継承(1)

 風渡る音だけが耳に入る静かな空間に、添水の音が高らかに響く。
 畳の部屋の向こうには、きちんと手入れをされた庭木が見える、落ち着いた佇まい。
 
  「そうか......ついに表に立つか......」
 部屋の中心にある天然木の膳に座した三人のうち、最も年をとった男が、白い顎鬚をその節だった手で撫でつけながら、くぼんだその瞳を細めてつぶやいた。

  「はい。これまでの我がままをお許しください。でも、表に立つまでの猶予を与えていただいたおかげで、自分自身を深く見つめることができました。まだ未熟者ではありますが、今後とも風貴(ふうき)様ならびに長老衆の方々のご指導よろしくお願いします。」
 そう言って深々と頭を下げる目の前の青年を、風貴と呼ばれた白い髭の老人は目を細めながら二度うなずいた。
 この風貴は、竜一族を率いる久遠家の血を引く。水皇の叔父、克也にとっては祖父の弟にあたる人物だ。

  「克也よ。そなたがそこまで立派に育ったこと、嬉しく思う。そこにおる水皇もさぞや鼻が高かろう。」
 そう言って青年――克也の傍らに座る壮年の男に声をかけた。
 青年の横の男――久遠水皇は『ええ』と老人の言葉を受けた後、付け加えた。
  「竜族本家の正統な血をひき、計り知れぬ強大な力をその身に宿しながら、まだ若き身で数々の不遇な出来事を潜り抜けてきた子です。それでも大きく潰れることなく強く成長してきたのです。まだ未熟なところは残りますが、必ずや長として大きく育ってくれると思います。」

 白い顎鬚の老人は満足そうにまた二度うなずく。

  「それで、早速ですが継承式を執り行うことをお許しいただきたく存じます」
 克也は風貴をまっすぐに見て言った。

  「そうだの。すでに水面下では長として動いてくれておる克也だが、事情が事情だけに継承式はやっとらんかったものな。確かにここいらで正式にお披露目する必要があろう。――了解した。他の者には私から伝えておこう。」
 風貴の言葉に、克也と水皇は一礼した。


 竜一族は、長を頂点にして、そのまわりを幹部が固め、一族を取り仕切っている。
 能力者の多くがなぜか老年になると力が弱まる傾向がある中で、中にはその力を強く残す者もいる。それらの者たちを竜一族では長老衆といい、表立って動くことはないが、長にも強く意見できるほどの大きな影響力を持っている。


  「ところで、克也よ。例の少女とのことはどうなっておるかな。」

 克也は一瞬動きを止めたが、臆することなく風貴に向き直る。
  「自分は彼女と生きる決意をしました。けれど、それは彼女が持つ力のこととは何の関係もありません」

 克也の言葉に、ほう......と風貴はおかしげに首をかしげた。
  「......継承式には呼ぶのであろう?」
 当然といわんばかりだ。

  「いいえ。呼ぶつもりはありません。」
  「なぜ?宝刀の力の持ち主である彼女が、一族を継承するお前の側にいるとなれば、一族の面々の前でお前の地位がより確固たるものとなることは必至であろう。歴代の長の誰もなしえなかった『宝刀の力を手に入れた長』として。」
 風貴の言葉に、克也は一瞬唇を引き結んだが、すぐに気を取り直して口を開く。
  「彼女を自分の宣伝のために利用したいとは思いません。そんなことをしなければならないほど、長としての自分は頼りないですか?」
 言葉だけはにこやかに、克也は切り返す。

  「いや、そうではないがの。いやはや、巧く返されたわ」
 ほっほっほ、と風貴は笑った。



 しばらくの後、克也と水皇が帰った後の部屋で風貴は外の庭を眺めながら茶をすする。

  「いやはや、青いのう。――だが、わたしはその青さは嫌いではない。ただ、氷見(ひみ)や雨尭(うぎょう)が何と言うか・・・・・・」
 想像して、風貴は口元に苦笑を浮かべた。


   ■■■   ■■■


  「やはり言われたな」
 草を踏みしめながら水皇がようやく口を開く。
 風貴の屋敷を出てから二人は一言も言葉を交わしていなかった。


 風貴が『庵』と呼ぶだけあって、その屋敷は少しだけ世間の喧騒から奥まった場所にある。水皇の車を留めた駐車場までは少し距離があるのだった。


  「そうですね......」
 克也はうつむいたまま歩みを進めた。

  「まあ、想定内だし。風貴氏はわりと理解がある方だから、大事にはならんだろ」
  「問題は、あとの二人ですよね。」

 現在の長老衆は、久遠風貴(くおん ふうき)の他には、岩永氷見(いわなが ひみ)と沢 雨尭(さわ うぎょう)の二人だ。
 風貴はおおよそ平和主義なのに対し、あとの二人はわりと好戦的である。特に雨尭にいたってはかなりの短気。しかも体育会系で、老年ながらがっしりとした体つきをしており、そこにいるだけで側にいる者に威圧感を与えてしまう。それに対し、氷見は頭脳派だが、短気なのは変わらない。
 一番人当たりの良いのが風貴ということになるため、長老衆に何かお伺いを立てるときの窓口的役割を担っているのだ。

  「だなあー、あのじいさんたち、俺も苦手なんだよなあ。お前、何か言われたら説得できるか?」
 水皇はため息をつく。


 坂を下ると、乗ってきた水皇の車が見えてくる。

  「――全然自信ないですよ。でも、やらなくては。」
 克也は前を向いてつぶやく。その表情は硬い。

 水皇は、そんな克也の肩をぽんっとたたいた。
  「あまり気負いすぎるな?後で息切れする。お前が倒れたら、あのお嬢ちゃんも泣くぞ」


  『お嬢ちゃん』の言葉に、克也は表情を緩めた。
 やはり、この子にはあの少女の存在が必要なのだと、水皇は改めて感じる。
 まだ走り始めたばかりの二人の未来が明るいことを、水皇は願わずにはいられなかった。

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