実力者(5)

「失礼します。」
大貫将高がその部屋のドアを叩いたのは、7時ごろだった。
ここは中條御嵩の邸宅。
中條の本社ビルから車で30分ほどの高級住宅街にある、少々時代を感じさせる2階建ての洋館風の建物だ。その2階の西側に御嵩が勝手に応接室にしている部屋がある。その部屋に将高は訪ねてきたのだ。いや、正確には間接的に呼び出されたといった方が正しい。

使用人が置いていった紅茶がたてる湯気を横目で見ながら接客用のソファに腰掛け、将高は口を開いた。
「いつもお忙しい御嵩様があんな手の込んだふざけたメールを僕にくださるなんて、何の御用でしょう?」
将高特有の皮肉たっぷりの物言い。
「いや、別に。君を呼んだつもりもないんだだけど。」
眼鏡のふちを親指と人差し指でくいと引き上げながらニコニコと御嵩は答える。
「麻莉絵さんを引き合いに出せば僕が来ないわけはないと思っているんでしょう?」
「えー?・・・・・・何のことだろう?」
そう言って紅茶を少し口に含む。
あくまで平然と知らないというそぶりを見せる御嵩に、将高はため息をついた。
「これですよ」
そう言って将高は制服の内ポケットから自分の携帯を引き抜き、2、3操作をした後に御嵩の目の前にずいっと差し出す。
そこには

『今夜7時に麻莉絵に声をかけてもいい?とても話したいことがあるんだ。』

と書かれている。
「このメールをわざわざ僕宛のメールとして送ってくることって、ふざけてるって言いませんか?---僕がここになかなか来たがらない事を見越しての行動でしょう?」
そんな将高の言いように、御嵩はおかしそうにくっくっと喉を鳴らした。
「将高って頭がいいよね。僕大好きだなぁ。従兄弟たちの中では一番君が好きだよ。」
童顔な顔つきに幼い口調。プライベートでの御嵩はとても30代には思えない。まるで10代の子供だ。
そこが女たちにとっては母性本能をくすぐるらしいのだ。
これがひとたび商談ともなると、その道の者にとっての全体的なイメージはがらりと"鼻持ちならない若造"に変わるらしい。幼い顔をして相手を油断させ、自分のペースに巻き込んでいく。気付くとその繊細な指にからめとられ、逃れることを許されることはないのだと、一部の者からは恐れられている。口調まで変わるらしいから不思議なものだ。
『この眼鏡きちがいの二重人格者め。』
将高は心の中で毒づいた。

「あ、もちろん麻莉絵のことも好きだけどね。」
付け加えるのも忘れないところは、御嵩はさすがにぬかりがない。
部屋のドアの入り口にいつのまにか麻莉絵が立っている事は御嵩はとうに確認済みだったようだ。

「御嵩様、将高の言うことなんてぜんっぜん気にしないでいいですから。」
その声に御嵩は立ち上がり、目の前の将高を無視して麻莉絵のそばに駆け寄る。
ひしっと麻莉絵を抱きしめる。
「麻莉絵。来てくれたんだね。嬉しいよ。」
御嵩の背丈は将高よりは低いが154cmの麻莉絵よりは高く、麻莉絵は抱きすくめられたような感じになる。
「いい子だね。」
そういって御嵩は麻莉絵の頭を撫でる。
こんな風に時折35歳の顔が見え隠れする。
大人とも子供ともつかない、かといってその中間でもない。しかもそれは"この時にはこうで、こっちの時にはこう"という境界線があるわけでもない。
この微妙であいまいな印象が、御嵩を余計につかみづらい人物にしているのだ。

二人の抱擁を複雑な様子で見つめながら将高は冷ややかに言う。
「御嵩様。そんなことをしては、悠華さんに失礼でしょう。」
悠華、というのは御嵩の許嫁(いいなずけ)である女性のことである。
しかし、当の本人たちはあまり仲がよろしいとはお世辞にも言えず、ほとんど会うこともないし、会っても会話をすることはまずない。
しかも悠華は公式の場にはめったに姿を現さないことで有名なのだ。

「別に。あの女に失礼でもなんでもいいけどな。」
将高の口から悠華の名が出たことに御嵩は心底嫌そうな顔をする。
「同じ女でも麻莉絵とあの女では雲泥の差だ。---麻莉絵は本当にかわいいよ。」
そう言いながらまるで子供にするようにくしゃくしゃと麻莉絵の頭を撫でている。
「御嵩様っ!・・・・・・髪の毛がヘンになっちゃいますってば。」
そう言って髪を直しながら御嵩の手から逃れようとする麻莉絵。
しかし傍で見ているとただじゃれあっているようにしかみえない。

将高にとっては面白くないことだった。これ以上そんな様子を見せ付けられるのはごめんだ。

「それで?----僕たち二人をここに呼んだ本当の理由は何なんです?まさかただじゃれあいがしたかっただけなんて言ったら怒りますよ。」

将高の言葉に御嵩はにこりと笑った。
「そうだったね。」
御嵩にはもはや先ほどまでのふざけた様子はない。
「あの子については、どうなっている?麻莉絵」
そう言われて麻莉絵は少々まずいという顔つきになる。
「すみません、御嵩様・・・・・・。」
しゅんとしてしまった麻莉絵をなだめるように御嵩は麻莉絵の肩に手を置く。
「うん。いいよ別に。麻莉絵は優しい子だからね。」
「本当にすみません。」
麻莉絵はさらにうつむいた。

しばらく御嵩は何かを考えているように窓の外を見つめていたが、思い出したようにふともらした。
「しかし・・・・・・恋人っていうのは、面倒なことだね。」
「御嵩様の口からそんな言葉が出るとは意外ですね。この間また増えましたよね?現在何人の恋人がいるんですか?」
冷ややかな将高の言葉に御嵩は苦笑する。
「そういう意味じゃなかったんだけど・・・・・・。---それにしても聞き捨てならないなぁ。僕には恋人はいないよ。遊んでくれる数人の女性はいるけど・・・・・・。そういえばこの前また増えたような気もするけど・・・・・・、僕が望んで増やしてるわけじゃないし・・・・・・」
麻莉絵も将高も複雑な顔になる。それぞれの思いは違った種類のものであったようだが。

一通り話は済み、やがて将高と麻莉絵は帰っていった。
静かになった部屋で御嵩は一人ソファーに深く腰掛けたまま考えにふけっていた。
「本当に、面倒なことだ。」
独白する。
「手に入れるために恋人は邪魔な存在・・・・・・。だがそれも取るに足らない問題だ。一般人など後でどうとでもなることだ。せいぜいつかのまの幸せに浸っていればいい」
そう言いながらも御嵩は少しだけもうひとつの可能性も捨て切れなかった。

現在調べた限りでは・・・・・・その恋人に竜族との接点は見つからない。
だが、今後の調べでもしもその者が竜族の息のかかった者であったなら・・・・・・。------それは見逃すことの出来ることではない。

「必ず・・・・・・、・・・・・・は僕が支配してみせる・・・・・・。どんな手を使っても・・・・・・!」
御嵩は、堅くこぶしを握り締めた。

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