賭け(6)

  「少しの時間だけでもお二人の休養の場になればいいのですが......」
 涼真は静かに呟く。
 涼真の説明によると、今は結界の中にいるせいで外の音だけが聞こえ、こちらからの音はほとんど結界の外に聞こえなくなっているのだという。ただし、結界自体がそれほど強度がないため、力の強い鷹乃にいつ見破られるか分からないらしい。
   
  「これでも昔はもう少し強い結界が張れたのですけどね。今はこうしてお二人を一時的に隠すのが精一杯です」
 涼真が苦笑した。
 奈津河一族にしても竜一族にしても、『術者』と言われる、特殊な術力を持つ者は一族の中でもほんの一握りに過ぎず、さらにその術者のほとんどは、歳をとると、一部の者をのぞいて、その力を失っていくのだという。
 涼真の複雑そうな表情を見ながら、岬は思う。
  『涼真さんも、水皇さんの片腕として働いていたわけだから......若い頃はきっともっと術力は強かったんだろうなあ』     
 そんな考えにふけっていると、すぐ近くに鷹乃の声がしたような気がして、岬はびくりと体を震わせる。
   
  『逃げ回っているだけじゃ、体力勝負でしかない。こちらの体力が尽きるのを鷹乃は嗤って待っているだけ。今ここで休んだところで、もともと調子の悪い克也にはあまり効果がないよね......。せめてこちら側から攻撃ができれば―― 』
 そう思ってちらりと少し遠くを見やった。そこには雁乃と攻防を繰り広げる尚吾と利衛子が見えた。まともな攻撃ができそうな二人は今、雁乃を相手にしている最中だ。すぐに片がつくと思われた雁乃の相手は、尚吾と利衛子の二人がかりでも思いのほか苦戦しているようだった。   
  『前に、雁乃の力はたいしたことないと聞いた気がするけど......、思ったよりも強かったということ?』   
 今ここに涼真がいなかったらと仮定すると、その時自分たちがどうなっていたかとぞっとする。
   
 そんな岬の横で、涼真も不可解さに首をひねる。
 吉沢雁乃は幹部ではない。だが今使っている力は、竜の幹部である尚吾と利衛子をまとめて相手してもひけをとらないほどだった。尚吾と利衛子は、長である克也と歳が近いということもあって選ばれた幹部ではあるが、もちろん実力の面でも他の幹部と遜色ないほどの力を持っている。それなのに、奈津河の幹部でもない雁乃一人にこれだけ苦戦させられているというのはどういうことなのか。
 昨今の闘いの様子を考えても、奈津河の幹部と竜の幹部でそれほどの実力の差があるとも思えない。
 あらかじめ、奈津河の幹部である鷹乃の力を借りたのだと仮定したとしても、鷹乃にそれほどまでの力があるとも思えなかった。
 そもそも力を分けるということ自体、誰にでもどんな状況ででもできることではない。力を受けることのできる者は限られているし、当然だが、貸す方が持っている能力以上の力は貸すことができないため、他人に力を貸し与えた場合は自分の使える力が一時的とはいえその分減る。だから他人に力を貸すという行為は、力に相当余裕がないとできないことなのだ。
 ましてや、鷹乃は今、岬たちの相手もしている最中だ。自分も闘いで力を発揮しながら、一方で雁乃に貸してあれほどの力をほどの力が鷹乃にあるとはとても思えない。
 しかも借りた力を発揮している間は、借りた方は自分自身の力を使用することができなくなる。借りた力は自分の力と足し算して使うことは不可能なのだ。
   
 ―― と、
 おもむろに雁乃の隣に鷹乃が並んだ。
  「蒼嗣克也、栃野岬......どこかこのあたりにはいるんでしょう?出てこないとこんなことしてしまいますよ」
 その瞬間、尚吾と利衛子が頭を押さえて苦しみだした。何かに苦悶しているようだった。
  「あなたたちが出てこないのならばまず手始めにこの二人を殺してやります」
   
 すぐにでも立ち上がろうとした岬の手を涼真が引き戻した。
  「いけません、。あの二人はもともとお二人を守る立場にある者。自分たちのためにお二人の身を危険さらすことは、あの二人も望みません」
  「でも......」
 食い下がろうとする岬の腕に、傍らに座る克也の震えが伝わってくる。精神が幼い頃に戻ってしまった克也には、確かにこの状況は厳しいのだろう。
   
  『いつも先輩や利衛さんにも守ってもらってばかりなのに、あたしは、二人のピンチにも何もできないなんて――。あたしにも、闘える力があれば......』
 岬は唇を噛みしめる。
    
 幸一によって無理やり薬を打たれてから再びきちんと意識が戻るまでの間に、自分は着物姿の柚沙という少女にに会った。
柚沙は以前、宝刀の力を自分の死を持って封印しようとして失敗し、今は宝刀の力と共に岬の中に眠っている。
 その柚沙によると、岬の本来の力は古くは『刀守』と呼ばれた者たちが持つ力で、宝刀の力を守り収めるための力だという。幸一に操られて克也へと宝刀の力の矛先を向けようとしてしまった時には、その刀守の力が強まった状態で発揮できたため、宝刀の力の暴走を止めることができたのだろうということだった。けれど、それはその状況で偶然に近い形で発揮できたものだし、やろうとしてすぐにできることではない。
  『自分の意思で制御ができない力なんて、肝心な時に役に立たないじゃない』
 言っても仕方がないと分かっていても、つい毒を吐きそうになる。
   
 そんな時、苦しんでいた利衛子がふらりとよろけながらも顔を上げ、岬ははっとした。
   
  「――っ、あ......たしたちは......、曲がりなりにも、竜一族の―― 幹部だ!あたしたちを、......なめんじゃないよっ!」
 そう言って、利衛子は胸の辺りで組んだ腕を瞬間的に鷹乃に向け、その手のひらから光を放つ。その光は瞬時にして鷹乃を襲った。
 ―― 一瞬、鷹乃が目を瞠った気がした。そして次の瞬間、突然鷹乃が雁乃のそばから消えた。
   
  「え?」
 ありえない展開に利衛子が目を丸くした。
   
 雁乃が呆然と呟き、動きを止める。
 その瞬間、尚吾たちを苦しめていた力も途切れたのかもしれない。すかさず尚吾が雁乃の背後へと跳んで回りこみ、雁乃の腕を後ろ手に押さえ、地面へと押さえ込んだ。
  「利由......」
 悔しそうに顔をゆがめ、雁乃は尚吾を睨みつける。
 しばらくもがいていたが、やがて大きくひとつため息をつくと抵抗を止めた。
  「あーあ。こうなっちゃったらあたしの負けだあ。姉さまと『繋がれ』なくなっちゃったら、あんたたちにかなうわけないもん」
 半ば投げやりのように言う。
   
  「どういうことだ?」
 思わず尚吾が聞くと、雁乃はぷい、と視線を逸らした。
  「さあね。――ちょっとお!もう抵抗はしないから手を放してよ」
 手を拘束したままの尚吾に向かい、雁乃はわずらわしそうな瞳を向ける。
  「そうはいくか。お前にはしばらくこのままの状態でいてもらう。お前は鷹乃の弱点らしいからな」
  「お姉さまは強いよ。あたしなんか人質にしたって意味ないよ」
 ふてくされたような表情で雁乃は答える。
   
 やがて、雁乃の視線が何かを捕らえ、微笑む。
 尚吾も利衛子もとっさに身構えた。
   
  「鷹乃姉さま!」
 雁乃はその『対象』に向かって嬉しそうに声を上げた。   
 雁乃の視線の先には―― 、鷹乃が怒りに拳を震わせて立っていた。   
 
 鷹乃の姿を瞳に捕らえた瞬間、尚吾は片手で雁乃の両手を掴んだまま、後ろから雁乃の首へともう片方の手を回して自分へと引き寄せた。
 雁乃が息を呑むのが分かった。少しだけ震えているようだった。
      
  「よくも......あたしのかわいい雁乃を......!ちょっと!雁乃は、そういうの、一番ダメなのよ!」
  「へえ、こいつの弱点はそういうことか」
 尚吾はにやりと笑う。
  「卑怯なやり方ね!」
 声を荒げる鷹乃に、尚吾は冷ややかに笑った。
  「卑怯?そんな言葉がお前から出るとは思わなかったよ。―― 卑怯なのはそっちだろ?長―― 克也の一番きつい記憶をあんな風に利用したお前の方こそ卑怯だろ。俺は普段は女の子には優しくするのが信条だけど、長の心を弄んだお前たちには容赦はしない。悪いけど俺は長と違って優しくはないからな。卑怯で結構。もしもこういうのがこいつの弱点なら、利用させてもらう」
 そう言って、怯えた表情の雁乃をより自分へと―― まるで抱きしめるように、寄せた。
   
   
  「こんのお......」
 鷹乃が声を震わせた。
 怒りのオーラが背中から立ち上る。
   
 ぞくり、と悪寒を感じ、岬は背後の克也を振り返った。
 その、瞬間。
   
 地の底から、何かが這うような低く不気味な音が響き、結界の中にまで振動が伝わる。
 岬はとっさに克也を抱きしめる。
   
  「いけない......!このままじゃ......」
 そう涼真が声を発した瞬間に―― 何か大きなものが弾けとぶような衝撃を体全体に感じ、岬は克也と共にその場から弾き飛ばされた。

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