恋情の行く先(3)

 麗華は大またで門をくぐりながら、恭しく頭をたれて自分を送り出してくれる使用人に礼を言い、また前を向く。
   
 妹の指摘に、思ったよりも動揺している自分がいた。
 あのままいたら、鋭い妹の前では全てが綻び、表に出してはならない想いが全て露呈してしまったかもしれない。だから、できるだけ何事もなかったように、不自然なほどゆっくりとその場を離れるしかなかった。
   
   
 自分の想いに封をしたのはいつだったか――。  
 妹の婚約者なのだからと自らに言い聞かせた。けれど、自分が望んだことなのに苦しくて。
   
 ―― あれからもう長い時が経った。
   
   
  『もう、大丈夫だと思っていたのに』
 こんな風に、ちょっとのことで蓋をしていたはずの想いが零れ落ちてしまう。
 麗華は両腕で自分自身を掻き抱くと、ぶるり、と身を振るわせた。
 今は真夏。寒いわけではない。けれど、御嵩のことを思うとすぐにあの日に還ってしまう自分がいる。
   
 御嵩と初めて会ったのは、とある雪の日。
 傷つき、凍えそうな瞳を抱えて震えていた彼に、思わず傘を差しかけていた。
 まだ幼かった自分たち。
 運命に抗うこともできず、かといって素直に受け入れることもできなかった。けれどあの時感じたお互いのぬくもりは、未来への強い決意を固めさせた。
   
  『あの時、なぜか私は会ったばかりの御嵩にずっと付いていきたいと思った』
 世間ではそれを一目惚れ、とでもいうのかもしれない。
   
  ―― まだ自分の本当の運命を知る前の私が、抱いた淡い想い ――
   
   
 ぐるぐると目の前に様々な出来事が浮かんでは消える。
   
   
 そうしながら、麗華はいつしか我を忘れていた。
 瞳にたくさんの物を映しながらも、考えるのは別のことだった。
   
 そんな時間をどのくらい過ごしただろうか。
 はたと麗華は立ち止まった。
   
  「あ......」
 見覚えのある風景。急激に目の前のものが意味のある物として映る。
   
  「いけない、私としたことが―― 」
 思わず一人、苦笑する。
 気がついたら足が向いていた先は――
   
  『ここは御嵩の――』
   
 中條御嵩邸の、蔦の絡みついた高い壁を呆然と見上げる。
 切なさが心に迫って、瞬きをするたびに瞳の水分が増えるのを感じる。
   
 ―― その時だった。
   
  「麗華?」
   
 突然耳に届いた声に、麗華は一瞬自分が夢を見ているのではないかという錯覚に陥った。
 ここが現実かどうかを確かめるため、ゆっくりと声のしたほうへと首をめぐらせる。
 その視線の先に映った人物に、やはり自分は夢の中にいるのではないかと疑ってしまう。
   
  「み、たけ......?」
 麗華は呆然と名を呼んだ。
   
 信じられない。   
 嬉しいのか、そうでないのか、分からなくなっている自分が居た。
   
  「こんなところで麗華に会えるなんてね。今日はついてるかも」
 にこりと微笑む御嵩に対し、多分自分は今、うまく笑えていない。
   
  「もしかして僕に何か用だった?―― なーんて、そんなわけないか......」
 肩をすくめる御嵩に、何と答えたらいいのか分からず、麗華は口を中途半端に開けたまま固まった。こんなことはめったにないことだった。
  「あれえ?麗華、今日は本当に変だよ。熱でもあるの?」
 そう言って麗華の額へと御嵩の指が伸ばされる。
 ひやりとした感覚。
  「いいえ、大丈夫よ。ちょっと考え事をしながら歩いていたから......」
 ようやく自然に微笑むことができた気がする。
 その途端――、
 目の前に真剣な表情の御嵩がいた。
 ようやく冷静さを取り戻したはずの自分の心臓が早鐘を打ち始める。
   
  「今日、麗華にここで会えたことは、運命なのかも」
 そう言って、御嵩は自らの指を額から麗華の頬へと滑らせる。
  「―― 何を言ってるの。あなたはいつも大げさなんだから。そうやっていつも女の子を口説くの?―― 悠華が泣くからやめなさいよ」
 熱を帯びた頬に気づかぬ振りをして麗華は笑い、すっと後ろへ退いて御嵩の指から逃れようとした。
 だが御嵩はそのまま麗華の後頭部へと手を伸ばし、自分の肩へと強引に引き寄せた。
   
  「いよいよ、僕は本格的に動くよ」   
  「―― え?」
 御嵩があまりにさらりと事も無げに言うものだから、思わず麗華は抵抗を止めて疑問符を唇に乗せた。だが、本当はすぐにぴんと来ていた。
   
 そして麗華の予想通り、御嵩の端正な唇から決意の言葉が紡がれる。
   
  「宝刀の力を、この手に取り戻すよ」
   
 そう呟く御嵩の腕を、麗華は振りほどくのを忘れた。
 そのままの体勢から動こうとしない御嵩に、   
  「怖いの?」
 思わず麗華は尋ねた。
 一瞬の間の後、
  「どうしてそう思うの?」
 声だけが頭上から降ってくる。
   
  「だって、何だか御嵩の雰囲気が『あの時』を思わせるから。―― って、それは私の思い込みなのかもしれないわね。ちょうどその時のことを私が思い出していたから」
  「『あの時』?」
  「―― 御嵩に、初めて会った『あの時』よ」
  「ふうん......」
 御嵩の声はどこか含みのあるものだった。
   
  「あの時の僕には、何もなかった。でも、あの時に僕は決めた。僕は登りつめると。誰にも負けない真の長になるって。そしてここまできた。―― 後一歩なんだ。後は宝刀の力さえ手に入れば―― もう、誰にも文句は言わせない」
   
 そう言って、御嵩は麗華を引き寄せる指にさらに力を込めた。

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