標的(2)
「しかし、よく言ったなあ」
誰もいなくなった広間をしみじみと眺めながら光留は御嵩を見つめた。
「宝刀の力の分、奈津河が竜より優っているって考えてるだけで、今の状況に満足してるあいつら腰抜けどもにとって、今日のお前の言動は衝撃的だっただろうよ。」
クックッとのどを鳴らして笑う。
「ぞくぞくするねえ。実に」
そう言って心底面白そうに目を細める。
そんな光留に、御嵩はクスりと笑って肩をすくめる。
「光留は相当悪趣味ね」
どこから現れたのか、光留の後ろにショートボブの長身な女性が立っていた。
身に着けているものは派手すぎず、落ち着いているのにどこか華やかで、良家の子女であることをうかがわせる。
相手を見やり、光留は密かに舌打ちする。
「私はあまり感心しないわね。相手が悪すぎる。その代償は奈津河一族全てにかかってくるわ。御嵩、あなたに背負いきれるものかしら」
女性は腕を組んだ。
「麗華にしては珍しく弱気な発言だね」
御嵩はつまらなそうに女性を見やる。
彼女――水城麗華(みずき れいか)は、御嵩の婚約者である悠華の姉である。
つかみどころのない妹の悠華とは違い、かなりはっきりとした性格の持ち主だ。特殊能力の攻撃力もトップクラス。たいした実力もないのに幹部に居座り続けている中條聡子とは違い、その実力を広く評価されている女性幹部である。
それゆえに、妹ではなく姉の麗華を御嵩の婚約者としたほうがいいという声もあがるほどだが、麗華は、男子が生まれなかった水城家の跡取りとなることを自ら宣言しており、その話は蹴って今に至る。
「弱気とか、そういうことではないわよ。そうなった場合、あなたに責任が取りきれる問題なのかを、私は心配しているのよ。」
「貴女が僕の心配をしてくれるのは嬉しいけど、今回僕が気を変えることはないよ」
御嵩は、拗ねたようについ――と麗華から視線をそらした。
麗華はしばし御嵩を見つめるが、ややあってふうっとため息をつく。
「貴方が意外に頑固なのは知っているけど......。あまり無茶はしないで、御嵩。貴方に何かあれば妹が不幸になる。――私の妹を泣かせたら許さないわよ」
その言葉に、御嵩の表情がどこか切なげに沈む。
「貴女の妹君はそれほど僕に入れ込んでるとも思えないけど。」
「僕は麗華の方がいい。」
子供のように拗ねた口調でつぶやくと、御嵩は麗華の手をふわりと取り、滑らかな動作でその甲に口付ける。
「何バカなことしてるの。」
麗華はするりと御嵩の手からすり抜けると、優雅な仕草で御嵩と自然な距離をとった。
「貴方は私のかわいい悠華の婚約者。私にとってはそれ以上にはなれないわ」
きっぱりと撥ね付ける。
黙ってしまった御嵩を見つめ、麗華は続ける。
「この後用事があるから今日のところはこれで失礼するけど......。とにかくこの件はもう少し考えて欲しいの。男の人はいつも戦いの中に身を置きたがるけど、貴方には、一族の長として、そして男として守るべきものがあるということを忘れてはダメよ。それを忘れては独りよがりになるわ。独りよがりの判断は......隙を生む」
「一族の長としてそれは分かっているつもりだけど?」
憮然としてそう御嵩は口にする。
「男として――悠華の婚約者としても分かってほしいところよ。貴方と妹が幸せになる、それは私の願いでもあるのだから。」
言外に、もっと妹と仲良くしてほしいと言っているのだ。
御嵩は、下唇を噛んだ。
「麗華、貴女の願いなら努力はするけど――」
「もう、御嵩は。『努力』だなんて。――どうしてなのかしらね。貴方たちは。」
麗華は肩をすくめた。
「もっと話はしたい気がするけれど、もう時間がないので本当に失礼するわ。いずれ、その話はまた。」
腕時計を気にしながら、軽く礼をして麗華は部屋を後にした。
扉の向こうに小さくなってゆく麗華の後姿を見つめながら、光留がひゅうっと口笛を鳴らす。
「見事なまでのかわしようだね。天下のプレイボーイの御嵩も、本気の相手には報われないんだねえ」
茶化す光留に、御嵩が表情を険しくした。