"能力者"であり、それだけでも一族の中で特別な存在である。
しかもその能力は一族の能力者の中でも高い位置にある。

 これは奈津河一族にも言えることだが、一族の全ての者に能力が現れるわけではない。ゆえに"能力者"は能力を持っているだけで持たないものからは憧憬と羨望のまなざしで見られることになる。そして小さな頃からそのようなプライドを持たせられていながら、大きくなって他人とのその能力の差に気付いたとき、さして戦いに役にも立てない中途半端な能力を持った者は誰でも自分の身の処し方に悩まなければならない。
基樹もその中途半端な能力を持ってしまった一人だ。しかし、彼は影に生きる道を選んだ。そして、先代の長の片腕として成功を収めたのだ。
水皇は、基樹のその苦労をも良く知っており、そしていろんな意味で貴重な時間を共有してきた仲であり、以前からずっと心を許しあえる関係である。


「少々待たせてすまなかったなぁ、基樹---外は寒かっただろう?」
その温厚さがにじみ出る瞳をさらに細めながら水皇は席を立った。
「今日は水皇様にお願いがあって参りました。」
対する基樹は年齢的には水皇より高いにもかかわらず、へりくだった姿勢を崩さない。
「どうした?」
「実は24日の会合のことなのですが・・・・・・」
「ん?」
少し話しにくそうに話し始めた基樹に水皇はニコニコとして身を乗り出した。
「---長が・・・・・・それを先延ばしにして欲しいと言い出して・・・・・・。」
困ったような基樹の声に水皇はハハハ、と豪快に笑い出した。
「へぇ、長が。---珍しいねぇ。何?まさか今時の高校生らしい用事でもできたかな?」
「笑い事ではございません!水皇様まで尚吾と同じようなこと言わないでください!」
顔を少々赤らめて怒りを露にする基樹に水皇は笑いをいったん引っ込めた。
「---で、ということは本当に、長は例の女の子とデートってわけだね・・・・・・」
「----そうです。まぁ、二人きりではないらしいですが・・・・・・」
「恋人同士ならまぁ、クリスマスを一緒に過ごすぐらい当たり前じゃないか?」
「---そういうものですかね。色恋沙汰は私には良く分かりません。」
「またまた・・・・・・基樹はいつもそれなんだから・・・・・・」
水皇が苦笑する。
「私は心配なんです。長の性格からして・・・・・・。あの奈津河の女を利用するなどということが本当にできるのか・・・・・・。」
「長は今までもよくやってくれているよ。その能力も頭脳も長として申し分ない。それゆえに、めったに一族の前に姿を見せることのない彼が一族の者にあれほど慕われているのだから。」

-----私は、彼を信じるよ。

水皇はそう言った。
その言葉にとても深い意味が込められていたことは、まだ基樹にさえも分からないことだった。

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