◆ファンタジー要素の少ない1章半ばまでをショートカットするためのダイジェスト版もございます。
 * 1 章『出会い(1)』 - 『衝突(3)』ダイジェスト/  * 1 章『接近(1)』 - 『陰謀と衝撃(2)』ダイジェスト/

相克(3)

圭美はもう一度激しく叫び、車椅子の傍らに崩れた。
「圭美!」
名前を呼びながら岬は圭美の方に駆け寄る。
圭美の体に触れた岬はぞくりとした。
息はしていたが、いくら呼びかけてもゆすっても、ぴくりとも動かない。圭美の体はただ、重力に逆らわずにだらりとその身を横たえているだけだった。周りを囲む無表情な来校者より、さらにもっと人形のように。

「つまらん。もう終わりか。」
狂ったように名前を呼ぶ岬の後ろで、不意に男の声がして、岬は驚きに飛び上がった。
「---っ・・・・・・!・・・・・・あんた誰!?」
恐ろしいことが一気に起こって感覚が鈍っていたのか、岬は志朗を見ても恐怖は感じなかった。ただ、いきなり現れた志朗に違和感を覚えてしょうがなかった。さっきまではいなかったはずなのに。
「私か?-------私の名前は巽 志朗。」
得意そうにそう告げる志朗。
「たつみ しろう・・・・・・?」
岬は小さく繰り返す。それを聞いて、そう、と志朗は再び口の端をゆがめた。

「こんなことになったのは・・・・・・あなたのせい・・・・・・?」
志朗から目をそらしたまま岬は聞いた。
「いいえ。----あなたのせいですよ。」
志朗は悠々と答える。
「何ソレ?」
岬は途端に不機嫌極まりない顔になる。
「おや?ご存じない?------あなたの体の中に流れる血----そして秘められた力のこと----。」
「一体何のことを言ってるわけ!?」
そういいながらも岬は思い出していた。数ヶ月前の、あの奇妙な夢を。

「知らないのならそれはそれで結構。それにしても、つまらないな。その女。」
その女---と言って志朗が指差した先には圭美の姿があった。その前で岬が表情をこわばらせるのを知ってか知らずか、志朗は挑戦的に話し続ける。
「もっと面白い展開を期待していたのに・・・・・・。---もう使えなくなってしまったとは残念だ。---全く・・・・・・。自分の心の闇を素直に受け入れないから破滅の道を辿ることになるんだ。愚かな娘だ・・・・・・」

「何なの一体!?黙って聞いてれば勝手なことを・・・・・・」
言葉の意味はよくつかめなかったが、圭美のことを悪く言っているのは分かった。
「彼女には教えてやったのに。本当の自分の気持ちを解放しろとね。自分の心を殺した優しさなど偽善だ。心の中では何度も奪う夢を見ているのに。手に入れたいものを手に入れるためにはどんな手を使ってでも手に入れなければ。---それが世の中の人間の本心。人間の自然な姿だよ。」
「あんた狂ってる・・・・・・」
呆然とつぶやく岬に、志朗はフフン、と鼻を鳴らした。
「---キミもその女と同じだね。偽りの偽善を見せびらかしている。心の中では彼を手に入れた喜びに浸っているくせに、表向きは相手を気遣うようなそぶりを見せている。」
「・・・・・・違う!」
岬は反射的に叫んだ。なぜこんなに自分が感情的になるのか、それはどこか心にひっかかりを覚えたからで。
「違わないよ。じゃぁ、キミは彼女に彼を譲れるのかい?」
岬は答えることができなかった。
圭美には申し訳ないと思う。
けれど。
けれど、だからといって蒼嗣を譲れるかといったら、それはできないのだ。
黙ってしまった岬を見やり、志朗は心底おかしそうに笑う。
「・・・・・・そらみろ・・・・・・!それもできないくせに。そんな友情なんて偽善にすぎないんだよ。キミたちが見てきたのは幻想。脆くてほんのひとつのきっかけで消えてしまうようなものなんだよ。」
「・・・・・・そんなこと・・・・・・・・・・・・」
岬は呆然とつぶやいた。"そんなことない"と言いたかった。しかし心の中の動揺は大きな波となって自分に襲い掛かっていた。志朗のしていることは正しいとは思えない。けれど志朗の言うことは、どこか現実味を帯びていて、心に刃を突き立てる。

確かに自分は圭美と親友でいたいと思っている。

じゃぁ、蒼嗣とバイトで会いながらそれを圭美に告げなかった自分は何なのか。

 ---自分だけの秘密にしておきたかった、邪魔を、されたくなかったから。

つきあっていることをすぐに告げなかったのはなぜか?

 ---圭美が傷つくのを見たくなかったから。

 ------そんなものは偽善だ。
 いずれは分かってしまうことだった。
 自分が、圭美との関係をギクシャクさせたくなかっただけだ。
 自分が傷つきたくなくて先延ばしにして。
 相手のせいにして。
 全て自分の身勝手が招いた。

志朗の言葉。やがてそれは千の針となって岬を襲う。
圭美もそうだったんだろうか?こんな絶望的な想いを抱かされて。


「ゆる・・・・・・せ、・・・・・・ない・・・・・・」
そんな風に、人の心を踏みにじって笑っている志朗のことが許せなかった。
圭美のことより何より、自分の心が。
這い上がれない。
そんなところまで突き落とす志朗が憎い。
ふつふつと目の前の男への怒りが湧き上がり、体全体を支配してゆく。ざわざわと体中を何かが這うように怒りが浸透していく。
「あんたなんか・・・・・・あんたなんか・・・・・・!!!」

「私はただちょっと手助けをしただけだよ。その者の本当の思いを引き出しただけ。彼女をここまでおいつめたのは、お前だよ。」
追い討ちをかけるような志朗の言葉に、岬は冷水を頭から浴びせられたような衝撃を受けた。はじめにそう言われた時よりもっと重い言葉として。

 あたしじゃない!
 あたしは・・・・・・。

一生懸命自分のせいではないと思おうとする自分がいる。
自分の心の闇に目をそむけて逃げようとする自分がいる。
けれど、今の自分には逃げきれるだけの純粋さがなかった。
知ってしまったから。
自分の心の奥を。

「あぁぁぁぁぁ!!!!」
狂ったように岬は叫んだ。
いや、その時確かに岬は一度狂ったのかもしれなかった。

体中の血が沸騰するような感覚。
「あんたなんて、いなくなればいい・・・・・・!!!!」

志朗が驚愕に目を見張る。
「な・・・・・・に・・・・・・!?お前・・・・・・・・・・・・ほ、う・・・・・・っ!」
志朗の言葉はそこで途切れた。言葉をつむぐはずの本体が跡形もなく消え去ったからだ。
霧散。
その言葉がぴったりとはまる。


巽 志朗という人間は、一瞬にしてこの世から永遠に姿を失った。
岬の力によって。


そして。
巽志朗をこの世から消し去った後も、制御を失った岬の力は留まるところを知らなかった。そのエネルギーはだんだんと辺り一帯を多い尽くす。
このままいくと周りの者全てが志朗と同じ運命を辿ることになるはずだった。
しかし。
その時、その場に現れた二つの人影が岬の前に降り立った。
二人が何やら呪文を唱えると、岬を覆っていたオーラが急速にすっと消える。


「大丈夫!?」
気がつくと、見たことのない少女が岬の目の前にいた。
岬はそれをどこか遠くで見ている気がしていた。視界にフィルターがかかったようにぼんやりとしている。
「大変だったわね・・・・・・。ごめんなさい。もっと私たちが早く駆けつけていれば・・・・・・。」
少女が岬の瞳を心配そうに覗き込む。
「我々は今さっき彼女の力に気付いたところであって、"早く"なんて駆けつけようがなかったんですよ、麻莉絵さん。」
ぼそりと男の方が言う。
「うるさいわねっ。今はどうでもいいの、そんなことは!それより術をかけたヤツがお陀仏になっちゃったんだから早くしないと!時間切れで術が解けるとやっかいなのよ!」
そう一喝して、少女は未だ固まっている人ごみを掻き分け始めた。岬は呆然と、この少女に手を引かれ、人だかりの外に連れ出された。
完全に外に出て、現場から少し離れたところまで歩いてくると少女は歩みを止める。
「もう大丈夫よ、安心して。あなたは私たちの仲間。私たちはあなたの味方よ。」
こう言って瞳を輝かせる。
「私は中條 麻莉絵。そして、これが大貫 将高。」
隣の男を指差しながら、目の前の少女はにっこりと笑った。



       ******     ******

------力の放出。
それがどんな種類のものであるか、蒼嗣に分からないはずがなかった。
壁に崩れるようにもたれかかる。
「なぜ・・・・・・、なぜだ・・・・・・!」
握り締めた拳に力が入る。
利由もそれを見守る。
「----どう、するんだ?」
利由の問いかけに蒼嗣は、しばらく沈黙したが、やがて自嘲気味につぶやいた。
「--------どうにも、ならない----。」



       ******     ******

やがて、自分たちが何をしていたのかも覚えていない来校者たちは、目の前で突然倒れていた車椅子の少女---圭美---を見て一時騒然となった。もちろん「いきなり」ではないことは事情を知るものなら知っているのだが、何も知らない者たちにはそう思えたのだ。
なぜこんなところに集まっているのかと思うより先に、目の前で少女が倒れているという"事件"に気を取られた。中には疑問を持つ者もいたが、なぜかなど誰にも分かるはずもなく----やがてそれは忘れ去られていくことだろう。
マスコミも同様だった。一時、再度マスコミは騒ぐが、やがてそれも他のニュースに取って代わられていくことになる。


圭美は、脳波を調べたところ反応がなく、おそらくこのまま一生目を覚ますことはないだろうということだった。例え万が一の確率で奇跡的に目を覚ましたところで、植物状態は免れない------と。
いわゆる『脳死』状態だ。
"万が一の可能性があるなら、どんな姿になっても生き続けて欲しい"という家族の強い要望で、その命が尽きるまで病院でできるかぎりの手を尽くすことになったという。外傷が全くなく、心臓だって動いているのだから、そう思うのは当たり前だ。
『原因は不明』
そう、医師たちは言っていた。以前の事故のときに担当医師たちが脳の損傷を見逃したのだとかの責任問題も取りざたされ、マスコミもしばらくこの事件を追っていたが、結局解明されなかった。
しかし岬には分かっていた。それが竜一族と、そして自分のせいだと。
圭美は自分のせいで一族間の争いに巻き込まれ、殺された。

そう、-----殺されたのだ。
心臓が動いていても。
それでも岬にとっては殺されたも同然だった。
一族に。
そして自分に。

いつか見た、奇妙な夢を思い出す。
不思議な声は確か"竜一族を救ってくれ"と言っていた。
『ごめんなさい------。----あたし、竜一族なんて・・・・・・とても救う気になんてなれない。あんなひどいことをする人のいる一族を----私は許せない・・・・・・!!!"
今、自分はとても醜い顔をしているだろうということは、岬には分かっていた。
誰かを憎んでいる目-----。
誰かを----、自分だけでなく誰かを憎まなければ自分が保てなくなりそうだった。原因のひとつが自分だということがとても重かった。"逃げ"だと分かっていても、この罪悪感よりも強い、憎む相手が必要だった。
だから、岬は今、志朗を・・・・・・そして竜一族を憎むしかなかった。


電灯の下。
目の前の自分の影に、もうひとつの影が重なる。
岬は顔を上げた。
「-------克也・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
目の前には、蒼嗣がいた。
蒼嗣はゆっくりと岬に近づいてくると、何も言わずに岬を抱き寄せた。
途端に蒼嗣の温かいぬくもりが伝わってきて、岬の涙腺が再び緩む。
「・・・・・・・・・・・・あぁぁっっ・・・・・・」
大声を上げて岬は泣いた。


------まだ岬は何も知らなかった。
蒼嗣が何者であるのかも。
そして、何を考えているのか、ということも。


いっぺんにいろんなことがあって岬の心は麻痺していた。
なぜ、いきなり蒼嗣が何も言わずに自分を抱きしめてくれるのか、という疑問は今の岬の頭には浮かんでこなかった。
今はただ、そのぬくもりに甘えていたかっただけだ。
どんなに人を傷つけても、どうしても蒼嗣だけは手放せない。
なんて貪欲な自分の心だと知りつつも。
それでも自分はこれからも、葛藤の中で何かを選び取り、何かを犠牲にし、生きていくのだ。


二人はそれぞれに重い決意を胸に秘めていた。

<第1章 終>

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