開放(6)
昼食後、午後の授業を終えて岬は新学期最初の部活に出た。
春休みの間の練習を体調不良を理由に全て休んでいたせいで、体はかなりなまっていたが、体を思い切り動かしていると、もやもやとしていたことなど頭から抜けていくような気がした。
部活が終わり、駅までは部活のみんなと一緒に来たが、たまたま電車の方向は別だったため、岬は一人、ホームのベンチに腰掛けていた。
ホームの向こうはもうすっかり暗くなっている。
遠くに見える街の明かりを眺めながら、岬は今日一日のことを思い返していた。
何につけても思うのは克也のことばかり。
『克也・・・・・・』
一日、学校で生活していて感じた。
今まで、いくらけんかしても、必ず、克也が隣の席にいた。
つらくても、克也がそばにいてくれることが、どんなに幸せなことだったか、今なら分かる。
『克也の感じられない隣が、寒いよ。』
岬はいつも克也がいたほうの腕を、もう片方の腕でさすった。
------その時。
岬は立ち上がった。
ひざの上に置いた鞄がどさっと音を立てて足元のコンクリートに落ちる。
岬の座った向こう側、反対のホームに、克也を見たような気がしたのだ。
反対ホームに特急電車が着き、反対のホームにいた者たちは皆、中に吸い込まれていく。電車の中は混んだ状態で、克也の姿を電車の中に見て取ることはできなかった。
そのうちに発車のベルが鳴り、電車がゆっくりと滑り出す。
ぎゅうぎゅうに人を乗せた電車が行ってしまうと、ホームは閑散としてしまった。
反対側のホームを見つめながら、岬の心は波立っていだ。
確かに、克也のアパートは、反対方面だ。いてもおかしくはない。
けれど、部活動に入っていない克也が、こんな時間まで学校付近にいることもおかしい。
けれど------。
次の瞬間、思わず岬は走り出していた。
------ さっき見たのは幻かもしれない。 会いたいと、思っていたから。
けれど、もう、岬には止まることはできなかった。
自分の気持ちを抑えていた何かが、さっきの一瞬で外れてしまった。
------会いたい。
-------克也に会いたい。
追うなといわれても、もう、とめられない。
岬は、反対方面の次の電車に乗っていた。
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岬が部活中だった時間、克也は学校の最寄り駅前のファーストフード店にいた。
特に用事があったわけでも、ハンバーガーやジュースを飲みたかったわけでもなかったが、すぐに帰りたくなかった自分にとって、長時間いるのに気がとがめることのないこの場所が最も居心地が良かった。
昨日学校を休んでいた岬が、今日は学校に出てきているのだと知った時、すぐにでも駆けつけたい衝動にかられた。
けれど、どんな顔をして会ったらいいかわからなかったし、学校で会って少し話をしただけで解決できるほど、自分たちが抱えている問題は軽くはない。
だからつい、一組の前を避けて過ごしてしまった。
心配していた岬の様子は、岬と仲のよかった井澤晶子が友達と話していることの端端を耳にしたところによると、、特に変わったことはないらしかった。
けれど、岬がどんな思いでいるかと思うと手放しで安心することはできなかった。
残酷な事実だけを突きつけて、岬の手を離した自分が一番ひどい男だというのは分かっているが、今回、中條御嵩がしたことは、人間として、男として許せない。
そんな時、学食で岬の名前を聞いた。
克也は、目の前のクラスメイトの話に相槌をうちながら、心がここではないところを向くのを感じていた。
『岬』の名前を聞くと、自動的に全感覚がそちらを向いてしまう。
------岬の声が聞こえる。
その声は、克也が『よく知っている』声だった。
周りをも明るくするような、岬の朗らかな声。
最近は、思いつめた苦しそうな声ばかり自分は聞いていた。
それが自分のせいだということが分かっているからなおさら心が痛んだ。
けれど、今の岬の声からはそんな感じは受けない。
そして、人の影からほんの少し見えた笑顔。
『ちゃんと笑ってる。』
始業式で見た岬の複雑な表情が脳裏に焼きついていたから、本当にホッとしたのだ。
岬がまとうオーラのようなものが優しく変化していたような気がして、少しだけ自分の気持ちを落ち着かせてくれた。
蘭子の言葉を全て信じるわけではないが、もし今の岬が蘭子を動かしている黒幕のおかげなら、それだけは感謝してもいいと思う。
せめて今日だけは、岬の笑顔が消えないように。
自分が全てを話すのは、今日じゃなくていい、そう思えた。
自分が出て行けば、きっとつらい思いをさせる。
嫌なことをたくさん思いださせてしまうだろう。
------ だから、今日だけは。
自然とそう思い、克也は帰路へとついた。