恭順の家(5)
僅かな目覚ましの音が聞こえ、岬はうっすらと目を開けた。
途端に見慣れない光景が目の前に広がるが、すぐに「ああ」と思う。
『克也と同じ敷地内で暮らすことになったんだ』
あまりにも今までと環境が違いすぎ、その夜は眠れないのではないかという予想に反し、色々な疲れからかベッドに入ってまもなくから記憶がなく、気づいたら朝になっていた。
それでも眠りは浅いと見え、目覚ましの鳴り始めの音で起きてしまった。
部屋着にしている黄色のTシャツと紺色のハーフパンツから洋服に着替え、部屋と同じ階にある、階段横の洗面所へと向かう。
「岬ちゃん、おはよう」
鏡越しに利衛子が声をかけてきた。利衛子はさらっとした素材のシャツにジャージという姿で、既にひと汗かいてきたという感じだ。
「利衛さん、もう起きてたんですか」
「まあ、ちょっとそのへんで朝の体慣らしをね。護衛は体が資本だからね」
『そうか、利衛子さんはあたしを護るために呼ばれたんだっけ......』
改めてそう思うと、何だか申し訳なく思ってしまう。
「――すみません」
しゅんとした岬に、利衛子は笑って肩を揺らした。
「やだ、冗談だってば!そんなの冗談に決まってるでしょ!ただ、もともと体動かすのが好きで毎朝走りこみしてるから、ここでも同じようにしただけ。だいたい、あたしは嫌々岬ちゃんの護衛をやってるわけじゃないからね。結構この状況を楽しんでもいるよ。特に、かわいい女の子を護るのはやりがいがあるってもんよ」
おどけたような利衛子の言葉に思わず笑ってしまうと、「そうそう、その笑顔、いい感じ」と利衛子は満足そうに頷いて笑った。
髪型も服装も、外出並みに気になってしまい、あれこれやっていると利衛子はにこにこと岬を見つめた。
「朝から気合入ってるね。オンナノコだよねえ。―― まあ、恋人が同じ屋根の下に住んでれば当然か。」
瞬間顔から火が出そうになる。
「もっとも、あっちも同じようなものかもしれないけどね」
「あっち?」
「克也も、ってっこと。きっとね」
そう言って、利衛子は意味ありげな笑みを浮かべて肩をすくめた。
「おはようございます」
ダイニングに入ると、自分たち以外の四人はもう席についていた。
克也と目が合ったので微笑むと、向こうも少々はにかんだような笑顔を見せる。
「すみません、遅くなって」
他の人たちを待たせてしまったことが申し訳なく、思わず謝ると、水皇はにこにこと笑った。
「いやいや、女の子は色々準備があるんだろ?俺も今日は楽しみすぎて早く来てしまったしね」
「え?」
「いつも水皇様は遅いんですよ。でも、今日はやけに早かったですよね」
隣の涼真が含み笑いを浮かべて言った。
「まあなー。でも、今日は俺より長の方が気合が入ってたらしいじゃないか。いつもより三十分も早く来たらしいよな」
水皇の意味ありげな表情に、克也は視線を泳がせる。その横顔が照れているようで、思わず岬は利衛子と顔を見合わせた。
無理やり笑いを引っ込めると、水皇は岬の方へと向き直った。
「岬さん、十一時ごろに村瀬医師が来るそうだ。その頃になったら稔里を呼びに行かせるから」
「はい」
「それと長。十時半から大阪の水越さんが挨拶に来られるそうだから、長も同席して欲しい」
「――はい」
一瞬の間の後、克也は返事をした。
『じゃあ、克也とは別々に行動しなきゃいけないのかあ』
岬はちょっと残念に思った。
同じ屋根の下に住んでいても、休日だからと言ってそうそう一緒にいるわけにはいかないのは分かってはいたが、ちょっと寂しく、思わず克也の方をちらりと見てしまう。
克也は岬の視線に気がつくと、僅かに肩をすくめた。
そんな二人に気づいたように、水皇は微笑む。
「ちなみに――、水越氏との話が済んだら、今日の長の仕事は全て終了だぞ」
その言葉にはっとして岬が顔を上げると、克也も同じように水皇を見ていた。
「岬さんも医師との話が済めば後は何もないしね」
水皇は付け加える。
「じゃあ、その後あたしは消えててあげるから、二人でラブラブしなよ!」
水皇の言わんとしていることにいち早く反応した利衛子が、笑って岬の肩を叩く。
「早く用が済むといいねえ、克也? 水皇さん、二人のためにもひとつご協力お願いしますよっ」
「了解了解ー。任せとけー」
さらに勢いに乗る利衛子に、水皇までが調子よく返事をした。
気恥ずかしさに自分の頬の温度が急上昇するのを感じながらも、岬はこの状況がとてつもなく幸せだと感じていた。