* 1 章『出会い(1)』 - 『衝突(3)』ダイジェスト/ * 1 章『接近(1)』 - 『陰謀と衝撃(2)』ダイジェスト/
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種(4)
上原真沙美たちは、ぎゃははーと笑いながら通りを横切る。
「モリカワシホ?誰だよそれー」
「あ、漫画の主人公だよ。やたらとクサーい漫画の。」
「変装もしたわけ」
「そ。そのためにカツラまでかぶってみつあみにして、こーやってメガネかけて。」
一人が指でメガネの形を作って得意げに唇を尖らせる。
「うわ。だっさー」
「でもうまくいったかな?」
「さぁねー。看護婦サンは渡してくれるって言ってたし大丈夫なんじゃない?」
「これでダメならまた何回も同じ手を使えばいいよ」
「ううん・・・・・・!絶対うまくいくよ!」
上原真沙美が目を爛々と輝かせながら口を開いた。
「ワクワクする・・・・・・あたし分かるんだ・・・・・・今回は。絶対に"何か"が起こる・・・・・・!」
そう。自分の中の"何か"が告げている。
何かが起こる。
それは自分にとって嬉しいこと。
栃野岬も大島圭美も、-----邪魔だ。
"彼"には近づきすぎてはいけない。例え誰であっても。
許さない。
彼を独り占めしようとするなんて。
"何か"の意識が自分の意識と重なる。
ユルサナイ、
アノヒト------ハ-----、
アノ、アノ・・・・・・カ・・・・・・タ・・・・・・ ハ----- ワタシノモノ-----!!!
「く・・・・・・。あはははははは!」
一人笑い続ける真沙美。
そしてそれはとりまきたちにも伝染し、彼女たちの笑い声は通りに響き渡った。
傍目には女子高校生が楽しい話をして大笑いしているとしか映らなかっただろう。道行く人の数人がうるさそうに眉をひそめる。
しかし、一体誰が気付いただろうか。
そこに狂気があったことを。
そして圭美はその頃、真沙美の狂気によって見たくもない真実を突きつけられていた。
表面的には圭美への気遣いの手紙。しかしその文面には明らかに傷ついた自分の心をさらにえぐるような悪意、そして親友をさらに陥れようとする悪意がところどころに感じられるものだった。
幸せそうな岬と蒼嗣の様子が克明に、そして否定的に少々芝居がかって綴られていた。
そしてプリンターで印刷されたと分かる一枚の写真。そこには寄り添う二人が写し出されていた。
「気分悪・・・・・・最悪・・・・・・」
圭美は手紙と写真をベッドサイドに伏せた。文面も写真も見えないように。
見たくなかった。
こんな光景-------。
------いくら頭で分かっていても、まだ本当には分かっていなかった自分を思い知らされる。
頭がくらくらする。
気持ち悪い。
息が苦しい。
頭のどこかで自分ではない"何か"の声がする。
モウ ガマン スル コト ナイ ヨ。
ニクイ ン デショ ?
------カノジョ、 ガ。
反射的に圭美は両手で耳を覆った。
意味がないことは分かっていても、それでも。
****** ******
学園祭前日。
岬は例の『トラブル監視委員会』の会議のために教室にいた。
真っ先に声をかけてきたのは高島と利由だった。
「岬ちゃん、腕の具合は大丈夫?」
利由が岬を気遣った。高島が"岬ちゃん"と呼ぶせいで、最近では利由までがそう呼ぶようになってしまった。まぁ、利由とはこの学園祭の準備の期間に随分顔を突き合わせたし、色々世話になっているのだし、ということで岬にとってはさほど気になるものでもなかったが。
「あ、大丈夫です・・・・・・。もう日常生活にはほとんど支障がないです」
そのやりとりを見つつ、そうそう、と高島が思い出したように言った。
「岬ちゃん、最近超注目されてるんだって?」
「う・・・・・・。まぁ・・・・・・。」
岬にとってあまりその話題には触れて欲しくなかったが、高島の言葉を無視するわけにもいかず、あいまいに答えた。
「よかったよー岬ちゃんに彼氏ができてさ。晶ちゃんも喜んでたよ」
晶子は圭美とのことまでは高島に言っていないのだろうか?
高島は何も知らなげな様子でにこにこしている。
「----でも、こういう場合"注目されてる=うらやましい&憎らしい"っていう構造だから、結構岬ちゃんは大変なんじゃない?・・・・・・女子の恨みって怖いよね・・・・・・」
利由がぽつりとつぶやく。
そして。
「ね、岬ちゃん。」
急に利由が真剣な顔になった。
「明日は・・・・・・気をつけたほうがいいよ。色々と、ね。----騒然としてるし、いろんな人が学校に入り込むから。」
「えっ・・・・・・・・・・・・?」
そう言う利由の瞳が、ただ単にトラブル監視委員長としての注意という以外の、何か深いものを含んでいる気がして岬ははっとする。
岬が次に口を開こうとすると委員会開始の時間になり、利由は"ゴメン"のポーズを取りながらあわただしく委員長席に向かってしまった。
会議後も何かと利由は忙しくてゆっくり話すことはできず、岬には何だか釈然としないまま帰路に着くことになった。
****** ******
「あーあ・・・・・・」
看護婦の水谷は、この病室に入ってから3度目の圭美のため息を聞いた。
今朝から少し様子がおかしいのは気づいていた。
最近見ることがなくなっていた無表情な瞳を、時折見せていたからだ。意識が戻ったばかりの時にはこんな表情も珍しくなかったが、回復するにしたがって見なくなっていたのに。
「今日はどうしたの?圭美ちゃん。もしかして昨日の手紙に何か気に障ることでも書いてあったの?」
水谷の問いに圭美はうつむいてかぶりを振った。
「ううん、別に・・・・・・。ただ、少し驚いただけ。」
「驚いた?」
「そう。---あたしの---親友とね・・・・・・あたしの好きな人が・・・・・・、付き合いだしたんだって。」
水谷は何と答えていいのか一瞬迷った。
「そうなんだ・・・・・・。それは・・・・・・ショックだね・・・・・・。」
圭美は答えない。
水谷は圭美の沈黙に少し戸惑った。
「あ、ホラ。でもさ。回復すればまた圭美ちゃんにぴったりな人が現れるかもしれないし・・・・・・」
そんな使い古された気休めを言ったところでどうにもならないのを知ってはいたが、そういうしかなかった。
しばらくの沈黙に、水谷も"これはマズったなぁ・・・・・・"と次の言葉を探していると、ふっ、と圭美の表情が和らいだ。鮮やかなまでに。
「ありがと、水谷さん。----気を使わせちゃってごめんね。」
"いいのよ。私こそ気の利いたこと言えなくてごめんね---"、そう言おうとして水谷は、圭美の表情を見て少しだけ言葉を失った。
それは怖いくらいに静かな、そして透き通るような笑みだった。
とうとう学園祭の日がやってきた。
圭美はあの事件から初めて病院から出ることになった。
もちろんまだ退院したわけではないので仮に、ということだったが、せっかく楽しみにしているだろうから、ということで特別に時間制限つきで病院側から外出の許可が下りたのだ。
まだ車椅子という状態で少々動きが不自由ではあったが、久しぶりに圭美は心から晴れやかな顔をしており、水谷も昨晩の少しだけ感じた異様な雰囲気は自分の気にしすぎだったのだろうとホッとした。
そして。
鮮やかに晴れた空の下、私立桜ヶ丘高校の学園祭は幕を開けた。