◆ファンタジー要素の少ない1章半ばまでをショートカットするためのダイジェスト版もございます。
 * 1 章『出会い(1)』 - 『衝突(3)』ダイジェスト/  * 1 章『接近(1)』 - 『陰謀と衝撃(2)』ダイジェスト/

相克(2)

大勢の人の力が合わさると、ひとりの女子高校生の力ではとても太刀打ちなんて出来ない。岬は抗うこともままならないまま、その力に押されていた。
誰かこの状況を分かるように説明してほしいと岬は切に願った。

そして。
どこまで来たたのか。

「?」
あるところまで来ると急に、岬を引っ張っていた者は岬をつかんだまま動きを止めた。試しに動こうとしてみたが、力は緩めていなかったので逃げることはできなかった。何より岬は大勢の人に囲まれていたのでその人たちが動いてくれない限り、たとえ一人の人の手から逃れたとしても人だかりの外には出られないのである。
ここはどこなのか。人だかりの間からちらっとだけ見える風景によると、学校の敷地内からは出てはいないようだが、どこだかわからない。

そこでしばし空白の時間があった。
が、ある時岬を囲む人だかりに異変が起きた。ある一部分だけ人が何かをよけるようにして動き出したのだ。
誰かの気配。
震える足を何とか踏ん張り、動きの中心を見据える。
人だかりの間で、タイヤとアスファルトがこすれるような音が聞こえる。

「--------圭美・・・・・・?」
まだ姿は見えなかったが、岬には分かった。分かってしまった。
岬はさらに目を凝らした。

果たして、現れたのは圭美だった。
しかし、圭美は今まで見たこともないくらい恐ろしい表情をしていた。目は血走り、眉もつりあがり・・・・・・。確かに圭美なのに、何かが違う。

「・・・・・・裏切り者。」
第一声。
いきなり圭美はぽつりと言った。
「えっ・・・・・・?」
いきなり言われても、岬には何のことか分からなかった。
「・・・・・・蒼嗣くんと・・・・・・あんたが・・・・・・つきあうってこと・・・・・・。それならそれで、仕方ない、って思った。あんたなら・・・・・・許そうって。」
岬は何を圭美が言おうとしているのか、まだ完全に理解することは出来ず、うろたえるばかりだ。
「・・・・・・でもね。」
圭美はそこで一旦言葉を切った。
瞬間、圭美の体がぶわっと青い炎に包まれる。
「ちょっ、大丈夫!?」
思わず駆け寄ろうとした岬を一陣の風が吹き飛ばし、岬は尻餅をついた。何が起こっているのか全く分からず、呆然とする。
圭美は、燃え盛る炎の中にいるというのに涼しい表情で、冷ややかに岬を見つめていた。
そして続ける。

「昔、あんたはあたしと約束したよね?隠し事は嫌いだから何でも言い合えるようにしよう、って。・・・・・・あたしはあんたとなら守れると思った・・・・・・。女の友情なんて弱いものだってよく言われるけど、あんたとなら・・・・・・って。あれは嘘だったんだね・・・・・・」
「・・・・・・違う!嘘なんかじゃ・・・・・・。あの時は本当に・・・・・・!」
弁解しようとする岬の言葉を圭美は遮った。
「そんな安っぽい台詞聞きたくない!!」
圭美はヒステリックに叫ぶ。その迫力に岬は閉口する。
「嘘じゃないなんて・・・・・・よくもそんなことが言えたね・・・・・・。じゃぁなに!?何で言ってくれなかったわけ?・・・・・・バイト先で蒼嗣くんに会ってる、って!」
「それは・・・・・・」
岬は言葉に詰まる。どんな理由でさえ、圭美に知らせたくないと思ってしまったことは確かだからだ。
「それだけじゃないよ!・・・・・・あんたと蒼嗣くんがつきあってる、ってことも・・・・・・。あたし・・・・・・本当は最初にあんたの口から直接聞きたかった・・・・・・どんなに辛い事実だって・・・・・・。・・・・・・あんな見ず知らずのヤツに教えられたくなんかなかったのに・・・・・・!!」
「見ず知らずの・・・・・・?」
怪訝な顔をして問う岬を無視して圭美はさらに激しい口調で責め立てた。
「どうして、岬は自分で、自分の口から真実を言ってくれないの!?あたしたち、親友、だつたんじゃないの!?」
そう、圭美が言い終わるか否かという時-----

-----ウ ラ ギ リ モ ノ !!!


ものすごい力が岬にのしかかってきた。圭美はそのときは既にひとことも声を発していない。それが圭美の感情が闇霊の力を借りて念となり岬を襲ったのだとは岬は後で知ることとなる。

「ごめ・・・・・・」
謝りかけた岬の口を、車椅子に座ったままの圭美の手が素早い動きでふさぐ。
「!?」
岬は目を見張った。
圭美の乗っている車椅子が、奇妙にも圭美を乗せたまま宙に浮いていたのだ。
岬の頭の中は真っ白になった。足も手もぶるぶると小刻みに震える。とにかく圭美がものすごく怒っているのだということが感じられるだけだった。

「そんな言葉も今更聞きたくない・・・・・・」

そうつぶやいた圭美の左手が、ふわりと岬の首に触れた。

  危険。

このままではいけない-----岬の本能が告げた。
しかし、体が動かなかった。
くっ、と圭美が笑う。鮮やかな笑み。冷ややかで残酷な・・・・・・。
岬の首にかけた圭美の手にぐっと力がこもった。

「いや・・・・・・!やめ・・・・・・けい・・・・・・」
ものすごい力だ。とても圭美の力とは思えない。---いやそれよりも女一人の力にしては常識を越えている。女の、しかも片手だけの力であるのに、腕をつかんで引き剥がそうにもものすごい力でびくともしないのだ。
首が折れそうに痛い。
目の前がぐらぐらと揺れ、耳鳴りがし、頭ががんがんする。

その時、自分の体からオーラがゆらりと立ち上っていることに岬は気付かなかった。
それを見て志朗は舌打ちする。
---奈津河一族の者だ----。
それならば。
このまま、黙って「鍵」に殺させればよい。
そうすれば全て終わる。

だんだんと岬の意識が朦朧とし、抵抗しようにも体に力が入らなくなる。
目の前にはものすごい形相をした親友の顔が見えるだけ。それもどんどん周りはかすみ、やがて暗くなってくる。思わず目をつぶる。
声も出せないまま岬は死を覚悟した。


       ******     ******

「くくく・・・・・・あははははは・・・・・・」
目の前に二つ並んだ水晶を眺めつつ、愉しみにふけっていた志朗は湧き上がってくる思いをこらえられず、笑う。
「・・・・・・もうすぐ、もうすぐ、だ-----。隠れた奈津河一族を見つけた!そして、さらに消したのだ!!---これで・・・・・・長だって私のことを少しは見直してくださるに違いない---!あぁ、早くお会いしたいあの方に・・・・・・・・・・・・!!!」
随分気分が高揚している。

二つの水晶は岬と蒼嗣、それぞれを映し出していた。
そして次の瞬間、志朗は急にひとつの水晶に違和感を感じた。
「---何だ---?」
怪訝な顔つきで水晶を見つめる。それは男の方------蒼嗣克也の方だった。
彼を取り巻く人だかりは、栃野岬の方のように自分の思ったとおりの方向に進まず、今、自分たちのいる場所---この場所へと向かってくるではないか。
「どういうことだ----?」
志朗は水晶を見つめたまま、眉をひそめた。

------その時。
「はい。ここまで。」
志朗の後ろで事を静観していた利由は突然手も触れずに水晶を粉々に砕いてしまった。
「何をなさいます・・・・・・!!!」
慌てて思わずかけらを拾い集めようとする志朗に向かって利由は冷ややかに言い放った。
「もう終わりだ。この火遊びはあまり深入りすると火傷するよ。」
狼狽している志朗に、利由はにっこりと笑う。表情こそ笑ってはいるものの、その瞳には有無を言わせない強さがあった。
力勝るものの瞳。
いくら願っても願っても自分に与えてもらえないもの。

「う、あぁぁぁー!そんな目で私を見ないでくださいぃぃぃぃ???!!!」
志朗は突然騒ぎ出す。
「私は、私は---っ!!」
ひどく狼狽していた。
「利由様、まだ、まだ待ってくださいっ!私の計画はまだ、終わってはおりませぬ----っ!!!」
そう叫ぶと、志朗は瞬く間に姿を消した。
どうやら闇霊を使って瞬間移動したらしかった。


「あーあ、あの馬鹿・・・・・・。」
利由はいかにも"疲れた"というように大きなため息をついた。
そして、一人の気配を感じ、そちらに目をやる。


殴られた腹を押さえながら、今にも倒れそうな格好で現れたのは------


蒼嗣克也だ。

「・・・・・・どういう・・・・・・ことだ・・・・・・?」
蒼嗣が苦しそうに問う。瞳だけはまっすぐに利由を見据えている。
利由は苦笑する。
「----志朗のヤツも馬鹿だよなぁ、本当に。」
くっくっと腹を抱えて笑う。

「説明しろ・・・・・・!」
蒼嗣が業を煮やしたように声を荒げた。
利由はなおも笑い続ける。
「志朗・・・・・・あいつも馬鹿だよなぁ・・・・・・。もう少し落ち着いていれば敬愛する"長"と感動のご対面ができたかもしれないのに・・・・・・。」
そう言ってちらっと蒼嗣の方を見やる。

「そうだよな?----長?」
利由は"長"という部分を強調して言った。

「そんなことはどうでもいいことだ・・・・・・!・・・・・・志朗か、志朗がやったのか・・・・・・!」
蒼嗣が息巻く。
「そうだよ。あいつだ。あいつはお前に認められたいがためにこの計画を考えた。・・・・・・泣かせる話だねぇ・・・・・・」
利由は少々茶化して言う。
「あいつは、先日の奈津河の大貫将高による竜季さんへの攻撃で、あんな惨事の中でほとんど無傷だったお前と岬ちゃんに目をつけた。無傷同然だったのは二つの一族の力のどちらかが働いたからだと。その計画を知った岩永氏が、お前のことを一応心配して、志朗が度を越えないよう、俺を監視役につけたというわけ。」
「志朗も余計なことを・・・・・・。・・・・・・俺の力を試すために岬を巻き込んだのか!!・・・・・・それで尚吾、お前は何も言わず黙っていたのか!そんな計画を俺には知らせず・・・・・・。」
先ほど会った基樹も自分に何も言わなかった、と蒼嗣は不満をあらわにした。
それに対して、利由も少々不満そうに蒼嗣を見つめる。
「----お前なら、志朗の計画ごときにやられることはないと思っていたからね。取るに足らない、連絡の必要ではない話だと思っていたんだ。・・・・・・でも、いくら意図的に力を使っていなかったとはいえ、そのざまはないよな・・・・・・。・・・・・・俺もびっくりしたよ。恋愛ボケか?」
そう言う利由を蒼嗣は忌々しげに見やる。
「ほっとけ・・・・・・!!」
まるで子供の駄々っ子のような仕草に、おいおい、と利由はため息をつく。
蒼嗣も憮然としている。
「お前と話していると調子が狂う」
そう言ってすぐに志朗たちのいる場所に行こうと歩き出す蒼嗣を利由がさえぎった。
「待てよ。落ち着け。いくら長といえども生身の人間なんだ。当て身を食らったばかりですぐに動けるわけがない。あちらには岩永氏についててもらってる。」
「・・・・・・でも・・・・・・!!」
「心配なのは分かるけどな。さっきから状況がちょっと変わったから、こっちはこっちで確認しなければならないことがある。---悪く思うなよ。」
そう言って、利由は蒼嗣の両肩を壁に押さえつける。
「離せ・・・・・・っ!」
えらく取り乱した様子で、蒼嗣がまだ動くこともままならない体を動かして逃げようとする。
利由は蒼嗣の瞳を正面から覗き込んだ。
「---どうした?いつも冷静なお前が珍しいな。いや、最近はずっとその傾向か。---今のお前、長の威厳なさすぎだぞ。志朗がもしこれが憧れつづけた長だと知ったら嘆くな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
そう言われた蒼嗣は、利由から目をそらした。
「長」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
利由の呼びかけに蒼嗣は答えない。
数秒の沈黙の後、蒼嗣は観念したように力を抜き、ため息をついた。
「・・・・・・なぜ・・・・・・基樹も、お前も・・・・・・この計画を初めから止めなかった・・・・・・?力の主は俺だと分かっていたはずだ・・・・・・」
「・・・・・・そうだな。・・・・・・俺もそれが自分でも不思議だった。・・・・・・でも、もしかすると"予感"があったのかもしれない・・・・・・。」
利由の言葉に怪訝な表情の蒼嗣。利由は心底呆れたような顔をした。
「お前は感じないのか?この波動を。」
「----!?」
蒼嗣はそれまであせりと怒りで鈍重になっていた自分の感覚を解放し、研ぎ澄ました。
壊されていない方の水晶から伝わる波動。
確かに、異変が起きていた。

       ******     ******

突然、するりと自分の首を絞める手の力が緩んだ。
反動で岬は息を吸い込む。急に冷たい空気がいっぱいに肺に流れ込み、げほげほと咳き込んだ。のど、気管支、肺、全てがきりきりと痛む。今、自分はものすごい形相であることは間違いなかった。肩で息をしながらまだかすむ視界を一生懸命に探ると、圭美が自分の右手で、まだ岬を殺そうと動く自分の左手をつかんでいた。
「駄目・・・・・・・・・・・・!!」
そう言う圭美の額には汗がにじんでいる。
「岬・・・・・・ごめ・・・・・・・・・・・・ね・・・・・・」
その表情はいつもの圭美だった。
「けい・・・・・・?」
岬が表情を少しだけ緩ませた。


が。


「ううっ・・・・・・!!」
にわかに圭美はうめき、顔をしかめた。その表情には苦悶の色を浮かんでいた。


それは

  相克。

と呼ばれるもの。

  殺したい。
  殺したくない。

同じ人物の中で相反する思いが同居し、互いにせめぎ合う。

  消し去りたい。
  消し去りたくない。

そして、その果てにあるのは。


  破滅

圭美はひどく狼狽した様子で、焦点の定まらない瞳を宙に泳がせる。
岬は突然のことに何もできなかった。何より先刻のことで、まだ体がしびれたままだったのだ。
「あ----ああぁぁっ・・・・・・!!!!!」
圭美は突然激しい叫び声をあげた。
車椅子の上で苦しそうに頭を押さえ激しく悶えうめいたかと思うと、突然わめく。それを繰り返す。

激しく動いたせいで車椅子が圭美の体ごと一気にひっくり返った。

「圭美・・・・・・っ!?」
岬の叫び声があたりに響き渡った。

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