ダブルの記憶(8)

 腕の中で見上げた時の克也の眉は寄せられ、その瞳は苦悶を表すように揺れていた。
   
  「さっき、俺はあの時――、智也が命を落とすなんて思ってなかった、と言ったけど......。もしかしたら本当は......頭の片隅では気づいていたのかもしれない。幼い頃に術力を使った遊びの中で......自分の力が智也の力をはるかに上回っていることは分かっていたんだから......」
   
 岬がそっと手を伸ばして克也を労わるようにその頬に触れると、克也はそのままの岬の手に自分の手を重ねた。まるで壊れ物を扱うかのようにそっと。
   
  「でも―― 智也は術力こそ弱かったけど、俺にないものをいっぱい持ってた。智也は、俺のことをずっと妬んできたのだとあの時言っていたけれど、俺の方こそ――、ずっと......口には出さない心の底で、智也を妬む気持ちがあったんだ。―― 俺には与えられなかった実の両親からの愛を受けて育ち、まわりには自分を盛り立ててくれる仲間がたくさんいて。さらには自分のことを心から愛してくれる婚約者までいて――。ほぼ同じ条件の下に生まれたのに、ただ少しだけ先に生まれたってだけで、多くのものを持っているあいつが......正直うらやましかった。もしも先に生まれたのが自分だったら、と思ったこともある。さらには、もしも――、『今からでもあいつがいなくなれば』――なんて恐ろしいことも、心のどこかで思ってしまっていたような気がする......。智也に拒絶されたことはきっかけに過ぎない。その智也の思いに影響されて形を成した俺の心の闇が、俺にあの場を去らせ、智也の命を奪った......」
     
 その時の克也が感じてしまった複雑な思いは、岬には完全にではないにしろ『分かる』気がした。
   
  「魔がさしちゃう瞬間、ってあるんだよね......。前のあたしと圭美との間に起きたことも、そんな感情が引き金になって起きたことだった」
   
 兄弟同士であったり、親友同士であったりという関係は、『近しい者』という意味では共通点がある。近しい者であればこそ抱いてしまう複雑な感情があるのだと、岬は身を持って『知って』いた。
 
  「でも......圭美に嫉妬してしまったことはあっても、圭美が本当にいなくなるかもしれないって思った時は本当に苦しかった......。克也もそうだよね。智也さんがいなくなれば、って思ったことがあったとしても、それが現実になっちゃったらこんなに後悔してる。相手に対して感じた一瞬のマイナスの思いも確かに真実なんだと思うけど、それが全てじゃないよね。智也さんだって、きっと同じだと思う。克也を妬んで憎く思う気持ちと――、そして克也のことが大切だって思う気持ちと、両方あったんだよ。あたしは話を聞いただけだから、こんなこと言うのはおこがましいかもしれないけど......、智也さんはその時、きつい言葉を吐きながらも、きっと克也を庇ったんだよね。そうじゃなかったら、無理やりにでも即、克也を奈津河の前に突き出してるよね。だって、そうすればとりあえずその場では自分は助かるんだから」
   
 そんな岬の言葉に克也は、遠い目をしていた。
   
 「あの時の俺にそのことがすぐに理解できれば、智也が命を落とすこともなかったのかもしれない......」
 そう言って視線を岬に戻す。
 「俺がようやく智也の真意に気づいたのは、あいつからの手紙を読んだ時だった。その中にはもちろん恨みの言葉もあった。だけどそれ以上に、文面にはあいつの優しさが満ちていた。......以前、俺と智也の事情を知る一族の一部の者たちに、影である俺は『もう一人の長』と呼ばれていた。だがあいつは―― 本来は力のある俺こそが長になるべきだと書いてた。そして手紙の最後は―― 『本当は俺が本当の【もう一人の長】でお前が【本当の長】なんだと幼い頃からずっと思ってきた。だからもしも俺がこの世からいなくなっても、ただ本来の状態に戻るだけなんだ。その時はどうか、克也がその本来の姿を取り戻して、長として一族をまとめていってほしい。克也こそが【本当の長】なのだから』と締めくくられてた。それを読んだ時、冷水を浴びせられたような気持ちだった。自分がいかに視野が狭かったかを思い知らされて、改めて『かなわない』って思った。智也がなんと言おうと、長に本当にふさわしかったのは智也だ。力なんて関係ない。そんな智也を死に追いやった。颯樹だけじゃなく、一族に対しても、俺はとりかえしのつかないことをしてしまった......」
   
 そう呟く克也の瞳は岬を映してはいたが、虚ろだった。
 無表情とはいわないが、感情が読み取りづらくなっていた。克也がまた遠くに行ってしまうような気がして、岬は腕を伸ばし、克也の首にしがみつく。
      
  「自分のせいで誰かが命を落としたり傷ついたりするのは、本当に苦しいよね......。克也の苦しい気持ちは、本当のところは克也にしか分からないかもしれない。でもあたしは、克也のその気持ちを理解したいし、寄り添いたい。克也が自分を許せないと思ってる苦しい気持ちを、できることならあたしはその全てを代わって受けたいよ......」
   
 抱きついてしまったために、克也の表情は見えない。
 けれど、克也が一瞬息を止めたのは、心の動きを映したものだと岬には思えた。やがて、それを裏付けるように、少しの間の後、岬の背中に温かな克也の腕が回された。
   
  「岬、ありがとう......」
 その言葉と共に僅かに抱きしめる力が強くなる。
  「前にも言ったけど、俺の罪は消えない。誰が許しても、自分自身で許さない限りこの苦しみからは解放されないと思う。でも、それでいいんだ。それが、俺のしてしまったことの報いだと思うから......。でも、苦しさに耐え切れなくなりそうな時は―― こうして、岬を抱きしめても......いいかな......?そうすればきっと、俺もまた歩き出せる」
  「もちろん。少しでも克也のためにできることならなんでもするよ......」
 そう言いながら、岬は克也の肩に顔をうずめた。
    
   
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 目の前のガラス窓に止まった羽虫がしばらく蠢き、再びふわりと飛び立つまでの間、二人は言葉も交わすことなくその様子を見ていた。いや、目には入っていたが「見て」いたのとはちょっと違ったかもしれない。ただじっと時の流れるに身を任せていた。
   
 そんな時間の後、まるで急に思いついたかのように克也は再び口を開いた。
   
  「颯樹は、今、本当はどんな気持ちでいるんだろうな......。智也と颯樹の幸せを奪った俺が、こうして岬と幸せに過ごしているのをどう感じているんだろうか」
   
  「―― どうなんだろうね......。人の気持ちは本当に複雑で、他人が想像するには難しいね。でも――、本当のところは分からないけど......、この間、颯樹さんと話した時、前を向いて生きてるって感じがした。前に克也は、智也さんのこと『太陽のようなやつ』だって言ってたけど......、そうだとしたら颯樹さんは『向日葵』のような人だと思う。太陽に向かって、力強く咲く、そんな印象だった。だからきっと......前に進んでいることは確かだと思う」
   
 自分の勝手な想像だったが、大きく外れてはいない気が、岬にはしていた。
   
  「もしかすると、そうであってほしいって希望もちょっとは入っちゃってるのかもしれないけどね......」
 肩をすくめる岬に、克也の固かった表情がわずかに和らいだ。
   
 ―― その時だった。
 屋敷の奥が急にざわつき始め、切羽詰った声が聞こえ出したのは。

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