◆ファンタジー要素の少ない1章半ばまでをショートカットするためのダイジェスト版もございます。
 * 1 章『出会い(1)』 - 『衝突(3)』ダイジェスト/  * 1 章『接近(1)』 - 『陰謀と衝撃(2)』ダイジェスト/

種(3)

 私立桜ヶ丘高校の学園祭まであと三日となった。
 あの事件があり、一時は騒然となったこの高校も、学園祭という目標に向かって進むことで極力考えないようにできたし、またマスコミ各社の"教育上の配慮"もありだいぶ落ち着きを取り戻していた。
 圭美はまだ学校に来られないということで、実行委員の蒼嗣は一人忙しく動いていた。それは想像を絶する忙しさで、傍で見ている岬も目が回りそうだ。
 しかし本当に蒼嗣は良く動いていた。少々ぶっきらぼうなところもまだあるにはあったが、人前でも最初のように無表情ではなかったし、色々なものの仕切り具合は鮮やかである。おかげで今まで蒼嗣を敬遠しがちだった人たちも、男子女子に関わらず随分友好的になっていた。
この学校に転校してきた数ヶ月前の蒼嗣の様子から考えると、ものすごい変化だ。・・・・・・というより、これが彼の本来の姿なのかもしれないと岬は思う。そのくらい自然だ。人間、いくら変わりたいと思っても、そうそう大きく変われるものではないからだ。
 そして、イメージが今までにまして良くなったその分、余計に岬は女子の羨望と憎悪の目にさらされることになり、以前よりも大変な立場に立たされることになってしまった。
けれど、岬には想いが通じたというだけでそんなことには耐えられた。
   
――ただ浮かれていたのだ。
その裏でうごめく闇があることにも気付かずに。


「克也っ!」
岬は部活の練習の終了後、蒼嗣の姿を見つけて遠くから手を振る。
きちんとその声は届いたらしく、蒼嗣も目を細めて微笑した。
蒼嗣の近くまで全力疾走したため、かなり息が切れた。肩で息をする岬に、蒼嗣は"そんなに急がなくても・・・・・・"というような少々呆れた目を向けた。
「・・・・・・そういえば今日は部活だったっけ?」
「うん。東陽高校と練習試合するからその練習。・・・・・・とはいっても、私は病み上がりだから見学組だけどね?」
岬の腕はやっとギブスが取れたばかりで、それでも日常生活にはほとんど支障がなかったが、スポーツとなると話は別だ。医者にも腕を使った激しい運動はまだまだ禁止されている。体育でさえまだ見学しているほどだ。
「そうか・・・・・・」
蒼嗣は何やらプリントを1クラス分ぐらい抱えている。
「とうとう、三日後だね・・・・・・」
「やっと開放されるな・・・・・・」
蒼嗣が苦笑交じりに答える。
「・・・・・・克也、一人で大変だったもんね・・・・・・。」
岬の言葉に蒼嗣は口の端だけを上げる
「大丈夫。---大島があんな目に遭ってそれでも頑張ってるんだし・・・・・・その分も頑張らないと・・・・・・」
蒼嗣の口から圭美の名前が出て、岬は自分の顔が少しこわばるのを感じる。
自分が圭美を差し置いて蒼嗣と付き合うようになってしまったこと。それも圭美の最もつらかった時期に。
圭美が明るければ明るいほど、自分の心に落とした影は濃くなっていく。
急に表情を曇らせて黙ってしまった岬の心を察したのか、蒼嗣はぽつんと言った。
「・・・・・・あの事件が起こらなくても、結果が変わっていたとは・・・・・・思えない。----触媒になったことは事実だけど。」
蒼嗣の言葉は時々難しくて戸惑う。要するに、あの事件は大きく心を動かすきっかけにはなったけれど、岬を選んでくれることは前から決まっていた。---だからそんなに自分を責めることはないのだ---ということだろう。それは蒼嗣の優しさ。
「やだな・・・・・・あたしバカなんだから・・・・・・もっと分かりやすく言ってよ・・・・・・」
言葉とは裏腹に自然に表情がほころびる。
「・・・・・・・・・・・・ありがと。」
岬は蒼嗣の腕のシャツをちょこんと引っ張り肩の辺に自分の頭をコツン、と軽くもたれさせた。

       ******     ******


 「何アレ!?」
 「あんな目立つとこでいちゃつくことないんじゃね??」
 年配者が聞いたら"女の子の話す口調じゃない"と眉をしかめそうな言葉遣いだ。人の悪口を言っている勢いからか普段よりさらに汚い言葉遣いになっている。

 放課後の2-A教室。
上原真沙美を囲んで数人の女子が先ほどの岬たちの様子について文句を言い合っているのだ。
「だいたい、栃野も栃野だよね。あんな事件があって死人まででたっていうのにさぁ。フツーの神経してたらできないよ、あんなこと」
「そーだよ。大島だってひどい怪我して入院中だってのに、かわいそうだよねー」
それまで圭美を目の敵にしていた者たちが何を言うかという感じである。
「ちょっとイジめてやんない?」
一人が"名案"とでもいうように声を上げる。
が。
「それじゃぁ蒼嗣くんにバレちゃうじゃない!蒼嗣くんに嫌われるのは勘弁だよ!」
強い口調で真沙美が制した。
「・・・・・・ゴメン。」
提案した者がしゅんとなった。
「でもさ・・・・・・大島だってさぁ、いい気はしてないんじゃない?」
さっきとは違う者が口を開いた。
他の数人もうなずく。
「じゃぁ・・・・・・大島をうまくたきつけて栃野をセイシン的に追い詰めればいいんじゃん?仲いいヤツからの方がダメージ大きいしさ。そうすればうちらのせいにはならなくねー?」
「でも、あいつらかなり仲いいじゃん。うちらの言うことなんて大島は耳を貸さないんじゃ・・・・・・」
「だから、うちらって分かんないようにすりゃいいじゃん。匿名で手紙送るとか写真送るとかさぁ。」
「あー、なるー。」
次々と納得の声があがる。

「・・・・・・それ、いいかもね」
それまでほとんど言葉を発せずにイライラした様子でやり取りを見ていた真沙美が初めて同意の意を示した。


       ******     ******

 「くっくっく・・・・・・面白いですねぇ。女というものは・・・・・・」
 おかしくてたまらない、というように志朗が腹を抱えた。
 「・・・・・・悪趣味だよな・・・・・・。つくづく。」
 隣で事の成り行きを見守っていた利由は肩ほどに伸ばした髪を揺らす。
 「あの女の子たちにも闇霊ぶちこんだろ?---彼女たちは負の要素も大きい。闇霊同士がお互いに作用しあうにもほんのちょっとのきっかけでいいわけだ。」
 「よくお分かりになられましたね・・・・・・。さすがは長のあつい信頼を受けるだけのお方だ」
 志朗は本気で目をうっとりさせている。
 「んなこと見てれば誰でも気付くよ。・・・・・・お前のその時代遅れな大仰なところ・・・・・・直したほうがいいと思うんだけど・・・・・・」
 「いえ、これが私ですから・・・・・・」
 さらにかしこまる志朗。
 "まぁ、確かに・・・・・・それがお前のキャラだよな・・・・・・。見てて飽きないけど。"
 利由は心の中でそう苦笑した。


       ******     ******

 「圭美ちゃん、お手紙よ。」
 いつも世話をしてくれる看護婦が一枚の封筒を圭美に差し出した。
 「誰から?」
 花柄の封筒を受け取りながら圭美は聞いた。
 送り主を見ると
 「森川 志保」
 と女の子特有の丸みを帯びた字で書いてあった。知らない名前だ。
 「みつあみのおとなしそうな子だったわよ。"病室に行って直接渡す?"って聞いたら"ご迷惑かけるといけないからいいです"って帰っちゃったけど・・・・・・。・・・・・・また圭美ちゃんのことを応援してくれる手紙じゃない?」
 確かに、テレビか新聞かで知ったのか、見知らぬ人から励ましの手紙をもらうことも多かった。あんなに凄惨な事件だけに人の同情も集まるのだろう。
 「・・・・・・ありがたいんだけど、ちょっとつらいのよね、こういうの。」

 『頑張れ』、『頑張ってください』

 確かに書く人はそうとしか書けないからそう書くんだろうと思う。勇気付けられる時もあるのだが、たまにそう言われるのがつらいときがある。頑張っても、どうしても越えられない悩みがあることを感じる時だ。心が荒んでいる時には悪態のひとつでもつきたくなる時があるのだ。
 ため息をつきながら圭美はその封を携帯用の小さなはさみで切った。

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