間者の告白(1)

 中間テスト最終日。
 学校から少し離れた場所ではあったが、昼時のファーストフードは昼休み中の会社員や同じくテスト期間であろう学生たちでにぎわっていた。
 岬と克也のカップルはいまだに何かと噂の的なので、学校の最寄の駅のファーストフードだと目立ちすぎてしまう。そこで、このちょっと離れた場所でのお昼となったのだ。
  

  「ええっ!ケータイ!?」
 岬は、思わず大きな声で反応してしまっい、克也は慌てて岬の口元を手で押さえようとした。別段隠すようなことではないのだが、あまりにも岬の声が大きかったからだ。


  「克也、携帯買ったんだ」
 驚いた気持ちを静めるように、一度深く息を吐いてから、今度はいつも通りの声で聞いた。

   
  「正確には『買ってもらった』んだけどね。水皇さんが、『何かあったときに連絡が直接取れないのは問題だから』って」
 克也は少しだけはにかんだような表情をする。

   
 ――今までと違い、克也が正式に長として立ったことで、連絡は密に取れたほうがいいということで、水皇が携帯を買ってくれたというのだ。
  


  「今までも、携帯の話が出なかった訳じゃないんだけど......。それでなくても、水皇さんには何かと世話になりすぎているのにと思って、今までそういう話が出ても遠慮してたんだよね。でも、今回はどうしても、って言われて......。ただ――」
 少しだけ克也は黙った。
  「ただ?」
 岬は不思議な顔でその先を急かした。
  「それだけじゃなくて......なんとなくこの間のこと、ちょっと水皇さんは気がついてて、そういう意味でもけん制というか、すぐに連絡を取れるようにと暗に言われている気がする」
 ばつが悪そうに克也は頭に手を置いた。

   
  この間、とは、継承式の日の夜に克也が岬の家に泊まったときのことなのは、すぐに岬にも分かった。
  「尚吾も利衛もしゃべってないっていうし......、まあ、他に可能性があるとすれば泉さんと司くらいだけど、その辺には確認のしようがないな。」

  泉の名前に、岬は少しだけ心にちくりと痛みを感じたが、何もないように微笑んだ。
  「まあ、年の功みたいなのもあるんじゃないのかなあー。聞いたところ、ずいぶん大人な感じの人みたいだし。」

   
 久遠水皇が、克也の叔父であって親代わりのような人物だということは、泊まった日に聞いたことだ。もちろん、多くは語らなかったけれど、言葉の端に克也が水皇を慕っていることが感じられた。まだ会ったことはないけれど、岬にも、水皇の暖かくて大きい人柄が分かるような気がしていた。


  「まあ、確かに」
 克也もうなずいた。

 そのまま、克也は目の前のアイスティーを一口含んだ。
 そして、少しだけ視線を横にずらした。

 
  「それと――今まで、どうしても言えなかったことがあって......」
 視線を横に泳がせたまま、克也はそう切り出す。
   

  「何?」
 岬はなんとなく胸騒ぎを覚えて、真顔で克也の顔を見つめた。


 克也はやがて、言いづらそうにゆっくりと話し出す。
  「俺......来週、アパート引き払って、久遠の家に行くことになったから」


 携帯電話のことで浮かれ気味だった岬の心が、一気に凍りつく。

   
  「――久遠の家って、ちょっと学校から距離あるよね......」
 まさか、学校を辞めてしまうのではという不安が岬の頭をよぎる。

 克也は岬の不安がどこにあるのか、的確に察知したようで、微笑んだ。
  「もちろん、学校にも久遠から通うよ。通えない距離じゃないし。もっと遠くから通ってる奴も実際にいるしね。あと一年足らずだし、ちゃんと卒業したいから。」

   
 少しだけ胸をなでおろした岬だが、心の隙間風がどうしても収まらず、岬はうつむいた。
 ちょっと遠くに住むというだけだというのに、久遠――竜一族の本家に克也が移るというだけで自分とは遥か遠くに行ってしまうような感覚に襲われる。
 克也が竜一族の長だという現実がより強く目の前に迫ってくる気がする。継承式の時の、完璧すぎるほどの克也の姿が、そのまま全てになってしまいそうで。もう気軽に会えなくなってしまう気さえしてしまう。


      
  「だから、そういう意味でも携帯電話の話、素直に受けたんだ。これがあれば、岬とも今までより連絡が取りやすくなるだろ?」
 克也は少しだけ手を伸ばすと、うつむいたままの岬の額を指ではじいた。
 そんなに強くではなかったが、それでも無視できない衝撃が額にきた。   
  「ちょっと克也っ」
 額を指でさすりながら岬は顔を上げる。
   
  「......人が真面目に落ち込んでる時なのに」   
  「真面目に、ね。岬は不真面目に落ち込むこともあるんだ?」
 克也は小さく笑う。
 思わぬところにツッコミを入れられて、岬は言葉に詰まった。  
   
  「――なんか、克也が意地悪だ」
 岬はわざとらしく口を尖らせながらテーブルに頬杖を付くと、うらめしそうに克也の顔を見上げる。
   
  「これでも元気付けようとしてるんだけど......?」
 克也は口の端を片方だけ上げて笑った。
   
  「――そういえば、克也は意地悪だったんだった。忘れてた。」
 そう言いながら岬も笑う。
         
 会ったばかりの頃、二人は喧嘩ばかりしていた。取るに足らない些細なことでも。
 いつのまにか、色々あって、その関係が良い意味でもそうじゃない意味でも変わって――。
 でも、ここ最近、以前に増して、より自然でいられるようになった気がする。
 安心感とでもいうのだろうか、どんなことを言っても二人は変わらないのだと思えた。
 この前のデートで克也が、そのままの岬で良いと言ってくれたから――。
   
  『そう、きっと大丈夫だよね......』

   
 顔を見合わせて笑っていると、岬の後ろのほうから声をかけられた。

      
  「あれー?岬と蒼嗣くん?」
 声のした方を見ると、晶子と、その恋人の高島だった。

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