【幕間3】Dear My Friend(5)
やがて、静かに岬は涙を自分の手の甲で拭った。拭いきれない頬の涙が、病室に射しかかる陽の光を反射する。
「もう、大丈夫、だよ」
まだ指先は冷えたままだったが、岬は懸命に体中に力を入れて立ち上がる。
心配そうな克也が、少しためらいながら腕を離した。
そして、一歩一歩を噛みしめるように、岬は圭美のベッドの脇まで歩み寄る。
そして、「圭美」と、微笑んだ。
ベッドの上に横たわる圭美にはタオルケットが胸の辺りまで掛けられている。だが、腕に点滴用のルートがとられているため、腕だけは外に出ていた。今はそのルートは何にもつなげられておらず、青白く細い腕の関節の近くでぐるりと巻かれて留められていた。
岬は圭美の枕元にあったパイプ椅子へと腰を下ろすと、圭美の手をやさしく両手で包み込む。
「圭美が、ものすごい力を振り絞って、あたしのことを晶子に、克也に、知らせてくれたんだね」
圭美は見た目には眠ったままだ。だが、岬はある『確信』を持って語りかける。
「あたし、圭美をいっぱい傷つけた。もっと圭美とちゃんと話をするべきだったのに、逃げてた――」
岬は心が軋むのを感じた。圭美とのことを思うと、未だに苦い思いを感じずにはいられない。岬の心に反応するように、わずかな動きに反応してパイプ椅子が、ぎしり、と鳴る。
「あたし、許してなんて言える立場じゃないことも分かってる。それでも―― あたし、。圭美は、あんなに苦しい思いしたのに、それでも、あたしを助けようとしてくれたの?あたしは、圭美のことを救えなかったのに、それなのに―― 圭美は、あたしを救ってくれたんだね......」
そう岬が言った瞬間、わずかに、圭美の口元が少しだけ動いたような気がした。まるで微笑むかかのように。
『そういえば、前にも――』
――前にも、こんなことがあったと、思い当たった。
あの時だ、と思う。
幸一に拉致される直前、岬の語りかけに、圭美が反応してくれたような気がしていた。
だが、その後すぐにあんなことになって、すっかり記憶から消えてしまっていた。
「あたし―― 少しは......許されたと......あなたに許してもらえたと――、思って、いいのかな......?」
ぴくりと圭美の指が動き、岬ははっとする。
「けい、み......?」
確かめるように、名を呼ぶ。
思わず岬は腰を浮かせ目を瞠ると、岬の手のひらの中で、もう一度圭美の指がぴくりと動く。それは反射反応と言うものではなく、意思を持っていることが分かるほどの確かな動きだった。
途端に、再び岬の瞳に涙が溜まってゆき――留められない雫があふれて流れ落ちた。
「ありがとう、―― 本当にありがとう、っ!」
圭美の手をぎゅ、と握る。あまりにも感情が高ぶりすぎて、手が震えた。
「あたし、頑張る。圭美が頑張ってくれてるように、あたしも自分の闘いから逃げたりしないで、頑張るよ」
その時――、
あまりに唐突過ぎて、岬は動くこともできず、ただ呆然と『その光景』を見つめた。
圭美の瞳が、うっすらと開かれていた――。
その瞳は、岬を真っ直ぐに見ている。
そして――今度こそ確かに、岬に向かって微笑んだ――。
「先生......!」
それまでドアの外で見守っていた高島が精神科の医師を振り返る。高島の横では、やはり晶子が口元に手を当てて目を瞠ったまま、固まっている。
少し離れた場所にいた克也と尚吾も驚きを隠せずに顔を見合わせ、岬に同行していた精神科の医師が、慌てて圭美の担当の医師を呼びに病室を出て行った。