* 1 章『出会い(1)』 - 『衝突(3)』ダイジェスト/ * 1 章『接近(1)』 - 『陰謀と衝撃(2)』ダイジェスト/
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意外な再会(2)
その夕方、岬がバイト先に着くと、少し様子が違った。どうやら新人が入ってきたらしいのだ。
『そういえば、今度新人来るって言われてたっけ・・・・・・』
岬がここのバイトを始めてまだ二年ほどだが、出入りが激しいこのバイトでは岬は長くいる部類に入っていた。岬はフロア担当、いわゆるウェイトレスというやつだ。
今回の新人はキッチン担当らしく、キッチンの方から先輩方に説明される新人の姿が目に入る。まだ夕食時には少し早いので店内の客足もそれほどではなかったため、説明する方もかなり丁寧に教えている。
その新人の姿をはっきりと目にした途端、岬は思わず後ずさりしそうになってしまった。
そこにいた新人の男の子は、あの、蒼嗣克也だったからだ。
思わずそれ以上進むのをためらっていると、気付いたバイト仲間の一人が岬を呼んだ。
「おー、栃野ちゃん、今から?」
「はっ?あ、はい、そうです!」
この状況で声をかけられた岬はどういう態度を取ったらよいか分からず、しどろもどろになってしまった。
蒼嗣もこちらに気付き、じーっとこちらを見ている。
新人の蒼嗣に色々教えていたうちの一人も岬たちに声をかける。
「栃野さん、城田さん、覚えておいて。今日からキッチンに入ってもらう蒼嗣克也くん。」
指導役が蒼嗣を紹介した。
続いて蒼嗣がぺこりと頭を下げる。
岬は少々面食らってしまった。今まで、「あの」蒼嗣に(自分だけにではなかったが)こんな挨拶をされたことがなかったからだ。つられて岬もぺこりとお辞儀をしてしまう。
しかし、岬にとってはこの蒼嗣の態度は驚くほどのものでも、何も事情の知らない指導役には少々物足りなかったらしい。
「蒼嗣くん、こういうときには今度から声に出して『よろしくお願いします。』って言ってね。」
言われた蒼嗣も
「はい。すみません。・・・・・・改めてよろしくお願いします。」
蒼嗣も素直に謝り再びお辞儀をする。
「そういえば、栃野さんと蒼嗣くんってクラスメイトらしいね。しかも席が隣とか。」
一通りの挨拶が終わったので指導役が思い出したように切り出した。
「え?蒼嗣・・・・・・くん、に聞いたんですか?」
「そうそう。蒼嗣くんの高校名聞いて俺が、そういえば栃野岬さんって知ってる?って聞いたら知ってるっていうからさぁ・・・・・・。そうしたら同じクラスで席も隣同士だって教えてくれたんだよ。・・・・・・まぁ、ちょっと離れているとはいえ、ここも桜ヶ丘から通えない範囲じゃないもんなぁ・・・・・・」
それを聞いて岬は、自分のことを蒼嗣が語ったというのにとても驚いた。またなんとなくくすぐったくて、思わずニヤニヤしてしまう。今は、他人の前だというのもあるが全くいつも『"何かひとこと文句言ってやろう』という気持ちは岬には出てこなかった。
なんだか、今日のバイトも、明日の朝練も頑張れそうな気がした。
その後、すぐに混む時間帯になってしまって、そうそうにやけてもいられず、次から次へ来るオーダーにめまぐるしく動いていて岬もなかなか蒼嗣の様子を見る余裕もなかったが、そつなく仕事をこなしているようだった。
バイトを終え、更衣室から出てきた岬は、同じくバイトを終えて帰るところの蒼嗣とばったり会ってしまった。 岬が上がったのは蒼嗣よりもずいぶん前だったが、岬がのんびり支度をしているうちに結局一緒の時間になってしまったらしかった。
「・・・・・・お疲れ。・・・・・・」
岬は声をかけた。今日はいつもと勝手が違い、話すのもなんとなく緊張してしまう。学校以外のところで会ったことで少し特別っぽい気がするからだろうか?たとえるなら異国の地で、自分と同じ日本人を見つけて親近感が沸いてしまったような、そんな気分だった。
「どうも。・・・・・・・・・・・・お疲れ様」
蒼嗣も同じような気持ちになっているのか、珍しく素直な反応だ。
だから岬も今日は素直に言えた。
「ね、せっかく会ったんだしそこまで一緒に帰らない?・・・・・・あたしの家、駅を越えた反対側だから駅までは道も一緒だし。」
「・・・・・・蒼嗣がこっちにバイトに来るなんて思わなかったから・・・・・・ちょっとびっくりした・・・・・・」
駅に向かって歩きながら岬が口を開いた。
一緒に帰ってはいたものの、ファミレスを出てからしばらくは岬も何を話したらいいのか分からず、黙ったままだった。もちろん蒼嗣からの反応もない。二人は黙々と歩いていた。が、歩いているうちに少しずつ岬も緊張が解けてきた。
蒼嗣も口を開いた。
「・・・・・・俺も驚いた。・・・・・・まさかこんな学校から離れたところで知り合いに会うなんて。」
蒼嗣の驚くのもうなずけた。このファミレスのある、岬の家の最寄りの駅は、学校のある駅から電車で40分はかかるところなのだ。
「・・・・・・確かにね。ここって学校から遠いもんね。・・・・・・でも違う意味でもびっくりしたよ、今日は。」
「・・・・・・違う意味?」
蒼嗣は怪訝そうな顔をした。
岬にもいつもの調子が戻ってきていた。
「蒼嗣もちゃんと社会に出て働けるんだ、ってね。」
「・・・・・・なんだよそれ。」
蒼嗣は少しむっとしたらしい。整った眉がわずかに動いた。
「だって蒼嗣ってばいつもツンケンしてるし、挨拶もろくにできないやつだとばかり思ってたし」
「それを言うならお互い様だろ」
蒼嗣も負けてはいない。
いつもなら、そこで更なる粗の探し合いになるところだが、なんとなく今日は岬は怒る気にならなかった。
「確かにね。あははっ」
岬が笑う。
蒼嗣はそんな岬の態度を怪訝そうに見つめる。いつもと調子が違うのが不思議なようだった。
「・・・・・・なんか、・・・・・・お前が素直だと気味が悪い。」
率直な感想だろう。
「なーに言ってんの!あたしはいつだってこんなに素直な女だっていうのに」
「・・・・・・どこが?」
ぼそりとつぶやく蒼嗣。
「あ、言ったな?」
岬は腕組みポーズをして仁王立ちになって蒼嗣を見上げる。急に止まった岬につられて蒼嗣も自然に歩みを止める。
「・・・・・・蒼嗣ってさ・・・・・・」
そこで岬は少し言葉を区切った。
「あたしのこと、――キライ、でしょ?」
話の勢いで自分で言ってしまったものの、岬は『キライ』のあたりで胸が少しズキンとするのを感じた。これは愛を告白するよりきついことかもしれない。聞かなければ、あいまいなままでいられることだし、希望も持てる。
――あえて聞くことはなかったのに。
今さら後悔しても時既に遅し。
蒼嗣は驚いたように岬を見ると、すぐに視線を宙にさまよわせた。
答えを探しているようだった。
胸の鼓動を振り切るように岬は続けた。
「・・・・・・はっきり言ってもいいよ。・・・・・・だって、・・・・・・だから蒼嗣ってあたしに冷たいんでしょ?」
心臓がきゅっと締め付けられる。沈黙が、肯定を表しているようでとても嫌だった。
しかし、やがて蒼嗣の口から発せられたのは意外な答えだった。
「・・・・・・キライとか・・・・・・、そんなんじゃ、ないと思う。------ただ・・・・・・」
「・・・・・・ただ・・・・・・?」
岬が恐る恐る繰り返す。
「-----------ただ、・・・・・・苦手---ではある。---どう接したらいいか、分からなくて。」
視線を地面に落とした状態で蒼嗣は言う。
「あ、・・・・・・にが、て・・・・・・ね・・・・・・。そ・・・・・・うなんだ・・・・・・?」
岬には、喜んでいいものか悲しんでいいものか迷う返事だ。
蒼嗣は、そんな岬の方にゆっくりと視線を戻してぼそりと言った。
「・・・・・・・・・・・・ごめん。」
すぐそばの道路を走る車の音にかき消されそうな、聞き取りにくいほど小さな声。
でも、確かに岬の耳に届いた。
岬はあまりの唐突さに言葉を忘れてしまった。
「嫌いだなんて思わせて悪かった・・・・・・。――これからは気をつける。」
黙ったままの岬に蒼嗣は硬い表情で続けた。
そしてまた視線を地面に落とす。
岬もそこでやっと我に返ることができ、
「あっ、あたしもっ・・・・・・、いつも、やなことばかり言って、ごめんっ・・・・・・!」
ふりしぼるように言った。
二人は再び歩き出す。
それ以上、言葉はなかったけれど。
「バイバイっ!」
改札を入ろうとする蒼嗣に、岬は大きく手を振った。
駅員の白い目も気にせずに。
そんな岬を見て、蒼嗣は少し、目を細めた。
岬には、蒼嗣が笑ってくれたのだと、――そう、思えた。