賭け(9)
岬が意識を失う直前、克也の体が蒼く光り始めた。
やがてその光は勢い良く全身から吹き出し、一度、一際まばゆく克也の全身を包んだ。
その瞬間――
「岬っ!」
力強い声で克也は岬の名を呼んだ。
だが、岬はそのまま克也の腕の中へと倒れこむ。
****** ******
岬が気を失うのと同時に鷹乃も、全身に電気ショックを与えられたような衝撃を受けてその場に膝から崩れ落ちた。
「な...に......?」
鷹乃は目を瞠った。
「あの女にかけていた術が......急に切断された......?」
呆然と呟く。
『あともう少しで栃野岬を殺せるところだったのに......』
忌々しく思いながら顔を上げると、意識を手離した宝刀の力の主をその両腕で抱き上げて立つ、蒼嗣克也がいた。
「まさか、そんな――」
鷹乃は、自分の額から冷や汗がぶわりと吹き出すのを感じた。
ひとつの可能性を考えずにはいられない。
―― あるはずのなかった事態。
目の前の男―― 蒼嗣克也は未だ肩で息をしてはいたが、その様子は先ほどよりかなりしっかりとしていた。真っ直ぐに鷹乃を見据える瞳も、ずいぶんと落ち着いている。
「闇獏の気配も......今の一瞬で消えた。もしや、あなたは――」
半信半疑でそう口にした鷹乃の言葉を受け、目の前の瞳が動いた。
****** ******
「ようやく『戻って』こられた」
口元に僅かな笑みさえ浮かべ、克也が答える。
「お前のおかげでえらい目に遭った。そのツケはきちんと払ってもらう」
そう言った瞬間、岬を抱きかかえる克也の周りの空気がごおっという音を立てて勢い良く動いた。
ガラスが砕けるような音を立て、周りの景色が一変する。
鷹乃の創り出した結界が崩された音だった。
その途端に、
「克也!」
突然現れた克也たちに驚いたのか、尚吾と利衛子の声が同時に響いた。
利衛子は克也のもとに駆け寄り、その腕の中の岬を見て驚きの声を上げる。
「岬ちゃん!どうしたの?大丈夫――!?一体何が......」
目を閉じたままの岬の額に手をやる。
「気を失っているだけだ」
岬を気遣う利衛子の頭上から聞こえたしっかりとした克也の声に、利衛子ははっとしたように顔を上げた。
「鷹乃の術にかかって殺されそうになった。でも、寸でのところで俺が術をはね返したからしばらく休めば目を覚ますはずだ。―― 岬を、頼む」
そう言って、手を出した利衛子の腕へと岬を預ける克也の姿に、利衛子も尚吾も目を瞠る。
「克也、お前――?」
いぶかしむような尚吾の視線に、克也は僅かに笑った。
「もう、大丈夫だ。―― 戻ってきた」
その言葉で全てを理解した二人の顔に、安堵の色が広がる。
「克也、元に戻ったんだね!」
表情を輝かせた利衛子の言葉に克也は頷いた。だが、すぐに克也は表情を厳しくする。
「だが、まだ安心するのは早い。とにかく今は『あいつ』と決着をつけなければいけない。今、あいつを俺の結界に閉じ込めてるから」
克也の言う『あいつ』が誰なのかは明白だった。
「あいつ、とは―― 鷹乃のことか?」
「ああ」
尚吾の問いかけに、克也は視線を空に置いたまま答える。
そのまま踵を返す克也を尚吾は呼び止めた。
「俺も連れて行けよ」
そんな尚吾に、克也も一旦足を止めて振り返った。
「いや......いい。今はあっちも一人のはずだ」
「え?」
「吉沢雁乃の気配がない」
克也の言葉に尚吾は眉根を寄せた。
「気配が無いというのは、存在が消えたということか?―― 岬ちゃんの力が働いたのか?」
克也は無言だが、それが目の前の男の返答でもあるということを尚吾は知っている。
尚吾にはひとつ心当たりというか、気になることがあった。
「お前がどこまで分かっているのか知らないけど、さっき、俺たちが捕まえていた雁乃が急に姿を消したんだ。姉の―― 鷹乃を助けにいくと微笑みながら、文字通り突然消えた。その時鷹乃の代わりに雁乃が代わりになったのか?宝刀の力が定めた目標を違えるなんてそんなことがありうるのか?」
「......分からない。でも、事実今、鷹乃は一人だ」
「隠れてるだけじゃないのか?んで、油断さておいて二人でお前を不意打ちにするとか。あいつ、おかしいんだよ。普通じゃ考えられないほど強い。なにかからくりがあるに違いないんだ」
「ありがとう。でも本当にいいんだ」
「お前は、甘い!甘すぎる!!」
まくし立てる尚吾に、克也は肩をすくめた。
「鷹乃相手に俺が負けると思うか?」
やけに挑戦的な瞳をして克也は不敵に笑う。こんな表情は克也には珍しい。
目を瞠る尚吾の肩を克也はぽんと叩いた。
「今回のことでは、俺もかなり頭にきてるから」
そう笑って、克也は結界の向こうに消えた。
「なんか、雰囲気微妙に変わったなあいつ......なんかが吹っ切れたみたいな」
利衛子に抱えられている岬に目を落としながら尚吾は呟いた。