間者の告白(2)
「岬たち、こんなところにいたんだー!まあ学校の近くじゃー落ち着かないもんね」
晶子は思わぬところで友達に会えたことで嬉しそうだ。
「晶子こそ、なんでこんなとこに?」
岬の疑問に、晶子はにこりと笑う。
「重くんの家が、この辺なんだよー」
岬はなるほどー、とうなずいた。その時......、
「あ!蒼嗣くん、携帯買ったの!?」
晶子が目ざとく克也の手元に置いてあった携帯を見つけた。
「ねえねえ、番号教えてよー!あたしの携帯も教えるからさあ。蒼嗣くんの携帯が分かれば、携帯持ってない岬とも連絡とりやすくなるだろうし!」
そう言って、しどろもどろな克也を丸め込み、あっという間に晶子は克也の携帯番号を聞き出してしまった。
晶子は誰にでもこんな感じだし、悪意があるわけではないので特に問題ではないのだけれど、あまりの早業に岬も目が点になってしまった。晶子の隣で高島も苦笑している。
その後、二人はオーダーに行き、しばらくしてトレーを持って戻ってきた。そして晶子は、岬たちの隣のボックス席を陣取った。
「岬も携帯持てば良いのにー。そしたらもっと便利なのになー。蒼嗣くんが持ったんだからさー、あとは岬だけだよね!」
と無邪気に笑う。
「まあねー」
以前から携帯がほしいとは何度か言ったこともあるが、何度言っても姉がそれを許さないのだ。自然と気分が暗くなる。
「それにしても、久しぶりだよなー、二人とも」
高島がさりげなく話題を変えた。
もしかすると暗い気持ちが顔に出てしまっていたのだろうか。高島に気を使わせてしまったことに少々申し訳なさを感じる。
とはいえ確かに、晶子とはクラスが違うもののほぼ毎日顔を合わせてはいるが、高島と顔を合わせたのは久しぶりだった。卒業式以来か。
「高島先輩は特別推薦で県立大学行ったんですよねー。どうですか、大学生活は」
岬が聞く。
「楽しいよー。特に勉強以外が!」
悪戯っ子のような表情で高島が笑う。
「重くんってば、しょっちゅう飲み会とか言ってるんだよー。女のことかもいっぱいいるみたいだしさー、」
晶子は不満げだ。
「おっと地雷踏んじまった」
首をすくめる高島に、岬も克也も笑った。
ひとしきり、高島の大学生活の話に華を咲かせた後、ふと思い出したように晶子が口を開いた。
「そういえば、さっき帰り際にさ、聖さんを職員室で見たよ」
「えっ!?」
思わぬ名前に岬は驚きの声を上げる。目の前の克也も動きを止めた。
聖 蘭子は、岬と御嵩の一件があって岬が学校を二日休んだ次の日から、学校に来なくなってしまっていた。
事実は少々違うのだが、多くの人には『蒼嗣克也と聖蘭子が一度好い仲になったせいで、栃野岬と蒼嗣克也はケンカ別れをしたが、その後蒼嗣はまた岬とよりを戻した』と見ている。ようするに、岬と蘭子が克也の取り合いをし、負けた蘭子はショックを受けた、という構図なのだ。岬と克也がよりを戻したときに蘭子が学校に来ていなかったことで、この構図が裏づけされてしまった形になっていた。
「それでなくても変な噂が立ってるってのに、あの人が学校に出てくることでまた岬たちが面倒なことになるんじゃないかってちょっと心配だよ......。」
晶子は眉を寄せながらポテトをつまんだ。
克也は真顔で何かを考えているようだった。その表情には厳しさがあり、『長の顔』になっているのが岬にはよく分かった。
岬は、克也が長として何かつかんではいないのだろうかと疑問に思った。
岬自身が聖に最後に会ったのは、ずいぶんと前だが、克也は新学期になってからも会ったようだった。その時のことを訊くと、克也は途端に口が重くなるので、詳しいことは分からないのだが。
克也と再び思いを通じ合えた今となっては、蘭子の名が出ても以前のように心が苦しくなることはない。ただ、克也の話を聞いても彼女については謎が多く、気になることは確かだった。
蘭子のことを『一応、血筋的には竜一族』だと克也は言った。
けれど、『血筋』というのが、必ずしも、人の行動パターンをを縛るものではないということを岬は身をもって知っている。
竜一族なら、なぜ克也を脅すという暴挙に出たのか、という疑問も出てくる。
仲間に加わることが目的なら、そんな危険を冒す必要はなく、従順なところを見せたほうが得策なはずだ。
自分たちを別れさせるため?
――何のために?
全くわからない。見えてこない。
克也なら、もう少し分かるんだろうか?
『といっても、さすがに晶子や高島先輩のいる今は聞けないなあ』
ちらりと克也に目をやる。
その様子を見ていた晶子は、岬の克也への視線を別の意味に捉えたようだった。
「やだあ、蒼嗣くん、そんなに深刻な顔しちゃだめだよー、岬が心配するでしょー!」
考えにふけっていたと思われる克也は、はっとして慌てて笑顔を作ったようだった。
大丈夫だと伝えるように岬がにこりとすると、克也はホッとしたように自然な笑顔になった。
「お前ら、いい感じになってきたな」
岬と克也が目配せをしたのを見て、高島がしみじみと二人を眺める。
「雨降って地固まる、ってやつ?いい意味で落ち着いた感じっていうのかな」
横から晶子も口を挟んだ。
「そうだよねー!この間仲直りしてから、どんどん雰囲気変わってきたよねー。」
「ラブラブっぶりは晶子たちには負けるけどねー」
岬が茶化すと、晶子は胸を張った。
「そりゃあ、年期が違いますもん。」
「はいはい、ごちそうさま」
暑い暑いと、手のひらで扇ぐ真似をしながら、岬も笑った。
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「バイバイ!晶子、また明日!それから高島先輩またいつか!」
ファーストフード店の店先で、岬は晶子と高島に大きく手を振った。晶子たちも手を振って応えながら、人ごみに紛れていく。
何だかんだでファーストフードに三時間も四人で居座ってしまった。
岬がくるりと勢いをつけて振り返ると、克也の柔らかな視線とぶつかる。穏やかな克也の表情に、岬も自然と微笑んでいた。
克也があまりに穏やかな表情をしていたから、岬は蘭子の話題を出すことをためらった。本当はすぐにでも聞きたかったのだが。
「とりあえず、あたしたちも移動しよっか。――って、どこにいくかも全然決めずに出てきちゃったけど」
岬は克也の瞳を覗き込む。
「そうだな......」
克也は何かを考えるようなしぐさをしたが、視線の先に何かを見つけたようで表情を固まらせた。
克也の変化に気づき、岬も克也の視線を追う。
そこに一人の人物を見つけ、岬は思わず相手の名を呼んだ。
「聖、蘭子――」
制服姿の蘭子は、岬たちから少し離れた街路樹の傍に佇んでいた。