◆ファンタジー要素の少ない1章半ばまでをショートカットするためのダイジェスト版もございます。
 * 1 章『出会い(1)』 - 『衝突(3)』ダイジェスト/  * 1 章『接近(1)』 - 『陰謀と衝撃(2)』ダイジェスト/

嫉妬(2)

 ――言った。
 とうとう言ってしまった。

 言った途端に頭にかーっと血が上ってしまったようで、逃げるようにしてその場を去ってしまった。返事も聞かないまま逃げてしまったことで、岬はつくづく自分のバカさ加減に腹が立っていた。
 あの時、蒼嗣がどんな表情をしたのかあまり覚えていない。
   
 とにかく頭で考えるより感情が先に出ていた。後のことなどどうでもよかった。とにかく伝えたくて。
 ――伝えないと後で後悔しそうで。
   
 逃げたことに後悔はしていても、告白したことに悔いはなかった。


 次の日、蒼嗣とは隣の席のためもちろん顔を合わせたが、蒼嗣は何も言わなかった。岬は"これはふられたかなぁ"と内心穏やかではなかったのだが、自分からは触れることは怖くてできなかった。

 そのまま二日が過ぎていた。

 昼休み、岬は掲示物を貼るために教室の掲示物の整理をしていた。所狭しと貼られた掲示物のために、新しいものを貼るスペースがなかったのだ。
 というのも朝、利由尚吾がやってきて文化祭の安全意識の向上についてのポスターを"教室に貼るように"と岬に手渡しに来たからだった。
 『こんな面白くもなさそうなポスター、どうせほとんどの人が見ないだろうけど・・・・・・。』
 心の中で毒づきつつ、身長の低い岬は椅子を台にして右上にある掲示物を取ろうと椅子に足をかけた。それでなくてもただいま骨折中の岬---、片手はギプスで自由にならない。友人たちがとめるのもきかず"このくらい大丈夫"と言って動いていた。

 何でもいいから何かしていないと心が晴れなかった。

 ――その時だった。

 がたんっ。

 こともあろうに、椅子が傾いた。どうも壊れかけていた椅子だったらしい。
 バランスを失った岬は、椅子ともども床に倒れこんだ。
 「みさきっ!」
 クラスメートの悲鳴が聞こえた。

 「――っ!!」
 あまりの痛みに声をあげることすら出来ない。
 幸いにか骨折した腕は守ったが、背中から倒れたため、背中がじんじんと痛む。何だか息をするのも苦しい。
 「岬!大丈夫!?苦しいの?」
 「腕は!?」
 クラスメートたちがわいわい騒ぐ。
 「だ・・・・・・っじょ、ぶ・・・・・・」
 岬はやっとのことでそう言った。――いや、うめいたと言った方がよかったかもしれない。

 「保健室へ・・・・・・!」
 一番にそう言ったのは、少し離れたところでクラスメートとしゃべっていたはずの蒼嗣だった。
 その声で、周りにいたクラスメートが動き出した。
 その後は、数人の先生方や生徒たちを巻き込み保健室へ大移動と、ものすご大ごとになってしまった。恥ずかしいやら痛いやらで岬は穴があったら入りたい衝動に駆られる岬だった。
   
 ――切羽詰った様子の蒼嗣の声が頭から離れなかった。


■■■■■■■■■■■■■■■

 ―― 二番線、ドアが閉まります。ご注意ください ――
   
 そんな機械的な声と出発を知らせる音楽を背に、岬はとぼとぼとホームから改札に向かう階段を下りた。背中の痛みもほぼなくなったが、少し自己嫌悪に陥っていた。
 『自分は怪我してるってのに、あんなにむきになってやらなきゃよかったなぁ・・・・・・。大勢のみんなに迷惑をかけて・・・・・・』
 「はぁ・・・・・・。」
 先ほどから何度目のため息だろうか。
   
 そして。
  
 結局自分は蒼嗣には振られたんだろうか。そういう方面に疎そうな彼のことだから、 沈黙はそう捉えるべきなのだろうと思うと、出るのはため息ばかりだ。
   
 あの日の、病室で見た圭美と蒼嗣。
 圭美は本当に弱っているのだろう。
 自分はあの場にいながら軽症で、圭美の苦しみがどんなものなのか想像がつかない。まだ圭美の状況について目の当たりにしたことがないからだ。
あの明るくて強かった圭美のその変わりようを見れば、きっと誰でも手を差し伸べたくなるに違いない。
   
 ――蒼嗣も、そうなんだろうか。
 そう思うといなんともいえない複雑な気持ちになる。

 そんなことを考えてぼーっとしながら改札を出た岬はすぐに、心臓が止まるかと思うぐらいびっくりした。

 蒼嗣が、目の前に立っていたのだ。
 その瞳はまっすぐに岬を見ていた。

 普段なら声をかけるなどなんでもないが、先日のことがあったのでさすがの岬も何も口にすることができなかった。その場から逃げたいのに、足が棒のように硬直してしまってその場から一歩も動けない。

 「ちっ。そんなとこに突っ立ってあぶねーなー」
 後ろからガラの悪そうなパンチパーマの中年の男が舌打ちした。

 「栃野」
 蒼嗣は急いで固まっている岬の方に走ってくると、岬の背に軽く手を触れてぽんっと自分の方に引き寄せた。
 蒼嗣との距離が一気に縮まる。
 「危ない。」
 そう、蒼嗣は言った。
 岬は少しだけ泣きたくなった。蒼嗣は優しい。けれど、一番肝心なところで残酷だ。そんな優しさより、答えが聞きたい。どんな答えでもいいから。---確かに告白してすぐに逃げてしまった自分も悪いのかもしれないが、待たされているのは何よりも残酷だ。
 「――っ、そんな心配いらない。」
 岬はうつむいた。気を使ってもらっているのに素直な言葉が出てこなかった。
 蒼嗣は少しの間何も言わなかったが、しばらくの後、
   
 「ちょっと、歩こう。」
 ぽつんとそう言った。
   
 岬はどきっとした。
 ――怒っただろうか?それとも、やっと答えを聞かせてくれる気になったのか・・・・・・。振られても泣かないように、岬は覚悟を決めて歩き出した。

 商店街を抜けると少し人通りは減る。
 大きな交差点にかかる歩道橋の下で蒼嗣は口を開いた。
 「・・・・・・待ってた・・・・・・。」
   
 唐突な言葉に岬は何とも答えようがなかった。そのまま言うことを探していると蒼嗣は話を続けた。相変わらずの感情の見えづらい話し方だ。
   
 「あまり、待たせては・・・・・・いけないと・・・・・・」
   
 やはり、その話か。緊張で足が思うように動かなくなっているので岬は必死に足を動かした。
   
 「――あの事件のとき――、」
   
 「へっ?」
 唐突な話の変わりように、岬は間の抜けた返事を返してしまった。
   
 「あの爆発事件の――、」
 「あ、あぁ、あの時ね・・・・・・」
 岬は納得した。しかし、なぜこんなことを話し始めるのかは分からなかった。岬は横にいる蒼嗣の 足先を見つめつつ、次の言葉を待った。
   
 「気がついたら――体が動いていたんだ・・・・・・。」
 蒼嗣はゆっくりと言葉を切りながら話していった。
 「頭で考えるとか・・・・・・そんなヒマはなくて・・・・・・。」
   
 そこで少し間が空いた。
   
 「――お前を、かばっていた・・・・・・」
 岬は、その言葉に思わず顔を上げた。蒼嗣は遠くを見つめている。
 「でも、とっさの時の行動には衝動的な部分もある・・・・・・。お前をかばったことに必然的な理由などない・・・・・・。――そう思ってた・・・・・・。」
 なんだか蒼嗣の言うことは難しい。でもなんとなく拒絶されている気がした。

 「だけど・・・・・・、今日、お前が椅子から落ちて倒れて・・・・・・、その時に分かった。」
 「――何、が・・・・・・?」
 岬はしゃべるつもりではなかったが、次の言葉が気になって口を挟んでしまった。

 「・・・・・・苦しそうな顔を見たら・・・・・・心臓が止まるかと・・・・・・思った。」
 ぽつりとつぶやく。それは独白のようにも感じられるほど、小さな声だった。

 蒼嗣が歩みを止め、体ごと岬の方を向いた。
 そばを通る車の音。そしてはしゃぎながら数人で岬たちを追い抜いていく塾通いの小学生の声。
 岬は遠くで聞いていた。

 「------好き、だ---------」
 蒼嗣の口から、夢のような三文字が語られる。

     ス キ ・・・・・・ ?

 「------好、き・・・・・・って・・・・・・誰を・・・・・・?」
 岬の口から出てきた言葉はとんでもなく間抜けなひとことだった。

 蒼嗣は一瞬きょとんとした顔になり、やがて左手を自分の額に当ててため息をついた。
 「――っ、あのなぁ・・・・・・。・・・・・・この状況で!・・・・・・おまえの他に誰がいるっていうんだ・・・・・・!?」
 少し怒っているような声だった。心なしか蒼嗣の顔が赤くなっているようにも思える。

 信じられない。
 何を言われたのか実感がない。
 だって・・・・・・、そんなことは予想もついていなかったから。

 こんな覚悟はできていなかった――。

 呆然としたまま、岬は蒼嗣の左の二の腕を自由の利く方の手でつかんだ。
 これが現実という証拠が欲しかった。

 温かいぬくもり。

 「・・・・・・現実だ・・・・・・。夢、じゃない・・・・・・。」
 岬はつぶやいた。
 蒼嗣は唐突な岬の行動に少々面食らったようだったが、その言葉で全てを察したようだった。やがて、蒼嗣の左腕をつかんだ岬の手に、蒼嗣の右の手が恐る恐るといった様子で重ねられる。

 ――岬は最高の幸福感に浸っていた。
 それは蒼嗣にとっても同じことだったに違いない。
 お互いのこと以外は、今は考えられなかった。

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