花の馨り(4)
「『害をなさない』...、か。お前を動かしている黒幕を......何をもって信じろと?」
克也は顔色一つ変えずに言い返す。
「......。」
そう言われては蘭子も返答のしようがない。
唇をかんで自分の靴を見つめる。
克也は相変わらず顔色一つ変えずに冷ややかな瞳を蘭子に向けているだけだ。
獲物を追い詰めた獅子のように、王者の瞳で。
しばらくの沈黙の後、蘭子は意を決したようにゆっくりと口を開いた。
「そう...。そう、ね......。でも信じてもらうほかないわ。」
この先の言葉をつむげば自分は即座に殺されるかもしれない。けれど、このまま何も言わなければ確実に自分は殺される。
あの、克也のどこにこんな面が隠されていたのか。
否。
これが『彼女』に出会う前のこの男の姿だったのか...。
------いや、今はそんなことはどうでもいいことだ。
------何でもいい。とにかく言葉をつむいでこの場から逃れるチャンスを作らなければ。
心の中で大好きな『あの人』を思い浮かべながら蘭子は続ける。
「だって......。今『彼女』はその人のところにいるのだもの。」
「何......?」
克也の表情がわずかに動いた。
克也にまだ自分の話を聞く耳が残っていることを確認して、蘭子は少しホッとする。
「一日待って。そうすればあの人も彼女を返すわ。必ず。...もちろん、彼女自身は無傷で...。いえ、それどころか、傷ついた彼女の心を少しだけ癒して......。------本当よ。嘘じゃないわ!......あの人にはそういう力があるの!」
沈黙が恐ろしくて蘭子は堰を切ったように話し続けた。
嘘は全くついていない。そんな余裕はない。真剣勝負だ。
克也がそれに対して何かを言いかけたときだった。
すっかり日が落ち、暗くなった室内を、パッ!と蛍光灯のまぶしいほどの明かりが照らした。
蘭子も克也もびっくりしたように、目を細め、反射的に教室の入り口を向いて振り返った。
「やーだねえ。こんな暗がりに花も盛りの男女が二人っきり。誤解されちゃうよー?」
教室の入り口から少し室内に入った明かりのスイッチに手をかけ、ニヤニヤしながら二人を見つめるのは、二人ともよく知った人物だった。
とはいえ、『彼』がこんな場所に今いることはとってもおかしなことで......。
蘭子も克也もその場に固まったまま、その人物を凝視するしかなかった。
「俺が今、こんな場所にいちゃおかしい、って顔してるねえ、二人とも。」
スイッチから手を離し、その人物は二人に歩み寄る。
「話は聞かせてもらったよ。------なかなか興味深い話ではあるけどね......。」
そう言いながら、克也の肩をポン、と軽く叩く。
「とりあえずは、待ってみようじゃないか、一日ほど...ってことは明日の夕方かな?その後の行動はその後!『黒幕』とやらのお手並み拝見と行こうじゃないか♪、な?」
楽観的なその言葉に、克也は眉根を寄せた。
「尚吾...!お前、っ」
うなるような克也の声に、まあまあ、とでも言うように、その男------利由尚吾は、克也の肩をさらにポンポンと叩いた。