異変(1)
ざわり、とゆるい風が庭の木の葉を揺らす。
人払いがされているからかこの場は静寂に包まれている。だからこそ、屋敷の奥の小さなざわめきもよく聞こえるのかもしれない。
岬が一瞬、微かに聞こえた屋敷の奥のざわめきに気をとられて動きを止めると、克也もまた怪訝そうな顔で声のする方を仰ぎ見た。
「何か、あったのかな......」
岬がそう口にすると、克也は岬へと視線を戻す。
「そんな気がする」
呟く克也の瞳の中に『長』の厳しさが見え隠れする。
けれど、
「――克也」
「ん?」
呼びかけに答えた克也はもう『恋人』の表情に戻っていて、岬は少しホッとする。
「今日あたしに話したかったこと、これで全部だった?」
「ああ」
岬の問いに克也は微笑んだ。
克也が話すことが済んだならば、もうここに留まることにこだわらなくても大丈夫なはずだ。岬は克也の手首の辺りにそっと手を添える。
「―― 行こうか?克也も気になるよね?」
岬が小さく首をかしげると、お互いに頷きあい、立ち上がる。
奥のざわめきから、何か、見過ごせない問題が起きたのであろうことは岬も肌で感じていた。
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岬たちが広間に行くと、その場にいる者は皆、テレビから流れるニュースに、言葉を失っていた。
アナウンサーの声は、先ほど駅前で起こった殺傷事件の様子を緊迫した様子で伝えている。
殺伐とした昨今では、このようなニュースはわりと目にすることが多いが、今、この場が異様な雰囲気に包まれているのは、この殺傷事件を起こした犯人が一族に関わりの大きい人物であることに起因する。
駅前という大勢の人の集まる場所で、ナイフを振りかざし、大勢の人を傷つけ、三人の命を奪った人物は竜一族の幹部の部下である『佐竹直哉(さたけなおや)』という人物だった。
「佐竹氏とは何度か話したこともあるが、穏やかで知性溢れる印象だった。とてもこのようなことをするような人には......」
水皇が眉根を寄せ、怪訝そうな様子で自分の顎のあたりを指の腹でさする。
「同感です」
水皇の横で、涼真と基樹が頷いた。
克也も知っているのだろう。眉をひそめ、腕を胸の前で組んで深く考え込んでいるような様子だった。
『あたしは、この人を知らないけど――。』
もしも、佐竹が水皇の言うような人物だとしたら、そんな人物をこの凶行に向かわせたものは何か。よほどの強い思いがそこにあったのだろうか。