罪の重さ(1)

 利由が克也のアパートを訪ねていた頃――


 岬はダイニングの椅子でココアを飲んでいた。
 今日、父は夜勤の日。
 そして姉は、恋人と旅行中だ。岬の世話があるからとしぶる姉に、せっかくの連休だからと岬が薦めたのだ。
 だから岬は一人で、昼間、自分に向かって光の刃を放った女性がいたことを思い出していた。


 克也に怒鳴られたショックで忘れていたが、思い出した途端、彼女が言っていた言葉が岬の耳について離れなくなった。


  『リュウキたちの仇(かたき)』


 確かにそう聞こえた。


 『リュウキ』――その名前に岬は聞き覚えがあった。


 以前、御嵩に言われるまま、将高と麻莉絵と共に竜一族の三人の男と対峙した時。その男たちが言っていた言葉。

 『リュウキさんの恨み』


 ふたつの『リュウキ』は同じ人物なのではないだろうか?


 実はあの頃の岬の記憶は、御嵩の術にかかっていたせいで曖昧で、はっきりとしていない。でも確か、圭美が重傷を負ったあの事件の時に将高に殺されたのが『リュウキ』。あの三人はその部下なのだと説明を受けた気がする。


 きっとあの三人にとって、『リュウキ』という人物は大切な存在だったはず。
 大切な存在を奪われたなら、誰だってその存在を消した人物を恨む。仇をとりたいと思うのは当たり前だ。 自分が、圭美をあんなことにした巽志朗を恨むのと同じように。


 昨日の女性は自分のことを仇だと言った。
 だとしたら、知らずのうちに自分も『リュウキ』に対して何かしたのだろうか。
 だが、何度考えても思い当たることがない。
 ということは、奈津河一族というだけで『仇』の一人になってしまうということなのか。


 ――そこで何か引っかかりを覚えて、岬は立ちあがろうとした。

 その時。

 何が重いもので一気に全身を殴られたような衝撃を覚えて、岬はその場に崩れ落ちた。
 立ち上がろうとしても、全身が床に押し付けられているようで、立ち上がることができない。


  「う......っ」
 声も満足に出すことがままならないほどの圧力に、息すらも自由にならず、岬は背中に冷や汗が伝うのを感じる。


  「た、すけ......」
 助けを呼んだところで、こんなかすかな声では近隣にも聞こえない。
 しかも、今日は運の悪いことに姉も父もいないのだ。


  「おね、ちゃ、おと、......さ......」
 呼んでも意味がないのに、いつもこの空間にいるはずの存在を無意識に探して岬は口にする。
 もちろんあたりはそれでも静寂に包まれたままだ。 


  「か、......っ......や」
 まぶたに映る愛しい人の名を岬は叫ぶ――いや、叫んだつもりだったが、それは言葉としてきちんとした形にならなかった。
 空に手を伸ばす。うまく力が入らないせいで伸ばした腕ががくがくと震える。

 次の瞬間、強烈な思念が岬の耳に届き、岬はとっさに震える手で耳をふさいだ。

  『――若様をたぶらかし、私の同志を亡き者にした悪魔!その部屋から出てきなさい!』

 近くに誰の気配もないのに、まるですぐ横で誰かが言っているように、耳に直接響く。


 『若様』という言葉に、岬ははっとした。
 その言い方には聞き覚えがあった。
 昼間、継承式のあの会場で、自分に向けられた憎しみに満ちた言葉。


  『リュウキたちの仇!お前が若様の横に並び立つなんて許せない!』
 それと同じ言い方。


  『まさか......』
 あまりの苦しさに這って玄関に向かう。


  『そこから出てきたら屋上にいらっしゃい。少し力を緩めてあげるから』
 どこか愉快そうな響きを持って、相手は岬に語りかけた。

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