◆ファンタジー要素の少ない1章半ばまでをショートカットするためのダイジェスト版もございます。
 * 1 章『出会い(1)』 - 『衝突(3)』ダイジェスト/  * 1 章『接近(1)』 - 『陰謀と衝撃(2)』ダイジェスト/

相克(1)

「うーん・・・・・・」
岬は人ごみにごったがえす校舎内から出て、昇降口のところでひとつ伸びをした。
グラウンドの方では、一部では出店が連なっているし、また一部ではチアリーディング部のパフォーマンスが行われており、こちらも校舎内に負けず劣らずの賑わいを見せている。
校舎を出たのはトラブル監視委員としての仕事のひとつである校内パトロールのためだ。トラブル監視委員の本部はひとつだが、その下に「校舎内担当」と「校舎外担当」の支部があった。岬はこれから校舎外のパトロールをするために校舎外担当の詰所に向かわなくてはならなかった。

------といっても、担当交代の時間にはまだいくらか時間があった。

早く来てしまったのには理由がある。
圭美が朝、車椅子で登校してきた。久しぶりというものの以前と変わらずにクラスに溶け込んでいた様子に安心したのも反面、どうしても心にひっかかりがある以上、後ろめたさに何となく自分自身は居心地が悪かった。蒼嗣と二人でいるところはなるべく圭美には見せたくなかった。もし自分なら絶対に見たくないからだ。これから先のことを考えると"絶対に"なんていうものは存在しないと分かってはいたが、なるべくそれを先延ばしにしたかったのだ。
だから今、パトロールを口実に、蒼嗣とも離れて逃げるように去ってきたのだ。

考え事をしながら歩いていた岬は、急に人とぶつかった。
「あ、ごめんなさい・・・・・・!」
慌ててぶつかった人を見ると、初老の男だった。
「すみません!大丈夫ですか!?」
トラブル監視のはずが自分がトラブルを起こしてしまっては立つ瀬がない。
しかし、初老の男はにっこりと人のよさそうな笑みを返してくれた。
「いえ。大丈夫ですよ。」
岬はホッとする。
しかしその男の次の言葉に岬は一瞬戸惑った。
「栃野・・・・・・さん。」
「え?」
いきなり男が自分の名前を口にしたのだ。
怪訝そうな顔をした岬に男は苦笑した。
「あ、イヤ、ちょうどその名札が目に留まったものだから・・・・・・」
岬は"その"と指差された方向-----自分の胸あたりに目をやった。そこにはトラブル監視委員の名札。そこに名前もちゃんと記名されていたのだ。
「トラブル監視委員ですか・・・・・・。ご苦労様」
そう言ってその男はまたにこりとした。
「ありがとうございます。失礼します。」
岬も一礼してその場から歩き出す。

岬は知る由もなかったが、遠ざかっていく岬を男はじっと見つめていた。
「栃野・・・・・・岬・・・・・・・・・・・・。あの娘が、か-----」
妙に感慨深くつぶやく。そして男はゆっくり振り返った。先ほど岬が歩き出すのと同時に近づいていた存在に目を向ける。
その男----岩永基樹---は、微かに一礼した。


       ******     ******


「嬉しいですねぇ、こうして貴女から連絡をいただけるなんて」
志朗は嬉々とした目をして笑う。
「----そんなことどうでもいいよ。あんたにあの日、"願いを叶えたいなら"ってメモ渡されて興味があったから電話しただけ。----あたしに手を貸してくれるって言ったでしょ」
答えるのは上原真沙美だ。

「お前の役割は大島圭美の闇霊に刺激を与えることだ。---もういいセンいってるんだけどね・・・・・・、あと一押し。」
「あんれ・・・・・・?何ソレ?」
「分からなくていいんだよ、キミは。ただ、これから言うことを実行してくれればいいんだ。」
「そうしたら、何でも願い叶えてくれるんでしょ?」
「うまくいけばね。」
「分かった。聞くよ。」
その真沙美の答えを待っていたように、志朗はニィッと狡猾な笑みを浮かべた。


       ******     ******


朝から圭美はクラスメートたちに囲まれていたが、それぞれみんな持ち場もある。なんだかんだと言って誰か一人は近くにいてくれるよう配慮してくれたのだが、やはり空白の時間というのができてしまう。
ぽつんと取り残される寂しさ。
あの事故さえなければ、今頃自分もみんなと同じように忙しく、そして楽しく動き回っていただろう・・・・・・そう思うと心がずきんと痛む気がする。
そして。
圭美は、岬の態度がぎこちないのにも気付いていた。
けれど、何も言うことは出来なかった。わざと挨拶以外声をかけなかった。知っていて無視してしまっていたのだ。
悪い、とは思う。けれど自分にも心の余裕がないのだ。
思いやる心が、出てこない。
そんな自分も嫌になる。

「大島、さん」
聞き覚えのある声が上から降ってきた。上原真沙美だ。
「何?」
あからさまに不機嫌と分かる様子で圭美は答え、声の主を見上げる。
「今回は・・・・・・災難だったね・・・・・・。」
声のトーンを落として話しかけてきた真沙美に、圭美は答える気になれずただ見つめ返した。真沙美はそんな圭美を冷ややかに見下ろす。
「あたしとは口も聞きたくないって訳ね。-----いいよ、別に。---でも、あたしたちは仲間だ。」
「仲間・・・・・・・・・・・・?」
圭美は眉をひそめた。今まで真沙美にはいい印象を抱いていない。いつも取りまきを連れて女王のように振舞っている女。しかも真沙美は明らかに自分に対して敵意を持っていた。それがいきなり"仲間"だなんて・・・・・・笑わせる。何よりこんな女と一緒にされるなんて自分のプライドが許さない。
黙ったままの圭美に向かって真沙美はフンと鼻を鳴らした。
「・・・・・・・・・・・・だって大島さんって蒼嗣くんのこと、好きでしょ?親友とはいえ・・・・・・栃野さんに取られて悔しくない?悔しいでしょ?ねぇ!?」
真沙美はまくし立てる。
そして一瞬の間の後、真沙美はぽつりと言った。
「-----だから。一緒に来てよ。一緒に蒼嗣くんを・・・・・・栃野さんから・・・・・・引き離そうよ・・・・・・」
真沙美はどこか上の空と言った調子でしばし視線を宙に泳がせた。まるでここにはないものを見るような目つきだった。

「っざけんじゃないよ。誰があんたとなんか・・・・・・!」
一瞬何かに引き込まれそうになった自分に喝を入れるように思わず声を荒げる圭美に、真沙美は視線を戻した。そして言い続ける。
「ねぇ、あたしたち仲間だよ!ねぇ!?----彼にとって特別な存在なんて許せない!・・・・・・あの子がいなければ、まだあたしにだって希望はある・・・・・・!いつか・・・・・・いつか・・・・・・もしかしたら・・・・・・って・・・・・・!-----そう、-----あの子さえいなければ・・・・・・!」
真沙美は一瞬泣きそうな顔をした。
その表情に圭美ははっとする。圭美には"まだあたしにだって希望はある・・・・・・!いつか・・・・・・いつか・・・・・・もしかしたら・・・・・・"の部分だけは少しだけ分かるような気がした。
そこにあるのは苦しみ。
どうにもならないほどの。
好きな人が自分ではないものを選ぶ苦しさ。
そして------

憎しみ。

次の瞬間、真沙美は視線を宙に漂わせながらぶつぶつと同じ事をつぶやき始めた。

アノ コ サエ ------

圭美は身震いした。
それは真沙美が恐ろしかったからではなかった。確かに真沙美は今、、尋常ではない感じがする。怖くないといえば嘘になる。
しかし、それ以上に、それにシンクロする感覚が自分の中にもあるということが恐ろしい。
真沙美を拒否しながらも、同情できる自分----。


 オナジ ダヨ


『自分』がささやく。
自分であって自分でないような-----
『それ』の存在は先ほどからだんだん膨らんできているような気がする。
自分が自分で分からなくなる。
「-----っ!」
圭美はとっさに自分の胸を押さえた。
動悸が激しい。
「はあ・・・・・・っ・・・・・・」
圭美は体をくの字に曲げ、たまらず大きく息を吐いた。
まるで呼吸の仕方が分からなくなったようで苦しい。

「あっ・・・・・・・・・・・・」
その時真沙美が小さな声を上げた。
圭美も肩で息をつきながら、顔を上げる。
「蒼嗣くん・・・・・・・・・・・・なんであいつを呼び止めるの?あいつは"逃げた"のに---!"逃げた"やつなんて・・・・・・ほっておきなさいよ!」
真沙美は目の前のものなんてまるで気に留めてないように、校舎の外の一点だけを見つめている。


ユ ル サ ナ イ


そう、真沙美の唇が動いた。その表情は鬼神に迫る顔つきだった。
まるで本来の彼女ではないような-----。

圭美は再びぞくりとした。
それは本能で感じた危険信号だった。
真沙美はにやりと笑っていた。今まで彼女が見せてきたものとは全く違うもの。
獣が獲物に狙いを定めたような生き生きとして、残酷な笑みだ。
そして真沙美はぶるぶると震えていた。

「どう、し------あぁっ!」
真沙美に問いかけようとしたその時、圭美はいきなり頭痛に襲われ悲鳴を上げた。
とっさに目をつぶる。
目をつぶったその瞬間に"ある光景"が広がった。

そこには・・・・・・

蒼嗣と岬がいた。

岬は、少し複雑な表情をしながらも、微笑んでいた。
そして彼もまたふわりと微笑を返し、一言二言彼女に何か言っている。

この彼の微笑みは自分が見たことのないような微笑み。
これがあの、無表情だった彼なのだろうか?

近づけたと思っていた。
無表情で不器用で。
けれど優しさを秘めていて。
そんな彼に。
少なくとも私は知っていると思っていたのに。
またも事実に打ちのめされる。

-------聞こえる。

「昨日店長と電話で話したんだけど・・・・・・心配してた。岬のこと。----でも・・・・・・また戻ってきてほしいいって言ってた」
蒼嗣の声。
そして岬が答える。
「・・・・・・あの店は付き合う前は学校以外で克也に会える唯一の場だったからなぁ・・・・・・。貴重だったんだけど・・・・・・。あれからバイトも行けなくなってやめちゃったし、顔見せてないからなぁ・・・・・・」


バイト?
学校以外で会える唯一の場所?

「・・・・・・・・・・・・なにそれ・・・・・・」
呆然とした圭美の口から言葉が滑り落ちた。
もう瞳には二人を映してはいない。
二人はここにはいない。
けれど圭美は言わずにはいられなかった。
「聞いて、なかった・・・・・・」

圭美の目に映るのは、目の前で体を震わせて壁の一点を見つめている女だけ。

「あたしたち、何でも、話せたんじゃ、なかったんだ・・・・・・。」
圭美はぽつりとつぶやく。
「信じてたのに・・・・・・・・・・・・」
頬に一筋、涙がつたう。

『・・・・・・どうして・・・・・・!?』
圭美は叫んだ。---いや、叫んだはずが声が出なかった。


---ノ

圭美は自分の中の声を聞いた。
忌まわしい声を。


----リモノ

その声はだんだんと強くなる。


----ラ ギリモノ


-------ウラギリモノ!

その瞬間、青い炎が圭美を包み込んだ。
そして、すぐそばの真沙美の体から黒い影が宙に浮き上がった途端、真沙美はその場にばたりと倒れた。
黒い影は形を変え、圭美の体の中に吸い込まれていく。
どこからかどんどんとそばに集まってくる黒い影は、渦を巻きながら瞬く間に圭美の体に収まっていく。


「上等・・・・・・・・・・・・」
青い炎に包まれ、無表情のまま髪を宙に舞わせる圭美の背後で、志朗は満足そうににやりと笑った。


       ******     ******


「---?」
岬は"何か"を感じて振り向いた。
克也も同じらしく視線だけを岬から離していた。
周りにいた人たちの動きがおかしい。
今まで祭り気分ではしゃいでいた大勢の来校者たちがいきなり声も出さなくなったのだ。
不自然な静寂に、岬も克也も目を見張った。

次の瞬間、来校者たちはいっせいに岬たちめがけて突進してきた。
「何・・・・・・っ!?---痛っ!」
岬が驚きの声をあげたその瞬間、岬はそのひとりに乱暴に肩をつかまれて引っ張られた。
「・・・・・・何するんだ!!」
克也は岬を引き寄せようとしたが、既に数人の男たちによって押さえつけられて動けない。

一体何が起こっているのだろうか。
訳が分からない。
岬はあまりの恐ろしさに声を出すのも忘れていた。

が。

「克也・・・・・・っ!!」
岬は急に悲鳴を上げた。
克也が自分を押さえつけている男を振り返ったその時、近くにいた、いかにも体育系という感じのがっしりとした男が克也の腹を殴りつけたのだ。
克也は両腕をつかまれたまま、うめき声を上げてその場に崩れ落ちる。
岬は蒼嗣を殴った者や腕を引っ張っている者を見てはっとする。

-------表情がない------

その者たちの視線は岬の方を向いてはいなかった。克也にもなかった。どこを見ているのかすら分からない。それは自分を押さえつけている者も皆同じだった。ただ、何かに操られた人形のように無機的に動いていた。

二人は自分の意思とは無関係にずるずると別の方向にひきずられていく。
「やだ・・・・・・!やめて!誰かあぁぁ????!!!!」
岬はありったけの声で叫ぶが、無表情な人たちの固まりは大きくなり、蒼嗣の姿が見えなくなっていく。
"克也!"と叫ぼうとしたのだが、口を押さえられて声も出せない。
人の波に押し流されながら、岬は必死にもがいた。

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