忌まわしき夜(4)
月明かりの差し込む8畳ワンルーム。
フローリングがむき出しの床の中央に、無機質に黒光りするロー・テーブルがひとつ。
その横のスチール製のベッドに克也は横たわり、じっと薄暗い天井を見つめていた。横になってはみたものの、全く眠気は催してこない。
明日から新学期が始まる。
岬は今頃どうしているのだろうか?
泣いてはいないだろうか?
ふっきろうと決心したはずなのに、どうしても完全に気持ちを切り替えることができない自分が忌々しい。
新学期が近づくにつれ、どんどん眠れない時間が増えていた。
会ってしまう。
そう思うだけで心をきりきりと締め上げられるような感覚に陥る。
『その時』...自分は冷静でいられるだろうか?
「ダメだ...こんなんじゃ......」
うめくようにつぶやいて寝返りを打つ。
マットのスプリングがぎしり、と嫌な音を立てた。
会うというだけでこんなことになっていてはダメなのだ。
その先にはもっと自分は冷酷にならなければいけない状況が待っているというのに。
竜族の長としての立場を重んじるならば、宝刀の持ち主である岬を、どんな手を使ってでも手元に置いておかなくてはならない。利用するために。
けれど心のどこかで、そんなことをしてはいけないと警鐘が鳴っている。一人の男として、岬のためを思えばこその思い。
それなのに。
一人の男としての自分は、一方で岬を離したくないという思いも抱えている。その思いに身を任せてしまえば、自分は竜族の長としての使命も果たせ、同時に自分の欲望も満たすこともできる。
------それは悪魔のささやきにも似た甘美な誘惑。
一人の男としての思いの一部が、竜族の長としての使命と一致してしまっている。
なんという皮肉。
自分は今、何のために動こうとしているのか。
竜族の長の任務遂行のため?
それとも醜い欲望を満たすため?
どちらか一方ではなく、そのどちらでもある気がする。
そんな自分は醜い。
彼女を想っていると言える資格など本当はない。
瞳を閉じれば暗黒の世界にたった一人、愛しい者が映る。
暗闇にすら、消せないその思い。
時に強く激しく自分の心を揺さぶる。
今だって、全てを捨てて岬のもとへ走り、その華奢な身体を掻き抱き、その柔らかな唇に口づけたい。------全てを壊してでも、彼女だけを手に入れたい衝動にかられるほどに。
知らなかった。
岬を愛するまで、こんな思いが自分に生じること。
何ともいえない息苦しさの中で、克也は岬以外の一人の女性を思い出していた。
女性としてこの世に生を受け、生き、自分という存在をこの世に送り出しておきながら、最期まで『女性』でしかなかったひと。
名前を呼ぶことは、とうの昔に自分の中で禁忌とした。会いたいと思う気持ちすら封印した。
けれどなぜ、今彼女を思い出したのか、克也には十分すぎるほど分かっていた。
性は違えど、自分の中に容姿以外ではじめて、『彼女』を見つけた気がしたのだ。