継承(4)
甲高い声が響いた。
「竜季たちの仇!お前が若様の横に並び立つなんて許せない!」
その声と同時に、岬に向かって光の刃が放たれる――
それが、なぜ岬に見えたのかは分からない。
本能か、それとも岬の能力か。
けれど確かに見えた。
なのに、動けなかった。
蛇ににらまれた蛙のように。
――貫かれる――!
「岬っ!」
克也が何かを投げるように腕を一振りし、袖を翻した。
何もできないままその場に立ち尽くす岬の前で克也の放った蒼い光が岬を守るように一面に広がり、飛んできた光の刃をはじき、刃は霧散した。
無傷だったが、すでに老人が腕を離していたため、足の力が抜けた岬は椅子に崩れるように座り込んだ。
その場は騒然としていた。
刃を放った本人だろうか、女性がまだ何か叫んでいる。
呆然とする岬の前に克也が息切らしながらたどり着く。
岬が顔を上げた瞬間。
「何でここにいるんだ!ここはお前にとって敵陣なんだぞ!?不用意に近づくんじゃない!」
克也の怒鳴り声に、さらに岬は凍りついた。
すっかり怯えている岬の様子に、克也ははっとしたように口をつぐむ。
続いて何かを言いたそうにして、さらにそばに寄ろうとした時、克也の背後でお付の者らしい男が声をかける。
「長、お時間が......、早くお戻りください。」
その声に、克也は声の主の方を振り向きかけたが、すぐに岬の方に向き直ろうとする。
「お戻りを」
そんな克也に、男が語気を強めた。
宝刀の力の持ち主であること以外に価値のない敵方の娘のことなど放っておけということか。
しぶる克也の背後でもう一人、違う男の声がした。
岬もよく知る声。
「お前はこの後も挨拶回りやなにやらスケジュール詰まってるんだろ?――岬ちゃんは、この俺が責任を持って家に送り届ける」
「――尚吾」
相手の名を呼んで克也は今度こそ振り向いた。
「もちろん、俺のことは信用してくれるよな?」
利由は笑って肩をすくめる。
数秒の沈黙の後、
「......ああ、頼む」
一言だけ言って克也はうつむき、名残惜しそうに一度岬の方を見たきり、踵を返して階段を下りていく。
その後姿を岬は動けぬまま、呆然と見送った。
「ってことで、長に直々に頼まれましたんで、その娘をこちらに渡していただけますか?氷見様。いくら氷見様でも、この場で長の意向に背いてはよろしくないと思いますよ?」
会場の熱気。
少なくとも今日、この場では、一族のまなざしは若き長への期待で満ち溢れている。
その長に背く意があると思われれば、立場が悪くなるというのだ。
「ふん」
氷見は鼻を鳴らして悔しそうにその場を後にする。
長い白髪が忙しく揺れる。
「岬ちゃん、出よう。」
利由は優しく手を差し伸べた。
岬はやっとのことでうなずくと、ふらふらと立ち上がり、利由の手をとる。
講堂の外に利由に支えられるようにして出る。
そのまま、利由に付き添われて、先刻氷見に声をかけられた門を出る。
あたりは会場内のあの熱気とは別世界のように、静けさを保っていた。
清清しい空気が胸に送り込まれ、岬は反射的に大きく息を吸った。
その途端、空気と一緒に何か言いようのない複雑な感情が胸に押し寄せてきて、岬は思わず両手で口を覆った。
「う...っ、――うう――」
目から大粒の涙が、口からは嗚咽が、次々とあふれてくるのを岬は止めることができず、その場にしゃがみこんだ。
「岬ちゃん......」
利由もしゃがみこんで、肩をさすってくれる。
その手が温かくて、さらに感情の波が押し寄せる。
長い白髪の老人、氷見に脅されたこと。
誰かから殺意を向けられたこと。
そして、それだけでも十分岬には衝撃だったのに、さらに克也に怒鳴られたこと。
全てが、ショックだった。