退けぬ思い(2)
午後十時。
以前、御嵩が蒼嗣克也を亡き者にすることを多くの一族の者たちの前で高らかに宣言した、御嵩邸の『大広間』へと、夜も遅いというのに大勢の一族が集まっていた。
召集命令が出たのは二時間前。
だが、御嵩が長の絶対命令を下さずとも、皆御嵩の屋敷へと、もっと早い時間から押しかけてきてはいた。
もちろん、彼らの目的は、昼間に起きた、一族に連なる中條喜一が院長を務めるグリーンタウン総合病院の爆発事故についての詳細を聞きたいのだ。
中條博は、現場の対応に忙しい中條喜一の代わりに、責任者としてその場に呼ばれていた。だが、詳しいことは口にするはずもなく、お茶を濁していた。
「お待たせしました」
彼らの長、中條御嵩の登場に、ざわついていた部屋が一気に静まる。
御嵩は一同をゆっくりと見回すと、口を開いた。
「今晩、皆様に集まっていただいたのは――、他でもない、本日午後に起きたグリーンタウン総合病院の爆発事故についてです。―― 一般人には、ガス爆発か何かだと思われているようですが、仮にも奈津河に名を連ねるあなたたちになら――お分かりでしょう。あれは、竜一族の、仕業です。」
再びあちこちで小さなざわめきが起きる。
「そして、今回の事件に大きく関わってくるのが、そこにいる博おじ様の長男であり、僕の従兄である中條幸一です。」
言い切る御嵩に、博は身体を硬くした。
部屋の中のざわめきは次第にまた大きくなった。
――『そういえば、ここに来ていない』と皆が口々に囁き合う。
「幸一は――亡くなりました。竜一族の長、蒼嗣克也の手によって。」
ざわめきが最高潮に達した。
驚愕に言葉を失う者、叫びだす者、啜り泣きを始める者、そして同情の瞳を博に向ける者等――、反応は様々だった。
「幸一は――宝刀の力の主である栃野岬を連れ去り、我がものにしようとしたのです。その結果、蒼嗣克也の怒りを買い――殺されたのです」
御嵩は岬の意識が壊されたことなどは、この者たちの前ではあえて言う気がなかった。また博にしてみても、連れ去った上に宝刀の力の主を使い物にならなくしたなど、自分たちの不利になることは、自ら言うわけにはいかなかった。
「博おじ様、愛息子の一人が亡くなり、さぞやお気を落とされていることでしょう。しばらくは悲しみで何も手に付かないかもしれませんね?」
そこで一旦御嵩は言葉を切る。
「どうでしょう?これを気に、息子の菩提を弔いながら、隠居などなさっては」
「いや、私は――!」
反論しかける博に、御嵩はにこりと笑いかける。
「幸一の行ったことは、僕をあまりにもないがしろにしてやしませんか? 一言の相談もありませんでしたよ?」
博はぐっと言葉に詰まる。
「幸一の不始末は父親であるあなたの不始末でもある。長である僕に対する不敬、甚だしい。――長を無視する幹部はいりません。ですから――、今この時から、あなたを奈津河幹部から外させていただきます」
冷ややかに、御嵩は言い放った。
その場が一気にどよめく。
こんな大勢の一族の者の前でここまで言われてしまったと言うことは、幹部はもとより、一族にから外されることと等しかった。二度と浮かび上がれない。
今、博の中では、悔しさと焦りが支配していた――。
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岬の鼓動を検知する規則的な電子音、そして酸素の送られる音を聞きながら、克也は青白い岬の頬にそっと触れた。温度調節のされたこの集中治療室にいてさえ、ひやりとした感触が指に伝わる。ぎりぎりの生命反応。
「岬......、お前を救える道があるのなら、俺は諦めない」
そう口にしておいて、自嘲気味に口元を緩ませる。
『岬を救う』というより、それは自分のエゴなのかもしれない。
目覚めれば岬はまた否応なしに戦いに巻き込まれる。
意識を失ったままなら、宝刀の力も静かに眠りにつくことになる。少なくとも岬の命が尽きるまでは。
このまま、意識を完全に失ったまま、一族の争いとは無縁の場所で暮らした方が、ある意味岬にとっては幸せなのかもしれない、とも思う。
「でも俺は、たとえエゴだと言われようと――元のお前に、もう一度会いたいんだよ......」
『生きていてくれるだけでいい』――、真実そう思ったはずなのに、希望があると分かった途端に心にわきあがった更なる欲望。
その顔が満面の笑みを浮かべ、その唇が自分の名を呼び、その腕が、指が、自分に触れることを、切望してしまう。
与えられるがまま、されるがままの人形としてではなく、自分の意思を持った『人間』として、今を『本来の岬らしく』生きて欲しい。
「岬は、岬らしく――、俺の、そばにいて欲しい」
いつかも岬に伝えた言葉。けれどその時より強い思いでそれを口にし、克也は椅子からそっと立ち上がった。
集中治療室から出てきた克也の目の前に、尚吾が立つ。
決意を秘めた目を尚吾はまっすぐに見つめる。
「もう、決めたんだな?」
何を、とは聞かなかった。分かっていたから。
克也も無言で頷いた。
「お前が、Paradiseを打ち消すとされる薬を手に入れに行くというのなら止めはしない。だがな――」
尚吾は克也の肩に手をかける。
「俺も一緒に行く。そうじゃなきゃ行かせない」
克也が一度息を止めるのが分かる。
しばしの沈黙の後、克也はため息と共に口を開く。
「お前も、止めたってついてくるんだろ?」
そんな克也に尚吾はにやりと笑う。
「よく分かってんじゃん」
何年付き合ってると思ってるんだよ、と克也がごちたが、その表情は明るかった。
そして――準備を整え、二人は、夜の街を歩いた。。
昨日から、二人ともほとんどまともに寝ていない。だが、歩みを止めることはなかった。
向かう先は中條喜一の病院。
まだ事故の対応が終わっていないこと、そして喜一の病院への執着が強いことなどから、私邸ではなく、喜一はそこにいるだろうと、克也も尚吾も意見が一致した。
ある意味賭けだったが、的を射ているような気がしていた。
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集中治療室のガラス窓の前で利衛子は、中条喜一のもとへと向かう克也と尚吾へと思いを馳せる。
『克也たちのいない間、代わりに岬ちゃんは命に代えても守る。だから、必ず生きて帰って来て』
普段、神に祈りをささげるようなことはめったにない。
この世に本当に神様がいるなら、失わなくても良かった命がたくさんあった、そう思ってしまうから。
だが、今、利衛子は本気で祈った。
―― どうか、克也と岬が、そして二人を応援する皆が幸せになる道が拓けますように ――