ダブルの記憶(2)

 朝食の知らせを受ける前に、岬は着替えをしに自分の部屋に戻った。
 夏の朝は早い。まだ六時を回ったばかりだというのにすでに日は高く、空調の効いたこの屋敷内でもじりじりとした空気が窓から伝わってくるようだ。
   
  「はあー......」
 岬の口から自然と長い息が漏れた。
 昨夜から先ほどまで――、克也の部屋であった出来事。幸せすぎて、全てが夢だったのではないかと思ってしまうほど。
 パジャマ代わりにしていたやわらかい生地のシャツをを脱いだところで、ふと部屋の隅にある鏡に自分の姿が映っているのを何気なく見やった岬は――、
   
  「......っ!?」
 『あるもの』を見つけ、岬は息が止まりそうになった。
   
  『こ...これって......』
 
 自分の首元に一箇所、紅い『印』があり、心当たりがありすぎる岬は、思わずその場所をぱっと手で押さえた。
 慌しく刻む鼓動が収まらず、体全体が熱を持ってしまったように熱い。
   
  「ど、どうしようっ!着替えるのはTシャツにしようと思ってたけど、それじゃ『コレ』隠せないじゃんっ」
 慌ててタンスの中を漁り、なるべく首元が隠れそうな紺のボーダーのポロシャツを引っ張り出す。
 そのポロシャツを着て、もう一度鏡を確認するが、微妙に隠れるような隠れないような――......。
  『一応普通にしてると隠れるけどっ......、ちょっと動くと見えちゃうかも......』
   
 その微妙な見え方をしている『印』に、ふと昨夜の出来事を思い出す。
 岬の背中の傷を克也が思いやってくれたために、最後まではいかなかったが、より進んだ関係になったことは確かだった。
   
  『なのに、嫌じゃないのが、不思議だよね......』
 上半身下着姿で克也の前にいた自分を思い出し、岬は両手で火照った頬を抑える。
   
 もちろんその時は本能的に、未知の領域に足を踏み入れることに『怖い』という気持ちもないわけではなかったけれど――、今はそれよりも克也との距離がより縮まったような気がして、嬉しい気持ちが大きい。
   
 とはいえ、行為自体は客観的に思い出してみると恥ずかしいことこの上なく――。
  『やっぱり恥ずかしいよー!』
 ひとり、じたばたしていると、扉をノックする音がした。
   
  「はっ、はーいっ!」
 返事をすると向こうから利衛子の声が聞こえ、岬は慌ててドアを開ける。

  「克也に聞いたら自分の部屋に帰ったって聞いたから......。朝食できたって!一緒に行こう」
  「はっ、はいっ」
 返事の声が何となく裏返ってしまった気がする。
 どこか不自然な動きになってしまうのを、岬自身もどうすることもできなかった。
 その時―― 岬は利衛子の強い視線を感じた。
   
  「岬ちゃん......それ......」
  「え?」
 きょとんとして聞き返すと、利衛子の視線は一直線に自分の首の辺りに来ている。
   
  『や、やっぱり!?』
 瞬間、思わず岬は首を押さえてうずくまった。
   「な、なんでもないです、なんでも!」
 ふるふると首を振る。
   
  「......あたし......、何も言ってないけど?」
 利衛子はにやにやと意味ありげな笑みを浮かべている。
   
 岬は頭の中で『サーッ』という血の気の引く音を感じた気がした。
   
  「さっき会ってきた克也もなんとなく様子がおかしかったんだよね。あの子をいじるのも面白かったけど、あの子、肝心なところで頑なに口を割らないんだよねー。その点、岬ちゃんなら、本当のことをちゃーんと教えてくれるよねえ?」
  「ほ、本当のこと......とは......」
 うずくまった体勢のまま、上目遣いで岬は恐る恐る利衛子に尋ねた。
   
 間髪をいれずに、利衛子は
  「そりゃあ、克也とどこまでいったかよ!――その分だとついにいくとこまでいっちゃったってことかな?」
 と言ってにっこりと笑う。
  「い、いくとこまで、って......」
 利衛子のどぎつい推察に、岬の口からは今にも心臓が飛び出しそうだ。
  「で?あたしの予想は当たってる?」
 利衛子が岬の目の前にしゃがんだことで、利衛子の瞳がしっかりと岬の瞳を捉え、蛇に睨まれた蛙のように、もう逃げられないと感じる。
 それでも誤解を解きたくて、岬は懸命に首を横に振った。
   
  「あれ?違う?―― でも、そんな『モノ』ができるほどのことは、したってことだよね......」
 利衛子は自分の口元に手を当て、真剣に何かを考えているようだった。
  「そこまでいっておきながらその先に進まないなんて――、あの子、......大丈夫なのかなあ?」
  「だ、だいじょうぶ、って何が?」
 岬は少々引きつった笑みを浮かべながら聞いた。
  「男として正常かってこと」
 さらり、と何でもないことのように至極まじめな顔で利衛子が答える。
   
 利衛子ってこんなキャラだったのかと岬は今更ながら驚いていた。
 そういえば、鷹乃の術にはまり記憶が幼い頃に戻ってしまった克也が、女の子にキスする時には相手の許可を取らないとしてはいけないんだと姉の利衛子に言われた―― と言っていたことを思い出す。克也の記憶の年齢から計算して、そんな話をした利衛子がまだ小学校低学年であったことを考えると、『なんてませた子ども』だとその時にも思ったけれど、そのまま大きくなったとすれば、今の利衛子の言動も頷ける気がする。
   
  「あ、あのっ、だ、大丈夫だと、思います......。克也、あたしの背中の傷を気遣ってくれて――」
 何をもって『大丈夫』なのかと岬自身も心の中で突っ込みつつ、精一杯そう告げる。
 利衛子は、
  「ああ。なるほどね......。確かにあの子なら、そんな状況で岬ちゃんに無理させるのを避けたってのは、頷ける......。なら、大丈夫、かな」
 と微笑む。だが利衛子はまだ何か引っかかるような顔つきで、何かに思いを馳せるように、どこか遠い目をしていた。
  
   
   
   ******      ******
   
   
 岬が克也の部屋で一晩過ごして迎えた朝から丸一日経った、次の日の午後二時過ぎ。
 岬は利衛子と共に応接室として使っている母屋一階の洋室にいた。二人並んで中央に置かれたソファに座って他愛のない話をしながら、岬はぼんやりと今朝のことを思い出していた。
   
 朝食の時、水皇がおもむろに切り出した話。
 厳戒態勢を今日から解くことと、岬の定期診察として午後から村瀬実流医師がこの屋敷に来ること。そして――、その助手として『村瀬颯樹』も同行すること。
 その時の克也の表情が、岬の心に引っかかっていた。
 以前にも見せた複雑な思いの入り混じった表情。
 水皇は「克也、長はお前だ。もしも、この屋敷に足を踏み入れることを許したくない者がいれば、長の権限でそれを禁じることもできる。―― その権限を行使するか?」と問うた。克也はしばし水皇を見つめたまま表情を硬くしたが、やがて「それは、今はしません」と答えた。だが、その表情はいつまでたっても固いままだったのだ。
 克也はしばらくできなかった分の長としての仕事が山積しているということで、村瀬実流や颯樹のことは、岬が利衛子と共に迎えることとなった。
   
  「村瀬、たつき......」
 岬は思わずその名を口にした。そうするとなぜか心のざわめきを抑えることができない。
 彼女に関することとなると克也が、自分の知らない克也になってしまう気がする。何がどう、という具体的な確信ではないのだが、岬の第六感のようなものが警告音を鳴らしている気がする。
 『村瀬颯樹は、双子の兄である久遠智也の婚約者だった』という克也の言葉が嘘だとは思えない。だが、克也の言葉には言外に含みがあるようで『全て』を話してくれているようにも思えないのだ。
 複雑な克也の生い立ちを思えば、今の岬にはそれを責める気は起きない。けれど、まだ自分の知らない克也がいることが寂しい。

  「岬ちゃん......?颯樹のことが、気になる?」
 颯樹の名前を呟いたまま黙って考え込んでしまった岬の顔を、利衛子が心配そうに覗き込む。
 それに対して岬は笑顔を作ったつもりだったが、その表情は曖昧なものになってしまった気がする。
  「―― 何でしょうね......。気にならないといったら、嘘になります」
 岬自身、一度少しだけ会った人物がここまで気になるのは自分でも不思議だった。
  「...... それは......、もしかすると――」
 利衛子が真剣な表情で何かを言いかけたその時――、
      
  「やあ、お久しぶりー。声かけたんだけど聞こえなかったみたいだね」
 元気な声が響いた。
 声のした方へと岬は振り返り、そして部屋の入り口の木製の扉の脇に立つ実流の姿を見つけた。
   
  「村瀬先生!」
 岬は実流へと駆け寄った。
  「お久しぶりです。先日は会えなかったから――、ようやく会えました......!」
 薬を使われて廃人同然の岬をここまで回復させてくれた実流に岬は本当に感謝していた。もちろん、精神を破壊する薬の効果を打ち消す薬があったからこそ今の自分の回復があるのだということも知ってはいるが、アフターケアに尽力してくれたのは主に実流だ。そのため、共に頑張ってきた同志という感覚もあった。
   
 そんな岬を実流はにこにこと医師らしい優しいまなざしで見つめる。
  「この間はごめんね、急に来られなくなって。最近の体調はどう? 変な頭痛とか、幻覚とか起きてない?」
  「はい。ここに来てからは今のところそういう症状は出てないです......」
  「あれから......、あちらさんの幹部とやりあったって聞いたから......随分と心配したんだよ」
 鷹乃とのことを実流は耳にしているらしく、微笑みの中にも複雑な思いの混じった瞳を岬へと向けてきた。
  「大丈夫です。あの時は克也を助けたい一心で......そんな症状、感じる暇がなかったのかも......」
 肩をすくめて笑う岬の髪を、実流は優しくぽんぽんと叩いた。
  「それならいいけど......。ただ、無理はしないでいいんだよ。自分の気持ちとは別のところで症状はいきなり顔を覗かせたりするものだからね。少しでもしんどいとか異変があれば、すぐに長や周りの人たちに伝えるんだよ」
 包み込むような実流の言葉で、岬の心に温かいそよ風が吹き込んだ気がして、岬はほっと一息ついた。
   
 ―― と。
   
 そこまできて、岬の瞳に実流の数歩後ろ―― 扉の外に控える女性が目に入り、岬の全身に一瞬にして緊張が走る。
   
  「こんにちは」
 にこりとその女性―― 村瀬颯樹は笑った。
   
  「こ......こんにちは」
 一瞬の間の後に挨拶をした岬に、実流が
  「驚かせちゃったかな?岬ちゃんは颯樹とは初対面だっけ?」
 そう実流に聞かれ、岬は首を振った。
  「おじ様、この間おじ様の代わりに書類を渡しに来たんですよ」
  「ああ、そうか。そうだったね」
 忙しい実流は今それを思い出したようで、苦笑いしている。
   
 その瞬間、ただならぬ気を感じて岬が振り返ると、岬のすぐ半歩後ろで利衛子が押し黙ったまま、鋭い視線を颯樹に向けていた。何も言わないけれど相手を圧倒するような『気』に岬は思わず唾を飲み込む。実流もそれを感じたのか、少々表情を硬くした。
   
 「じゃあ、さっさと診察しちゃおうか」
 その場の雰囲気を切り替えようとするように、実流が明るい声を上げる。
  「あ、そうですね......。お願いします!」
 岬も努めて明るく答えた。
   
 そして、しばしの間岬の体調やその他の問診、そして血圧などの計測などを実流は行った。
 颯樹は看護師の卵だという話で、実流のそばで器具を出したりと、こまごまとした手伝いを淡々とこなしていた。
 その場を穏やかに終え、実流は岬にいくつか薬を渡し、その場を後にした。
   
   
   ******   ******
   
   
 実流たちが部屋を出てからもうすぐ一時間が経とうとしていた。
 岬の診察を終えた実流たちは、水皇に挨拶に行くといい、別の部屋へと移っていった。
 その後、利衛子には来客があり、克也もまだ仕事が終わっていないため、暇になってしまった岬は、ふらりとボールを持ってバスケットゴールへと向かおうとしていた。
 ―― いや、そう思おうとしていたものの、本当はこの屋敷の中にいる村瀬颯樹のことが気になって落ち着かないというのが、何も手に付かない本当の理由だった。それを紛らわすにはボールに触るしかないと思ったのだ。
   
 だが、バスケットゴールの前に人影があるのを見て、岬はあっと声を上げた。
 そこに佇んでいたのは、実流に付いて行ったはずの村瀬颯樹だったからだ。
   
  「颯樹さん、一人ですか?村瀬先生は―― 」
 ためらいながらも少し離れた場所から話しかけると、颯樹ははっとしたように視線をこちらへと移した。そして、視界に岬の姿を認めると、にこりと綺麗に微笑んだ。
   
  「まだ叔父は水皇様とお話中。話が盛り上がっててなかなか終わりが見えなくてね。ちょっと退屈してきたから、お手洗いに行くついでに抜け出してきちゃった」
 そう言って颯樹は肩をすくめ悪戯っ子のような笑みを見せる。その表情はどこかあどけなさを感じさせ、今まで岬が彼女に感じていた雰囲気とはちょっと違う気がした。この前会った時、颯樹は十九歳だと言っていたが、今まで岬が感じていた彼女の雰囲気はそれよりももっと年上のものだった。だが、今の颯樹は年齢相応の雰囲気を纏っている。
 そのおかげで岬も少しだけ緊張が解け、自然に笑うことができた。
   
  「立ち話もなんだから、あそこに座る?」
 颯樹は、ゴール脇に置かれた大人の膝ほどの高さがある石を指差した。そこは岬がこの間、記憶が幼い頃に戻ってしまった克也と一緒に話をした場所でもある。
  「はい」
 先に座った颯樹に続き、手のひら二個分ほど離れた場所に岬は腰を下ろす。
   
 岬が座るのを待って、颯樹は話し始める。
  「こんな風にあなたと話してるの、利衛ちゃんに見つかったら怒られちゃうね......」
 少しだけ眉根を寄せ、颯樹は困ったように微笑む。
 岬も先ほどの利衛子の様子を思い出し、なんとも言えず曖昧な笑みを返した。
   
  「これでも昔は結構仲が良かったから、ちょっと寂しいな」
  「そうなんですか?」
 現在の様子が印象的で考えもしていなかったが、この間から颯樹は利衛子のことを『利衛ちゃん』と親しげに呼んでいるし、利衛子も颯樹のことは呼び捨てにしていた。昔は仲が良かったというのも分かる気がした。
   
  「懐かしい。智也と私、克也と利衛ちゃんの四人で、大人たちの目を盗んではよく遊んだんだ......」
 遠い目をして颯樹は言った。
 やがてそのまま視線をゆっくりと横に戻し、岬の手元にあるボールに目を留める。
   
  「あなたもバスケットボールを?」
  「颯樹さんもやってるんですか?」
  「ううん、私は......。ただ、あの人が......バスケが好きだったなあって」
   
 『あの人』が誰なのか、岬にはすぐに分かった。
   
  「―― もしかして......、ここにゴールがあるのって......」
  「うん。智也がここに置いたの。いつでも使えるように」
  
 それを聞いて、岬ははっとする。
   
  「ごめんなさい!それならここは颯樹さんと智也さんとの大事な思い出の場所、ですよね。勝手にあたしが使っちゃっててごめんなさい!」
   
 岬が謝ると、颯樹は一瞬きょとんとした表情をした。
 そして再び微笑む。
  「―― 克也に聞いたの?私が智也の婚約者だったってこと」
  「―― はい」
  「そう......。それで気を使ってそんなことをね......」
   
 そこで少しの間が空いた。蝉の声がやけに耳に付く。
 少しの間の後、颯樹は再び口を開いた。
   
  「大丈夫、気にしないで。誰にも使われずに忘れ去られてしまうより、誰かが使ってくれれば、それだけこのゴールも生かされる。そして智也も―― きっとその方が喜ぶ」
   
  「颯樹さん......」
 照りつける太陽を受けてなお、光るような笑みを湛える目の前の彼女を―― 強い人だ、と岬は思う。最愛の人を失っても心の輝きを失っていない。
 けれど最愛の人を失うということがどれほどの苦痛を伴うものなのか、岬には想像もつかないが、それが外側に見える傷口がふさがるようには簡単に癒えるものではないだろうことは分かる。
   
  『ここまで強くなるのに、この人はどれだけの涙を流したんだろう......』
   
 岬は颯樹から目を離すことができなかった。
 颯樹もしばし岬を見つめていたが、ふと首をかしげ口元に軽く手をやった。   
  「あなた......」   
  「え?」
 何かを言いかけた颯樹に、岬もきょとんとした。
   
  「―― ううん。何でもない」
 彼女を取り巻く空気の温度が急速に低くなったようなのは気のせいか――。
   
  「『彼』と仲がいいんだね」
  「え?」
 颯樹の言葉は唐突に聞こえ、岬は再び聞き返した。
   
  「もちろん......、克也とよ」
 そう言いながら颯樹は岬の首元に視線を移し、意味ありげに微笑む。
  「――っ」
 その瞬間、颯樹が何を見てそう言ったのかが分かり、一気に体中の熱が吹き出すのを感じる。
   
  「あの部屋に......行ったの?」
 颯樹は静かに問う。
  「あの部屋、って......長の......」
 さすがに寝室とは口にできず、岬は言いよどむ。颯樹は真っ直ぐに岬を見て微笑んでいたが、その表情には何か他の感情が入り混じっているような気がして岬は次の句が継げずにいた。
   
 岬の返答がなくても、様子で全てを悟ったらしく、颯樹は再び口を開く。   
  「......あの部屋、今でも趣味の悪い掛け軸とかかかったままなの?」
  「―― 颯樹さん、行ったことあるんですか?―― あっ、......もしかして智也さんと――」
 どぎまぎと口にする岬に、颯樹は肩をすくめる。
   
  「まあ、そういうことよね」
 颯樹はさらりと口にしたが、岬の頭の中は一気に沸騰する。
   
  『あの部屋は【長】の部屋―― ってことは、克也たちのお父さんが病気で亡くなってから智也さんが長になったのは確か中学生――。その時にはもうそういう関係になってたって......早っ......』
 顔を赤らめる岬を前に、颯樹はふふ、と笑う。
  「あなた―― ううん、名前で呼ばなきゃ失礼だよね。『岬さん』ってかわいいね。克也のお相手って感じがすごくする」
   
 それがどういう意味なのか、頭の中にハテナが飛び交う岬を前に颯樹は静かに笑っていた。
 そして急に笑うのをやめると、太陽を遮るように手をかざしながら空を仰ぎ見る。
 つられて空へと視線を移した岬は、あまりの太陽のまぶしさに、すぐにはうまく目が順応せず、一瞬、颯樹の表情が見えなくなった。
 
  「久しぶりに会った克也がすごく立派になってて驚いた」
 そのままの体勢で颯樹は言った。そして、
  「あの人も―― 生きていたら、あんな感じになっていたのかな......」
 ぽつりと小さく呟いた。
   
 夏の太陽がじりじりと照りつけ、思考まで奪っていきそうな錯覚に陥る。
   
  「あの......颯樹さんと、克也とは―― 」
 岬はずっと心に引っかかっていたことを口にしかかってしまったが、すぐにとどまった。聞いてしまったら、何か恐ろしいものを引き出してしまうような気がしたからだ。
 岬の問いに颯樹は視線だけをこちらに向けた。
  「何か、気になることがあるの?」
  「......いえ......」
 真実を知りたいような知りたくないような葛藤を抱え、岬はぎこちなく俯いた。
   
 その時。
      
  「余計なことを岬ちゃんに吹き込まないで!」
 その場に、利衛子の切羽詰った声が響いた。

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