忌まわしき夜(2)

 「なあに、岬。また具合でも悪いの?」
 朝一番、テーブルにつくなりため息を三連発する妹に、港は思わず顔をしかめる。最近はいつもこんな感じだ。心ここにあらずという調子で空中の一点を見つめていたり、深いため息をついたり。具合が悪いのかと聞いても、最初のうちこそ"そうだ"と言っていた妹だが、そのうちそうではないと言い出し...。理由を聞いても『大丈夫』というだけで、要領を得ない。初めは頭がおかしくなってしまったのかと思ったが、一応日常生活自体に支障はないようなのでそのままにしてある。
 「それとも目玉焼きじゃなくて玉子焼きが良かったとか?」
 そんなことが理由ではないことは今までの様子から分かるのだが、港はこの重い空気をなんとかしたくてそんなことを言ってみる。自分と妹を隔てる色の濃い木目調のテーブルには、パンや紅茶とともに薄いピンクで縁取られた白い丸皿が置かれ、その上で焼きたての目玉焼きがトマトやレタスのサラダの横で白い湯気を立てている。
 「ううん。これでいい。」
 妹の声はぼそっとつぶやくようだ。元気な妹のいつもの声とはやはり違っている。
 港は妹の向こうの窓の外のベランダの、そのまた向こうの薄青い空を見やった。外は目の覚めるようなキンッとした清浄な空気にあふれているのだろう。それに対してこの家の中の、特に妹の周りに漂うどんよりした空気...。せっかくの自分の休日だというのに、爽やかな朝が一気にトーンダウンしてしまった感じだ。今度は港がため息をつきそうな気分になったその時。


 ピンポーン。


 チャイムが鳴った。
 こんな朝早くからなんだと思いつつ、港はダイニングの入り口付近のインターホンで相手を確認する。そこには妹と同じくらいの年齢の女の子がオフホワイトのコートを着て立っていた。中はハイネックのセーター。少々外向きにくせのある髪を肩の辺りでそろえてある。大きな瞳が印象的だ。
 この子は見たことがある。ちょっと前に岬が泊まりに行った家の子だ。しかし何か怪我でもしたのか、以前会った時にはなかった大きなガーゼがサージカルテープで右頬に留めてあり、華やかな印象のある顔になんとなく不似合いだ。

 「ほら、岬、お友達が来てくれたよ!」
 そう、言い置いて港はさっと玄関に向かった。
 友達が来れば少しは妹の気も晴れるかもしれないと、少し救われた気がしたのだ。

 「岬。どう?元気なさそうね...」
 部屋に入ると麻莉絵は、麻莉絵のためにクッションを用意しようと屈む岬に声をかけた。
 「ん......。まぁね。」
 岬は曖昧に答えた。あまり深く踏み込んで欲しくないと心のどこかで予防線を張ってしまっている。
 「それより...麻莉絵こそ、怪我の方、大丈夫なの?」
 岬は話の矛先を変えようとそう言い、麻莉絵の顔を覗き込んだ。頬のガーゼが痛々しい。
 「大丈夫大丈夫。......って、実はちょっと...あちこち擦れて痛かったりもするんだけど......。あはっ。でもこのくらいでへこたれてちゃ奈津河一門の人間やってられないからね」
 そう言って麻莉絵は苦笑した。あんなひどい目に遭っても彼女の目は強く輝いていた。
 今の自分には目が痛いほどに強い輝きだと、岬は目を細めた。

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