忌まわしき夜(7)
「―― んんっ!!」
岬が叫び声をあげたくても、それを御嵩の唇が許さなかった。
身をよじって逃れようとしても、両腕は堅く冷たいテーブルに押さえつけられ、腰の辺りに馬乗りに乗られていて、動けない。
容赦のない舌が岬の口の中に侵入してくる。
そして、すばやく手馴れた動作で岬の両腕を片手だけで押さえつけると、空いた手をするりとすべらせて岬の首筋に触れる。やがて御嵩の白い指は、岬の上半身を制服の上からなめまわすように移動する。
息苦しさと羞恥に目の前がちかちかする。
抗おうとする力さえ吸い込まれてしまったかのように、力が入らない。
------逃げたいのに!
長い長い口付けのあと、御嵩がゆっくりと岬の唇を開放した。
長いこと口をふさがれて息継ぎもまともにできなかった岬ははあはあと肩で息をした。
------苦しい。
------気持ち悪い。
唇は開放されたが、体の自由は奪われたままだ。
「いや!...いやああ!!」
やっと唇を開放された岬は、今出せる限りの大きな声で叫んだ。
『誰でもいい、......助けて!』
さっき見たお手伝いさんでもいいから、この声を聞いて誰か来てくれれば......。そう切に願った。
しかし、そんな岬の願いをあざ笑うかのように、あたりは沈黙を守っていた。まるで静寂までがここの主の言いなりであるかのように。
御嵩自身もまた、無言だった。
岬の叫びと衣服が擦れ合う音、そして御嵩の荒く欲望に満ちた息遣いだけがその部屋に響いていた。
御嵩は、淡々と岬の心と体を侵食していく。
上着を乱暴にまくり上げられたその時。
「あああああー!」
狂ったように岬は叫ぶ。もう言葉にもならなかった。
------いやだいやだ。
------こんなところで。
------こんな人に!!
岬は固く瞳を閉じた。
そのとき。
------ゆらり。
岬の身体の輪郭をなぞるように、かすかにオーラが揺らめく。
岬の力の片鱗。
その途端御嵩は、冷たい瞳で岬の身体をまさぐっていた指をぴたりと止め、岬の身体から飛びのいた。
まるでたった今、夢から覚めたように、瞳はかっと見開き、その顔には焦燥の色が浮かんでいる。
岬は、何が何だか分からなかった。
冷たく光るテーブルの上で仰向けのまま、しばらく岬は動けなかった。逃げようと暴れたせいで、髪の毛を二つに結わいたヘアゴムは外れかかり、制服のリボンはほどかれて不自然なしわがついていた。四肢をだらりと投げ出したまま、岬は震えていた。
頭の中は真っ白で、ただ、今この場から逃げなくてはいけないということだけが頭にあった。
けれど、足がガクガクしてすぐには動けない。
御嵩は御嵩で、ただそんな岬の横で、呆然と立ち尽くしていた。岬の姿すらその瞳に映してはいないように空中に視線を泳がせる。
岬は渾身の力を振り絞ると身体をよろりと反転させ、片肘に力をいれて上半身だけ身を起こした。
少しして、ふらふらと立ち上がる。
自分が今、どんなに恥ずかしい格好をしているのかなど構う余裕はなく、はだけた胸元を手で隠しながら、岬はふらふらと足を引きずるようにして動き始めた。
部屋から"やっと"といった様子で逃げる岬を、御嵩は追いかけようとはしなかった。