聖夜(2)

その雰囲気に耐えられず、先に沈黙を破ったのは岬の方だった。
「あのねっ。」
いきなり、少し大きめになった岬の声に驚いて、克也は周りを気にしつつ唇に人差し指を立てて『静かに』というジェスチャーを送る。
「あ、ごめん・・・・・・・・・・・・」
岬も気がついて耳を澄ましたが、誰かが起きてくる気配はない。
岬は再び克也に近づいて、今度は小声で言った。

「あのね。さっき、あたしが『暗いけど怖くない』って言ったでしょ?---それで思い出したんだけど・・・・・・。あたし、小さい頃から暗いとこ妙に苦手なんだよね。---そりゃぁ、誰だって小さい頃は暗闇は苦手だけど、あたしの場合は特別だったんだって。」
「特別?」
「うん。ちょっとでも暗いところには行けなかったみたい。暗いところに行くとぶるぶる震えて固まっちゃってたんだって。だから夜も電気つけまくって大変だったらしいよ。」
その幼い頃の自分の様子を思い浮かべて笑ってしまう。
「でもま、今は大きくなったからさすがにそこまで怖くないけど。・・・・・・でも・・・・・・、たまーに、怖い、かな?何か今でもふっと・・・・・・思うことがあるんだ。闇に計り知れない力がうごめいている気がするって。だから何となく怖くなる・・・・・・。」
そう言いつつ、岬は自分の手を見つめていた。


自らの力。
今は片鱗すら感じることが出来ないもの。
けれど確実に自分の中でうごめいている。


あれから生活が大きく変わったわけではない。
けれど確実に何かが変わってしまった。

あれが夢であって欲しいと何度願ったことか。あのときの夢を見るたび、次に目が覚めたら全てが元通りであることを、何度も。
けれど、決して元通りにはできないことを目が覚めるたびに何度も思い知らされる。


克也もぽつりと口を開いた。
「俺も・・・・・・時々、----いや、頻繁にかもしれない。この世にはとてつもなく恐ろしいものが存在すると感じることがある。----でも、一番恐ろしいと思うのは------。」
そこで克也は少し間をおいた。
そして次の台詞を待って首をかしげる岬に、克也は少しさびしげに微笑んだ。

「一番恐ろしいのは、自分だよ。」

「一番怖ろしいのは・・・・・・・・・・・・自分・・・・・・・・・・・・」
意外な克也の言葉に、岬は呆然とその言葉を繰り返した。
「----克也でも、そう思うことなんかあるんだ。」
驚きながらも、何となくそれは岬自身にも当てはまるような気がしていた。

これから、何が起こるのか、とても怖い。
いつか、夢で聞いた不思議な声。その声の主は"竜一族を救うのはお前しかいない、どうか救って欲しい"と訴えてきた。
その要求をのむ気はさらさらないし、何より自分は進んで争いごとに加担したくはない。けれど、きっと一族同士の争いに巻き込まれていくことは必至だろうと思う。
竜一族が許せないから。
だから、そのために何かをしてくれといわれたら、自分は何かをするだろう。
このやりきれない思いを何かにぶつけるために。

確かに、そんな自分が一番恐ろしいのかもしれない。

二人の間に再び静寂が訪れた時だった。

克也がいきなりはっと顔を上げ、窓の向こうを見た。
「克也?どうしたの?」
「いや・・・・・・・・・・・・何でも。」
岬の問いに克也は一度だけゆっくりとかぶりをふった。
しかしその表情は硬く、岬を通り越して、ここにはないものを見つめているようで、岬は急に不安になる。

やがて、克也はゆっくりと振り向いた。克也の視線を追っていた岬も自然と振り向く。
そこには利由が立っていた。
少しだけ克也と利由の視線がぶつかる。
お互いに何かを感じたからだったが、むろん岬にはまだ分かるはずもなかった。

       ******     ******


その後、朝を迎えた克也と利由のもとに悪い知らせが届いた。
岩永基樹が会社から帰宅途中に、血痕を残し突然行方不明になったということを。

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