間者の告白(7)

  「宝刀の力を封印なんて、考えもしなかったな......。」
 つぶやき、岬は所々ペンキのはげた木製のベンチに腰掛け、ペットボトルのジュースを一口飲んだ。   
   
 悠華に車で学校のそばまで送ってもらったものの、そのまま家路につく気にはなれず、近くの公園に来ていた。まだそれほど時間は遅くないが、日の暮れた公園は街灯だけに照らされ、独特の不気味さを醸し出している。
   
 そう言ったきり黙ってしまった岬の瞳を、心配そうに克也は覗き込んだ。
  「岬。――お前、宝刀の力を封印しようとか、バカなこと、考えてないよな?」
   
 岬はすぐに首を横に振った。途端に克也の表情が和らぐ。
   
 宝刀の力を封印する方法があると聞き、岬も一瞬心動かされかけた。
 この力は恐ろしい。この力に射抜かれれば、骨のひとかけらでさえ残らずに消滅してしまう、全て『なかったこと』にできる。
 こんな恐ろしい力がなければ、泉もあの三人を思う人たちも悲しい思いをしなくて済んだだろうし、これから同じような悲しい思いをするかもしれない人も、いなくなるはずだ。
 力を封印して悲しい思いをする人をこれ以上増やさないようにすることは、もしかすると、奪った命の償いになるのかもしれない。
     
 けれど、その方法を知ってしまったら、到底自分には封印など無理だ。
   
  『あたしには――できない。』
 岬は傍らの克也の手にそっと触れる。
 宝刀の力を封印することより、自分には大事なものがある。それを捨てて正義のために動けない。柚沙のように、好きな人との現在と未来をを捨てる勇気は、自分にはもてない。
 その勇気を出せない自分が、なぜ、こんな力を持って生まれてしまったのか。


  「なんで、あたしがこんな力をもって生まれてきたんだろう......。もっとうまく力を制御できる人がいたかもしれないし、あたしよりずっと心が強くて、世の中のために自分を犠牲にして力を封印する勇気が持てる人だっていたかもしれないのに、なんで、あたしが......」
 心に浮かんだ濁った思いが口を突いて出た。こう言ったからといって何かが変わるわけじゃない。駄々をこねているだけなのは分かっているけれど、口に出さずにはいられなかった。
   
 傍らの克也が、一瞬、息を止めるのが分かった。
   
  「こんな力なんて......私はいらない。」
 あふれ出した感情を岬は吐き出す。
   
 自分の力、そして人を殺めてしまった事実。――受け入れたつもりだった。いっときは落ち着いたと思ったのに、やはり揺れてしまう。心に立ったさざなみを収めることができない。
   
  『コロサナイデ』
 哀願する悠華の声が甦る。
 自分よりよほど強いと思っていた悠華に、あんな風に願われる、それだけの恐ろしい力が自分にあるということ。
 自分は、存在を一瞬にして消せる力を持った、人から恐れられる存在だということを、目の前につきつけられてしまった。
   
  『ミタケ ヲ コロサナイデ』
   
 反射的に岬は耳を両手でふさいだ。頭の中の声がそんなことで止むわけではないのに。

  「こんな力があるから傷つく人がいる。あたしもこんな力なんて持ってさえいなければ――」
 ぎゅっと克也の腕にしがみつく。
  「こんな風に悩まずに、ただ、未来だけを考えていられたかもしれない......」

   
 しばらく二人の間に沈黙が流れる。


 やがて、うつむいてぽつりと克也がつぶやいた。
   
  「自分の望まない力が自分にあるって、つらいな......」
   
 その言葉に、岬が顔を上げる。
   
 岬が少し顔を傾けて、克也の瞳をのぞき、次の言葉を待った。
 だが克也の瞳は、少しだけ迷いの色を帯びているように見えた。
 けれど、少し間をおいて、心を決めたようにゆっくりと口を開く。

  「俺には――、双子の兄がいたんだ......」
   
  「双子......?」
 兄弟がいるだろうことは予想がついてはいたが、まさか双子だったとは、思いもしなかった。
  「そう。――でも今は、もう、いないけど」
 どこか寂しげに微笑んでそう告げる克也は、岬から少しだけ視線を横に移した。
 克也の心情を思うと、岬もちくりと胸が痛むのを感じる。 
    
  「兄の名は『智也』。明るくて活発でおおらかで、判断力に優れていて、誰からも愛される――長としての器を全て兼ね備えたような太陽みたいなヤツだった......。」
 遠くを見つめるような目つきをして克也はつぶやいた。ここにはないものを見ていたのかもしれなかった。
    
  「それなのに......ただ、力だけが、なかった。長としての力だけは、ほとんど持たなかったんだ。長に受け継がれるべき蒼い力のほとんどは俺が、受け継いでしまった......」
   
  「受け継いで『しまった』だなんて、そんな言い方――」
 たしなめるように言いかけて、岬は息をのんだ。克也の顔からは表情が消えうせていたからだ。そのせいで言葉を続けるタイミングを逃してしまった。
 克也はそのまま続ける。

  「俺はいつも迷い、判断を見誤ってばかり......。――俺は長にふさわしくない、こんな力欲しくなかった、なぜ長にふさわしい智也ではなく自分の方が強い力を持って生まれてしまったのかと、何度も思った」

 克也はどこか遠くを見つめたままだが、なぜか泣いているような気がして岬はそっと克也の腕に自分の頭をもたれさせた。
   
  「だけど今、俺は自分が力を持って生まれたことに少しは感謝してる。――岬を、この手で守ることができるから」
 克也は手のひらを開いて見つめ、そのまま岬に視線を移して微笑んだ。
   
  「ああ、――そっか......」
 岬も微笑む。
   
 もし、お互いの力があることに意味をあえて見出そうとするならば――。
   
   
  「あたしの――宝刀の力を制御できるかもしれない力を持っているのは、竜一族では今、克也しかいないんでしょ?もしかしたら、あたしと克也が出会うことは生まれる前から決まってて――、あたしの力を何とかしてくれるために克也は先に力を持って生まれてきてくれたのかもしれないね。それなら、あたしにこの力があることも意味があるよね。」
 いたずらっ子のように上目遣いで岬は笑った。
  「だって、あたし克也が良いもの。どうせ操られるんだったら。」
 半ば自棄のような言葉だが、本心でもあった。
 誰かにいいように動かされるぐらいなら、克也がいい。

  「何言ってんだ......。――そんなことは、したくない。」
 眉を寄せて深刻な顔をする克也の頬に岬はそっと触れる。
    
  「もしも、の話!――あたしだって、されたくないよ。自分の意思で克也と共に居たいからね」
 そう言うと、岬は少しだけ体を伸ばして克也の唇を引き寄せる。
 そっと触れ合った唇が一度離れると、お互いに微笑み合う。

  「――克也、ごめんね。智也さんのこと――、あたしのこと励ましてくれるために、つらいこと言わせちゃったね」
 心配そうに見つめる岬に克也はかぶりを振った。
  「大丈夫だよ。全然つらくないといえば嘘になるけど、――乗り越えていかなきゃいけないことなんだ。」
   
  「でも、ごめんね。克也にとってはつらいことだったかもしれないけど、克也が自分から克也のこと話してくれるの、すごく嬉しい。――あたし、もっと克也のこと知りたい。ゆっくりでいいから、話せるようになったら、もっと教えてね」
 岬の笑顔に克也も、少しだけ複雑そうではあったけれど、笑顔で応えた。

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