誤算(6)

 尚吾と利衛子は三階より上の防犯カメラは全て細工し終えた。

  「これでしばらくはごまかせるはず。――、って、......ここにいつまでも留まるのは危険だよ、尚吾」
 いつまでも何かをやっている尚吾に、利衛子が眉をひそめる。
   
  「分かってる」
 いつ奈津河一族の者が現れてもおかしくはない。しかも、ドアの向こうにいる先ほど気絶させた二人の警備員もいつ気づくか分からない。やることは済んだのだから一旦ここを離れて様子をうかがったほうがいいのだ。
 ただ、尚吾にはあと一つだけ気になるものがあった。

  「ちょっと待って。これだけ、もうちょっとだから」
 マシンの中で一つだけ、気になる動きをするものがあった。見落としてもおかしくないほどの微細な動きの変化。しかもそれだけ映像だけではなく、他の何かのシステムにつながっている気がするのだ。
 何のシステムか明確につかめない以上、それに手をつけることはある種の危険を伴う。放っておいた方がいいのか迷ったが、直感のようなものがあり、それを信じることにした。
   
   
   
 その後、全てを終えてコンピューター室を出た尚吾は、克也へと連絡を取る。
  「完了ー。そっちは準備できてるか?」
 克也が答えるのを待って、ごくりと唾を飲み込むと、尚吾は問う。
  「何を見ても――逃げない自信もあるか?」
   
 一瞬の沈黙があった。
   
  『――お前は、見たのか』
 『何を』と克也は聞かなかった。当然その対象は一つしかないのだと克也にも自分にも分かっている。そう問う克也の声のトーンは、それまでより少しだけ落ちたのが尚吾にも分かった。
   
  「ああ。」
 尚吾も正直に答える。
  「覚悟が、できないのなら――」
 行くべきではないと口にしそうになって止める。今更だ。
 だが、克也には伝わったようだった。
  『大丈夫。ここまで来たら前に進むだけだ』   
 力強い声に、大丈夫かもしれないとも思うが、それでも今朝の混乱した状態を知っているだけに不安は残る。
 尚吾は、電話の向こうの克也を心配して、こちらを覗き込む利衛子と顔を見合わせた。
   
   
 ――この闘いの目的が無事に果たされることを、願う。
 ――強く、強く。   
   
   
   
   ■■■   ■■■
   
   

 克也と麻莉絵は、不自然に見えないほどの変装をしてグリーンタウン総合病院へと向かった。

 克也にしては珍しく七分袖のグレーのVネックのカットソーにカーゴパンツ、そしてカーキ色のキャップを目深にかぶった。麻莉絵は服装はいつもとさほど変わらないが、印象を変える為、黒い長髪のウイッグをつけた。
   
  「行くわよ」
 病院の正面玄関で、麻莉絵が克也を見上げる。
 克也はそれに目くばせだけで答える。
   
 半歩先に歩く克也に麻莉絵は寄り添い、まるで恋人同士のようにふるまう。
 一階の待合室はすでにたくさんの患者たちであふれかえっており、二人を怪しむものはいないようだった。足早に人と人との間をすり抜け、二人は素早く二階へと上がる。
 そして、三階を経て、四階へ。
 通った場所にいくつか防犯カメラと思しきものもあったが、尚吾たちの功績か、それとも麻莉絵との行動が自然に見えるのか、あっけないくらい簡単に移動できた。
   
 幸一たちに気づかれる確率が上がるため、敵である克也の力はできるだけ使わずにいたいところだったので、何事もないことは麻莉絵にしてみるとありがたいことだった。
 ただ、この『何事もない』ことが逆に不安を増長させてもいた。   
 幸一相手にうまく行き過ぎていることが、逆に気持ちが悪い。
   
 とはいえ、岬のいる上の階に近づくにしたがって相手も警戒しているのか、明らかに一族の者と分かる動きをする者が増えていた。二人でいることが逆に怪しまれるかもしれないと、何かあれば動ける距離を保ちながら、二人は離れて歩いていた。
   
 五階へと続く階段にさしかかろうかという時、麻莉絵の背後から手が伸び、その首を捕らえられてしまった。
 考え事をして油断していたのが災いして、麻莉絵は一瞬出遅れ、首もとを腕で締め上げられる。
 絞められる力は、ある程度苦しいほどだが、加減がされているらしく息はなんとかできる。だが、その状況を喜んではいられないことは間違いない。
    
  「く......!」
 麻莉絵は必死で腕をどかそうとするが、びくともしない。

  「ねずみが入り込んでいると思ったら......、お前か。こんな変装までして、学芸会の延長か?」
 腕の主は麻莉絵のウイッグを抜き取りながら、心底可笑しそうに喉を鳴らして笑う。
  「この細い首もへし折ってやったら、あの冷血漢の御嵩もさすがに泣くかな......」
   
 身体の自由が奪われているために顔は見ることができないが、その声を、麻莉絵はよく知っていた。   
  「幸一......!」
 相手の名前を呼ぶ。
   
  「年長者を呼び捨てとは......御嵩は部下に礼儀も教えてないんだな」
 幸一は、麻莉絵の神経を逆なですると分かっていて皮肉を言う。
  「礼儀ならちゃんと教えてもらってるわ。礼を尽くすに値する人物であればきちんと礼を尽くしなさいとね」
 麻莉絵自身も皮肉を返しながら、一瞬瞳を閉じ、気合をこめた。次の瞬間、麻莉絵の起こした小さな電気による衝撃に、幸一は腕を押さえてうめいた。
  「子供だと思って油断しすぎよ。『年長者』だなんて偉そうにしてるから隙が生まれるのよ」
 麻莉絵は不敵な笑みを浮かべる。
   
 幸一は舌打ちした。   
  「あまりいい気になるなよ?お前なんて俺の気分次第でどうとでもできる状態なんだってこと、忘れてもらっては困る」
  「そんな使い古された台詞しか言えないのかしら、面白くない男ね」
 辛らつな言葉を吐き続ける麻莉絵に、幸一は心底嫌そうな顔をした。
   
  「お前といい、あいつといい、どうしてこう最近の高校生の女は鼻っ柱が強いんだかな」
  「あいつ?」
 麻莉絵の問いに、幸一はフンと鼻を鳴らす。
  「栃野岬だよ。お前はあいつを探しに来たんだろう?――あいつも散々癪に障ること言ってくれた。可愛くない女だ。まあ――ようやくおとなしくなったがな」
 幸一は、朝の岬の様子を思い出し、クックッと笑う。
  「――あんたってヤツは......!」
 麻莉絵が叫ぼうとした瞬間――
   
 ひゅんっ、という風を切る音と共に幸一のシャツが破れ、そこから見える生の腕には一筋の傷がつき、その傷から鮮血が散った。
      
 もしや、と麻莉絵が振り返ると、少し離れた場所にいた克也がこちらを見ていた。
 目深にかぶった帽子で表情は見えないが、今しがた風を起こした術の名残が、オーラとなって克也の手のひらに残っていた。
   

 克也が纏った一瞬のオーラの片鱗を幸一は見落とさなかった。
  「お前は......!もしや、竜の――!」
 幸一の表情がほんの一瞬驚きにこわばる。
   
  「バカッ!自ら正体晒すような真似をしてどうすんのよ!」
 麻莉絵は克也に向かって叫んだ。
 幸一の、岬を侮辱するような言葉に、どうしても我慢ができなかったという気持ちはよく分かる。克也がやらなければ自分がやっていたかもしれないことだ。
 だが、この場で二人とも見つかってしまうのは得策ではない。幸一の意識が自分に引きつけられている間に先に行って欲しいと思っていたのに。
   
 だが、
  「――俺が力を使う前から、とうに見抜かれていた」
 克也は麻莉絵に告げる。
   
 はっとして麻莉絵が辺りを見回すと、自分たちは既に、幸一の部下と思われる大勢の奈津河一族の術者たちに囲まれてしまっていた。

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